三十九日目:狩猟
ディーゼルボアに追われている。
エウレカの作戦通りの布陣を組んで、二日ほどどういうルートを辿るか体で覚えて。
溶岩の噴き出す場所(厳密には噴き出すだろう範囲で、結構ざっくばらんだった)からマグマを引っ張ってくる経路も掘った。
その上で、ぼくはディーゼルボアに追われていた。
「って、これ転んだりしたら一発でダメじゃん! 足いたいよエウレカ!」
罠の付近で待機しているだろう彼女に対して思わず叫ぶ。
声が届くこともないだろうけど、そこは気分の問題なので気にしないでおこう。
後ろを振り返りたいけど、振り返れない。
いや、振り返らなくてもどういう感じなのかは想像がつく。
よだれを後方に垂らしながら牙をつきたてんとばかりにして。
目を爛々と輝かせつつ、鼻息荒く突進してくるディーゼルボア。
その顔を見た瞬間、思わず相手が追ってきているかどうかすら確認せずに逃走したぼくを、誰が攻められようか。
それでも目的を達成してしまっている辺りが、なんとも怖いというか……。ともかく、地下世界において生態系の王者に君臨してそうな猪さんも、非常に飢えてるらしかった。
「えっと、ここの先いったところ……、木、のところ右側に――」
頭と口で確認しつつ、ぼくは道の先、唐突に現れたようにみえるほどぽんと一本だけある溶鋼樹を、直角に右折した。
『OOOON!?』
全力疾走のぼくより若干早めなディーゼルボア。
でも身体が大きく、重量も重い分その動きはキレが悪い。
結論から言って、樹に鼻先からぶち当たったらしい。
『OOO……、OOOOOOON!』
でもすぐに復帰し、こちらを追跡してくるところには執念のようなものを感じる。
『Wii』
「あれ、マグマスライム? エウレカじゃないよね」
『Wii?』
移動中、マグマスライムたちが間欠泉? の穴から次の場所へ移動しようとしてるのに遭遇した。
というか、すぐ左横にいた。
……何も見なかったことにしよう。
『OOOON!』
『Wii!?』『Wi!』『Wiiiiiiiiiiッ!!!』
うん、横の面積も広いディーゼルボアの足に、マグマスライムたちは刎ねられなんかしていない。
いや、本当ごめんよ。
でも何というか、水を入れた袋が破裂するような音はしていないし、せいぜい蹴り飛ばされたくらいで済んでるんじゃないだろうか。
踏みつぶされてないと思う。
そう願いたい。
化けて出てこられても困る。
『OOOOOOON! OOOOOON!』
「ああ、段々と声が大きくなってるな……」
というか距離が詰まってきている。
そりゃ当然だ。ぼくの全力は徐々に失速していくし、対するボアのそれは一定で、しかも最初のぼくの全力よりも早い。いずれ追い抜かれてしかるべき。
そんなタイミングで、ようやく罠の場所が視認できた。
ツリーハウスのある森からそこそこの距離。高所から低所へ引っ張ってくる要領で、穴自体を末端にかけて深く掘り進めた結果、一応はちゃんとコの字型、凹の字型になっている。
「あとは、あそこで待機といきたいんだけど……」『OOOON!』「まあ、無理だよね」
というか、マグマが周囲にあると分かった瞬間、足の動きがこころなし早くなった気がする。
とっととし止めてしまえという風に考えているのかもしれない。
というか、えっと、さっきまで近づいてきてる、くらいだった音がもう背後に人一人分の身長ってくらいな感じ。
「流石にもう無理だから! エウレカ助けて!」
「承りましたわ!」
ぼくに答えながら、頭に羽根をはやしたエウレカが下りてくる。
無論、ぼくの速度に合わせて飛行していた。
「想定よりもやっぱり早いですわね……。一、ニの三で後ろに回りますわ。いきますわよ?」
呼吸を合わせ、ぼくは少し速度を速めて、ディーゼルボアとの距離を少しだけ開ける。
そしてその隙間にエウレカが入り込み、ぼくの背中を抱き締めた。
「うぃぃぃ――っ!」
「う、ああああああっ!!」
そして一際大きく羽ばたき、ぼくは上空へ。
直進移動しながら、離陸していった。
地面から足が離れるなんとも言えない浮遊感よりも、何より本当あと数十ミルラ(※1ルラが大体1メートル)とい距離にボアの鼻先があったことが、怖いとかを通り越して失禁ものだった。
いや、別に漏らしてないけど。
以前ならともかく今はエウレカも居るし、情けないところは極力見せたくない。
今助けられたりしてるのはどうなのかと思うけど、そこはまあ、極力ということで。
『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!!!!!!』
「うぃぃ……、第一段階は成功と」
エウレカの目論見通り、ボアをくぼみの位置に誘導することには成功した。
あくまでも直進に拘って移動していたためか、ボアの蹄がマグマを踏んだ瞬間、絶叫が響き渡る。
それを正面から見る位置にエウレカが方向転換。
「いけそうですの?」
「んん……、なんとか?」
「では、お願いしますわ?」
両手を組み合わせ、魔力を練り、元素を集める。
エウレカが今飛行しているためか、風の元素が寄りやすい。基本的に元素は「現象」が物質化したようなものらしいので、こうして属性に該当する現象を発生させていると、術は作り易いのだ。例え魔力の行使に難があるぼくでも、多少助けになるくらいに。
「グロブ・フリド!」
そして、風属性の魔法で、ボアの裏側に置いてある溶鋼樹の板を外した。
『OON!?』
流石にその変化には気付いたらしい。でも既に遅い。
元々トラップの構成として、穴を掘る際にロの字に彫っていた。そのうち、ボアが進入できるように一部を、マグマを通さない溶鋼樹の板で仕切りコの字型にしてたのだ。
だからこそ、その二つを魔法で手元に引き寄せた以上、高温のそれらの進入を阻むものはない。
一気に流れ出したマグマにより、ディーゼルボアは逃げ場を失った。
「とりあえず、これで一段落?」
「いえ、もう少しですわ?」
「あれ、事前の説明と違うんじゃ……」
ふわふわ飛んでいるぼくとエウレカとの会話。
罠の次の段階とかについて話をしようとしていたのだけど、そこで、はたと気付く。
「……少しいい、エウレカ」
「何ですの?」
「ぐるっと回って? 場所は変えなくても良いから」
言われた通り、エウレカはその場でくるくる回転する。
ただし、何かを察してくれたのかゆっくり目に。
「うぃ、感動でもなさいましたか?」
「まあ、ね」
魔法を使って空を飛んでいるわけでもない。
あれは、厳密には際限のある跳躍のようなものだし、現時点のぼくでは絶対に使うことが出来ない。魔力も出力不足だし、元素も足りない。
その前提の上での、自分の意思に寄らない飛行。
不安定な状況という恐怖よりも、この地下帝国を、一部とはいえ見下ろしているという感覚が、あまりに新鮮なものだった。
下方で凶悪な何かが吼えているのが気にならないくらいには、我を忘れる。
ふと視線を下ろせば、わきの下から通り、ぼくの首の辺りで組まれるエウレカの手。
すごく指きれい。長い。あと肌がすんごくすべすべ。
でも、そんなことより景色の方が重要に思えた。
「リンドさんも、なんだかんだで男の子ですのね。感動は、ヒトの持つ最上の娯楽ですわ」
「一応、成人なんだけどね」
「私からすれば、大差ありませんの」
「年齢のこと気にする割に、そういうところで爪が甘いよね、エウレカって」
「べ、別に、他意はありませんわ! 言葉の綾ですもんっ」
そう叫び名がら、ぎゅっとぼくを抱き締めるエウレカ。叫んだ拍子にバランスが崩れかけたので、安定化させるための作業とうことなのだろう。
ただ、それはそれで色々まずい。
いや、ぼくの後頭部としては結構幸せなんだけど。
臭いこそあんまり感じ取れなかったけど、エウレカの身体は、ふわふわと柔らかであるらしい。
「もう少し、抱き寄せてくれる?」
「……落しますわよ?」
「いや、えっと、ごめんってば……」
何を考えていたのか一言も言ってないけど、エウレカはぼくの邪念を正しく把握したらしい。
ちょっと機嫌をそこねたエウレカに謝りつつ、ぼくらは溶岩の範囲の外、ボアを確認できる位置に下りた。
安定のソフトセクハラ。良い子も悪い子もマネすんなよ!
新作「ラブレイブハート」投稿しました。日常系変身ヒーロー異能力もの? を目指す感じの予定なので、よろしければ是非一読を。




