四十四日目:勝利
新年一発目ですあけおめことよろ。
元日には間に合わなかった・・・。
雨が降りしきる。
といっても、かなり局所的。
もちろん自然発生の雨ではない。雨というにはあまりにもおそまつだ。
だって雲さえ出ていない。しかし、それは確かにぼくらの眼前に降り注いでいる。
「リンドさん、集中してくださいまし。水玉が安定しませんわ?」
「あ、はい」
まあ、無論ぼくとエウレカの仕業によるのだけれど。
元素を集め、術式を編むのはエウレカ。
それを調整して、雨の形態にするのがぼく。
エウレカに提示された術の魔法陣は、とてもじゃないけど理解が困難な代物だった。頭を多少炒めつつも、辛うじて理解できたのは「水の元素」と「器」「逆さ」という程度。
術の原理としては、水の元素を上空に集中させる。器にためるように集めた水の元素で、水を生成し、それを逆さまにひっくり返す。本来なら滝のように流れるところを、細かい網目のようなものを土の元素によって生成し、雨粒のようにして適量ずつ降らせるというもの。
何故雨に拘るのか、そもそも何故ディーゼルボアに水をかけるのか、というところについては、エウレカがさらっと教えてくれた。
「ディーゼルボアの体温は、表面は少なくとも地下帝国のこれをぬるいと感じるほどに熱いのですの。判ります?」
「……? どういうこと?」
「生物は、少なからず数種類の元素を集めますの。生きていれば、意識的無意識的問わず」
エウレカはそう言いながら、掌を開く。
「生物自身が持っている元素と、空間に満ち満ちて居る元素。これらの大きな違いは、生物自身を構成する元素以外は毒になりうる、ということですわ? リンドさんなら、理解できるのでは?」
「……?」
「水がなければ、普通人間は二日とかからず死にますわ」
理解がいまいちのぼくに、気付かせるような言い回しをしながらエウレカは続ける。
「火に炙られれば焼けますし、水に沈めば溺れます。土に埋められれば息ができませんし、風のない淀んだ部屋に居れば気を失います。逆に風の強い場所にいれば吹き飛ばされます。
つまり、お分かりになられまして?」
「……本来、ディーゼルボアにとっても、この場所は過酷な環境だと?」
「イグザ! 正解ですわ」
だからこそ、雨の日の彼等は生存戦略として暴走しますの。続けるエウレカの言葉に、ぼくは一瞬頭痛を覚えた。
「だ、大丈夫ですの?」と脳天のあたりを中心になでるエウレカだけど、今更ながらにして思う。なんだろう、この頭の痛さはもっと奥、目の奥耳の奥のような感覚がしないでもない。
とりあえず落ち着いたぼくを見て、彼女はほっと一息。
「では……。それゆえ、彼等は暴走しますの。己の体内を維持するための鎧のような外皮。これが雨によって溶かされると、この場所の熱はいとも簡単に彼等の体内を蝕みますわ。だから火の元素を集中して、そうならないように雨のない場所を探して走る。食料も同時に調達して、とにかく生存をはかるわけですわ」
「でも、それなら雨じゃなくてこう、水を噴射する攻撃とかでも良くない? 例えば水の元素球とかさ」
「慣れればそれでも良いのですが……。あまり仕留め方が悪いと、肉の質が悪くなりますわ。それに、全部の部位を殺してしまうと、次のディーゼルボアが生まれませんの」
最後の部分はよく分からなかったけど、それでもぼくは彼女に従う。
エウレカの言う通り、雨粒が接触するたびにボアの体表面が真っ赤になっていく。
湯気が昇り、いまにも全身燃え上がりそうに見えてしまう。
しかし、それでも目の前の巨体はこちらに迫ってこない。
いや、やはり迫れないのだろう。
『OOOOOOOOOOOOONnn……』
ディーゼルボアは、動こうとしては戻るという動作を繰り返していた。
ボアの足は、極端に短い。体の大きさに反して、ぼくの膝より下くらいまでの長さしかない。
その代わりかなり太く、全体重をいかに効率よくささえるかというのに念頭がおかれた作りをしている。
それゆえ、どう足掻いても彼等は、ぼくらの仕掛けた罠を飛び超えることが出来ない。
既に雨で溶岩は固まってしまっている。
ごつごつとした地形を嫌い、地面肉の上以外をあるこうとしないボアは、どれほど熱暴走しようとしたところで、行動に自由がないのだった。
『OOOONnnn……』
やがて徐々に、ボアの声が弱まっていく。
見下ろして居る中、なんだかなぶり殺しにしているようで、気分が悪かった。
……いや、実際なぶり殺しのようなものだろう。ぼくらにとって雨は何ということもないのだが、彼等にとってそれは毒どころか刃が降り注いでるに等しい。そんな場所で、身動きを制限して死を待っているのだから。
「――痛っ」
また頭に痛みが走った。
と同時に、とてつもない胸糞の悪さと、暗い、停滞したような感情がぼくの全身を搔けめぐった。
なんだこれ。
何でこんなことをしていなければならない。
俺(ヽ)は、何故こんな気分が悪くなるような光景を見ている?
この胸の内に湧く、理屈で抗えない怒りは何だ――――――!
「リンドさん?」
「……大丈夫」
エウレカの言葉を聞いた瞬間、妙に落ち着きを取り戻した。
うん、理屈では分かっている。
ボアを狩らねばぼくが死ぬ。
ぼくが死ねば、彼女はひとりぼっちになってしまう。
だったら、ボアとぼくで優先すべきはぼくだ。そしてエウレカだ。
エウレカは、ぼくに生きろというのだ。ならば、足掻かなければならない。
たとえ狩が正攻法でなくとも、搦め手でしか生き延びれないのなら、それにすがるしかない。
『Ooonn……』
だから、例えどれほどその声が悲痛なものに聞こえたとしても、ぼくは手を抜いてはいけない。
場合によってはぼくの方が彼等に殺されるのだから、そこは御相子というところだ。
だというのに――。
「……リンドさん、もう大丈夫ですわ」
わけもわからないだろうに、流れる涙を指先でぬぐうエウレカ。
彼女の言葉通り、ディーゼルボアはどしん、と倒れた。
「雨、もう解除しますわ?」
ぼくの制御を離れて、元素が空間に散らばる。
地面に降りて、ぼくとエウレカはボアの巨体を見た。
ごつごつとした溶岩の塊に身体を預けていたそれは、とても穏やかな眠りとはいかないだろう。
口からはよだれとも、血ともつかない何かが吐かれていた。
それでも、まだわずかに息がある。
ぼくは、エウレカとの打ち合わせ通り、その眉間に桑を付き立てた。
振り上げた桑を、練習通り振り下ろす。全くブレのないよう、とまではいかないけれど、それでも虫の息のボアにとっては、当然致命傷だった。
桑のささった箇所に、ガラスのような罅が入る。
……。
暗がりで色が確認できなかったのが幸いだろう。
それくらいしか、ぼくには思うことが出来なかった。
それ以上、何も考えたくなかった。
ただ、なぶっていた時にくらべれば多少気は楽になったような気がしないでもない。
あくまで、気がしないでもない、だけだけど。
と、しばらくするとボアの体は一気に黒ずんだ。
まるで、役目を負えた消炭のようでさえあった。
「……リンドさん、少してつだってもらえます?」
エウレカはそう言うと、ぼくの服の袖をひっぱる。
首肯すると手を握り、ぐいぐいと、でも転ばない程度の足幅で動いてくれた。
ボアの胴体に手をやり、エウレカはしばらくまさぐる。
「……何をしてるの?」
「探っているんですの。……リンドさん、桑を構えてください」
エウレカが、腹の一部を指差す。「ここから下を、抉るように突き刺して下さい。内部を傷つけないように」
「そ、そんな器用さを求められても……」
でも、エウレカの寂しそうな顔を見てると、流石に首を横にはふれなかった。
幸い、二撃目も失敗はしなかった。考えた通りに身体が動くのは、やはり練習の賜物か。
と。
『MO? MO?』
「へ?」
『……MOOOOOOOOOOON!』『MOOOOOOOOON!』
ぼくの傷つけた箇所から下から、膜を突き破り、小さなボアが出てきた。
両手で抱えられるサイズのように見える。まだ皮膚はピンクで、目がくりくりとしていて可愛らしい。それら二匹が、甲高い声で鳴いていた。
「……雌だったの?」
「そうですね。ディーゼルボアは、大体雌です」
エウレカは、赤ちゃんボア双子を抱き上げてそう言った。
「ダンジョンで生まれるモンスターは、ダンジョンの目的と仕掛けに対して最適化された存在です。だから、ボアもそれに対して最適化したものですわ。だからこそ、ボアたちは必ず次のボアを生み出す必要がある。彼等もまた、地下帝国安定のための存在なのだから――」
少しだけ頭をなでると、エウレカは彼等を地面にはなす。
しばらくぼくと彼女の足元にまとわりついた彼等だったけど、やがて何処へともなく走っていて、姿は見えなくなった。
「強く生きなさい! 貴方たちも、シュナの作った子たちですから」
叫ぶエウレカの言葉を理解はしていないだろう。
でも、ボアたちの踏みしめる足取りは、生まれたてと思えないほどしっかりとしたものだった。
それを見つめるエウレカの目は、やはりどこか寂しそうなものだった。
ただ、何となく話題を変えたほうが良いような気がした。
「……シュナ?」
「あ、いえ、何でもありませんわ?」
びくっと驚いたようにこちらを見て、彼女は少し赤くなりつつ両手を振った。
「ただ、遠い遠い日の、思い出ですの」
そう言うエウレカは、なんだか妙に幸せそうで――何とも誰ともわからない、その相手を、ぼくは少し羨ましく思った。
遊園地EX話にもシュナという名前が出てきましたが、直接は関係しません。同一人物ではりますが・・・




