五十二日目:刻印
「リンドさん、多少は健康的になってまいりましたね……、ふふっ」つんつん
ボアの干し肉は、節約して使えばかなりの量が出来た。エウレカいわく「一食五枚ほどでも、かなりの時間が持ちますわ?」とのことだ。
いくつか驚いたこともあった。新発見というべきか。
ボアをいざ解体する時になったとき、何らためらわずぼくはボアの肉体に刃を通した。死後硬直が終わる前に片付けたかったものの、子供を出していたらその時間もなかった。でも、最終的に解体するのがこう、なんとも手馴れた感覚であるような気がして、少し変な気分だった。知識として動物の解体はあるのだけれど、それとこれとはまた別ということか。
解体して驚いたのは、ボアの体内には臓器と呼べるようなものがほとんどなかった。表面のグズグズになった皮膚と心肺、胃袋のようなものが一つだけ。そのほかは全て肉で構成されていて、ボアの生態がますます謎になる。こんなもので、一体どうやって生き延びていたのだろうかと、何度頭を捻ってもよくわからない。
トレインボアも臓器はかなり少なかったけど、ここまでではなかったと思う。
でもともかく、そのお陰で肉の処置に困るコトはなかったと言って良い。
「臓器や頭は残して置いてください。そのうち、“悪魔”たちが回収にやってきますから」
「あ、悪魔?」
「ええ。とっても友好な種族ですのよ?」
全く持って、彼女の笑顔に信憑性が薄いぼくだった。
干し肉は、かなり簡単につくることが出来た。
そこそこ薄く、かつ厚く切った肉片を板(罠につかったもの)の上にならべ、火の元素を集める。中から水の元素を飛ばし、数日干すのみ。それが完成するまでの間は、少しとっておいた肉を加熱して食べることにした。
「……味ついてるね」
「もともと彼等の身体はミネラル豊富ですしね。食物繊維は少々たりませんが、そちらもそのうち対応していきましょう」
「みねら……?」
「あ、いえ、えっと、栄養が多いということですわ?」
ともかくそういうことらしく、多少塩気のある肉汁を、垂れる傍からすすうエウレカだった。
その時の喉の動きが色々とアレだったけど、それについては意識しないようにした。うん、落ち着け自分。
そうこうお肉について色々やっているうちに、十日以上は過ぎたか。
ツリーハウスでの生活にもなれてきた。
変わった事がいくつかある。一つは、エウレカの服に種類が増えたことだ。種類はおいおいとして、本人いわく「リンドさんが少し成長して、私に投影される願望が増えたということですわね」とのことだった。うん。やっぱりよくわからない。
いや、よくわかりたくない。
たとえば今朝のこと。……たぶん朝のことだと思う。エウレカがぼくに生活習慣の改善を指摘してから、出来る限りそうして居るそうだ。
浮遊した意識が、頬をつんつんつついてくる感覚で肉体に引き戻されるような、そんな感じが最近のぼくの朝だ。
「……おはよう」
「おはようございます、リンドさん」
そういうエウレカの格好は……、な、何? ネグリジェ? ドレス? というか、そんな感じ。間近でみるエウレカの顔は、いたずらっぽく微笑んでいた。
「ほっぺを『つつける』くらいには、ふっくらして参りましたね……。ふふん?」
「……鼻つぶすの止めてくんない?」
「いえ、いつまで経っても起きないので痺れを切らしてしまった分ですわ? 諦めなさって」
立ち上がるエウレカ。……えっと、色々目のやり場に困る。
例えばロングスカート。足の先へ向かうにつれて半透明になっている。膝から上は透明度がだいぶ落ちていくのだけど、でも、気のせいじゃなければその下はたぶん、かぼちゃじゃない。
……前に目撃した時、多少がっかりはしたけれど、そんなところまで彼女の姿形に反映されていたとしたら、ぼくは自分の理性の弱さに落ち込んで立ち上がれなくなるだろう。
何を「友達」に対してそんなこと考えているのかと。
ついつい、ちょっと広く開いた胸元に視線が行ってしまうのも、それに拍車をかける。
本当にこれがぼくの願望だとか欲望だとかを反映したものだとすると、なんとも彼女に申し訳なさすぎた。
「……『ピッチ・リキド』」
梯子を降りた後、水の元素を玉状にして集め、顔面にばしゃっとぶつけた。これで多少は邪念退散できていると良い。
「やはり練習した成果か、以前よりもお上手に使っておりますわね」
一方のエウレカは、普段のドレス姿になって上から「ふわり」と落ちてくる。どさっと、じゃない。スカートがまるで一厘の花弁のように綺麗に広がり、彼女の着地に合わせて萎む様は、なんというか格好よくあった。
かぼちゃパンツが丸見えでなかったら。
「では、今日も訓練を続けますわよ?」
エウレカの言葉に首肯し、ぼくは両手を合わせ目を閉じた。
もう一つの変わったことが、これだ。
ボアを解体したことで、ある程度食料と水に余裕が出来たからこそ、彼女はぼくの魔法を訓練すべきだと言った。
「いずれはボアも自力で狩れるようにならないと、色々大変ですのよ? リンドさんの事情が事情であっても、この地下帝国の環境は、リンドさんに合わせたりはしません。
過酷なことですが……、私がいないでも生き残れる程度には、魔法が使用できないと今後、厳しい状況が起こるやもしれません」
「……エウレカ、その話し何回目?」
「あ、申し訳ありませんわ」
声しか聞こえないけど、たぶん今彼女は赤面していることだろう。
慌てた感じがよく分かる。
こほん、と咳払いをしてから、彼女はぼくの両肩に手を置いた。
「……呼吸と一緒に、元素を体内にとりこむ感覚ですわ? 実際に体内にとりこめなくとも、自分と、周囲との元素を循環させる感覚で。
すってー?
はいてー。
その調子ですわよ? さあもっと、すって――」
やっていることは、今エウレカが言った通りのこと。
ぼくの両手にかけられている封印術のうち、片方をまずは少し慣らそうという提案だった。
ぼくの魔法発動を大きく阻害している要因は、二つ。元素集めの妨害と、術式構生の妨害だ。
後者については時間がかかるため、まずは最初に元素自体を集めることの慣らしをすることになったのだ。
方法は、とにかく元素を集めること。
ただ集めるのではなく、自分の体内にある元素と、外部の元素とを交換し、循環させるようなイメージとのことだった。
「人間に限らず、生物はみな生きながらにして、外気を介して元素を交換していますわ? それでも取り込む元素が少ないから、食事等で多く元素を摂取する必要がありますの。
でも、リンドさんの場合はその元素集め自体を疎外されているわけではありませんわ。
なぜならば、貴方の体は今も崩壊せず、ここに存在しているのだから。
元素を取り込む能力自体に枷を嵌められていないということは、つまり『利用できる元素』を『外部から意図的に狭く』している状態ですわね」
「……そこのところは、わかるようなわからないような」
彼女は、ぼくの知ってる元素とか、魔法とかと少し毛色の違う説明のし方をする。
元素は形を成しかけている物理法則であり、それを精神力で無理やり形作るのが魔法だ、とぼくの知識にはある。実際のところはよくわからないが、そういう知識に基づいて、いままでぼくは術を使ってきていた。
それに対して、エウレカの言葉はまた少々違う。彼女によれば、元素とは空気と変わらないものであるらしい。本来は「集めようとして集めるようなものではない」とまで言われた。確かに、その元素の状態に関連する事物があれば集りやすくはあるが、全く集める事ができないということはないのだそうだ。
だからこそ、自分の体内にある元素との交換などという、奇妙奇天烈なことが実行できたりするのだろう。
さて、やってみて実際のところこれが今のぼくにできているかというと、けっこう怪しい。
体の「裏側」にある魔法陣の軌道具合からして、ちょっと微妙なところだ。
ただ、それでも「ちょっとずつ進歩していますの」と言って貰えているので、やる気はなくならなかった。
「……あら?」
とそんな時、エウレカが何かを発見した。「リンドさん、ちょっと手を開いてもらえます?」
「何? ……って、わ!?」
エウレカは、突如ぼくの正面にまわりこみ、服の胸倉をつかんだ。何をするかとおもえば、服の布を鳥の爪のように鋭くなった人差し指と中指で(!)、少し引き割いたからだ。
一体何をしてるんだ君は、というぼくの感想など普通に無視して。
ぼくの胸の中央だろうか。その当りをエウレカは軽くなぜた。
「何なのでしょうか、これは。見たことのない魔法陣? のようですわね」
「?」
言われて、ぼくも胸を見下ろした。
今まで気にはして居なかったけど――そこには、扉のような鎖のような、そんな刺青が彫られていた。
少しずつ進むエウレカプロデュース
ネタバレ:次回、新キャラ登場?




