三十三日目:家屋
それでは、完成したツリーハウスをどうぞ。
大きな溶鋼樹の上部に、太い幹と枝を利用して設置された真っ黒な家。
資材の関係でそれなりにこじんまりとした家となっているものの、しかし全体からは木のぬくもり、温かな印象が――。
「いや、欠片もないな」
言いながら、ぼくは真っ暗な家の中で寝そべった。
部屋は全体で一部屋という簡易構造。中央に小枝を折られたぶっとい幹があり、たいそう頼もしい。家の下にもエウレカが見繕っただけあって、太い枝が底面を支えていて実際、安定感がある。梁を軸で支えるような状態であり、その接触点に特殊な魔法石が置かれているらしく、地震が起きても大丈夫ということらしい。
ただ、大きく難点が二つ。
一つは、材質による圧倒的な難点だ。
「硬い」
その一言につきる。
そこは建築中からずっと思っては居たところなんだけど。
でも、こちらはまだ対応はできる。地面肉をいくらか抉って下に敷けば、多少なりともまともな感じになるだろう(それをまともと言って良いかは知らないけど)。
次の問題は。
「暗いんだよな」
これは、建築中の盲点だったところだ。
照明がない、というのは、この地下帝国でほぼ当たり前のようなものだったけど。
それでもこうして室内という密室の中では、普段よりもことさらに酷い。
具体的には、入り口の扉を開けていないと何も見えない。
壁の隙間からの光もあるけど、そもそもが薄暗い中での光なので押して知るべし。
構造として、縄梯子を下ろして上に登るような形なんだけど、登った先のテラス(?)にある扉を開けていないと、なんにも見えないのだ。
今更ながら、マグマのようなものでも多少なりとも光を発しているからこそ視認できていたということを思い出す。
エウレカも「しまりました!?」と変なことを言っていたから、たぶん建築中は気付いていなかったんだと思う。
現在彼女は、その対策に向かっていた。
どうやらラスシャイターンの遺跡に、まだ照明装置の余りがある。かもしれないとのこと。
一緒に行こうとしたら「いえ、私設計で動いてまだ中途半端ということなので、このままではちょっと、恥ずかしいですわ……」と言われて、拒否された。なんでだろう、こだわりでもあるのかな?
かつて建築したことがある的な話しはしていたし、ひょっとするとそこまで含めて建築だ、という認識なのかもしれない。
「こだわりがあるのは別に良いんだけど、ちょっと肩身が狭いよね」
ただ、ぼくの方としては少し事情が違う。
簡単に言うと、ちょっと座りが悪い。
なんでもかんでもエウレカ頼りにして、自分は何もしていないような感じがしてしまう。資材運んできたり、組み立て手伝ったりはしたけど、一番重要な部分は全部エウレカがしたのだ。そのままじゃいけないような気がしてくる。
エウレカにそのことを伝えはしたけれど、彼女は、
「お気になさらず、お留守番してくださいませ」
この一言とともに、飛び去ってしまった。
「……はあ」
どうしたものかなと思いつつ、ぼくは溜息一つ。
と。
ぽつり。
外で、何か音が聞こえる。
「……ん?」
立ち上がり、入り口から外を見る。
「……あれ?」
水滴は連なり――次第に、雨となった。
と、同時に、僕の脳裏に何かの映像がちらちらとする。
「――――!」
探さなきゃ。
エウレカを探さないと。
ディーゼルボア。そう、雨の日のディーゼルボア。全身を真っ赤に染め上げたアレの映像が、突如脳裏を過ぎった。
エウレカは空を飛んでいたけど、あまり長く飛べないというようなことを言っていた記憶がある。
ということは、襲われる可能性も少なくないということだ。
そんなことを考えるより先に、ぼくは、梯子を下ろしていた。
※
暗黒。溶岩の照り返す光が、天井たる大地に反射し、世界を鈍く照らす。
その暗闇たる世界にも、雨は降る。
肉の大地より吹き上げし水分が熱せられ蒸発し、鉄鋼のように硬い木々の呼吸が大気を動かす。
それらが一定の間隔で、規則的に繰り返されるこの場所において、雨は恵ではない。
この世界に生きる大半の生き物にとって、それは毒だ。
『GYAAAAAAAAAAAAAAA!』
例えば、デッドウォーカー。
彼らの身体に張り付いた火が、火の玉が、降りしきる雨によって鎮火させられる。
のた打ち回る、歩く死体。それらはやがて動かなくなり、全身から元素を放出する。
身体を動かしていた力が抜け、只の死体に戻ってしまうのだ。
『OOOOOOOOOOOOOON!』
例えば、ディーゼルボア。
彼らもまた、雨による被害を受ける種族である。
常に体温が一定の温度以下にならないよう保たれている彼らであるが、それの均衡が崩れることが、何よりも致命傷となる。
地下帝国の温度に耐えられるよう、身体表面と内部との温度に差のある彼ら。しかし、外側の温度が冷やされると、急激な温度変化により、その外皮は脆くなる。その脆くなった状態で地下帝国を闊歩すれば、傷口から身体全身に熱気が回り、簡単に死に至る。
であるが故に、雨が降っている時のみ彼らは火の元素を体表面に集め、肌と雨が接触しないように調整するのだ。その膜が彼らの全身を真っ赤に見せる。
更に雨は、ディーゼルボアたちの食料たるデッドウォーカーすら殺してしまう。
生存本能に突き動かされた彼らは、眼前に入る全ての動くものをエサと認識し、高速移動で特攻を仕掛ける。デッドウォーカーの体内から元素が抜けきる前に喰らってしまおうということだ。
そんな地下帝国の上空を、ばさりばさりと、ゆっくり飛ぶ鳥が一羽。
いや、鳥ではない。
そのシルエットは、人間のそれだ。
ただ、頭から一対の巨大な羽根が生えている。
羽は風の元素を集め、彼女を空に飛ばしていた。
「うぃ、少し迷いましたわ……」
エウレカである。
頭部から巨大な羽根が生えた人間、という非常に気色の悪い光景ではあるが、しかし彼女の顔立ちがその違和感を緩和していた。
眼下のディーゼルボアが大爆走しているのを苦笑いで眺めつつ、彼女は目的の森をようやく発見した。
森の木の中にある、一つだけ背の高い木。
木の上部には、それなりにしっかりした家が一つ。
ツリーハウスとしてみた場合、なかなかに大きい。
探索の拠点としては、簡素に作られているもののこれ以上望むべくもなく、といったところか。
「やはり、もっと外部を凝るべきでしたわ」
しかし、建築者たるエウレカ的には色々と不満点が残っているらしい。
細かく設計書を書いたり、また大型の工具が失われてしまっているため、木材の加工が中途半端となり、結果的に家の壁には穴がそこそこ開いている。
あばら家とまでは言わないまでも、なかなかに風通しの良さそうな家に違いはない。
「これなら照明機材要らないでしょうと思っていましたが、不覚でしわた」
光に関することを計算して、それなら加工が中途半端でも一石二鳥でいけるかと考えていたエウレカである。しかし、結果としては小型の魔灯(魔力を注ぎ、周囲の元素を集めて光る装置)をラスシャイターンから拝借してくることになったのだった。
「まさかあんなに早く地形が変わってるとは……。リンドさん、退屈してませんかしら」
そんなことを呟きつつ、家に着地するエウレカ。
羽を黒いツインテールに戻し、家の中に入った。
ぐに、という地面の感触。
「……あら、寝ていますわね」
見れば、リンドは寝息を立てていた。
足の感触は、陸地――『得体の知れない』肉のものである。寝心地が悪いということで、おそらく地面から抉って持ってきたのだろう。
女の子座りをして、エウレカは覗き込む。
「やっぱり退屈だったのでしょうか……、あら」
魔灯を点灯させ、彼女はリンドの顔を見た。
白い、すすけた髪。同じくらい白い肌。一目で病的な印象を受けるほどに、破れた服からはみ出る腕や足は細い。骨まで見えるほどではないものの、肉付きは明らかに悪かった。
手をとる。爪先は黒々として、右手の小指は角度が四十五度ほど傾いている。
そんな、見慣れたリンドの元素が、いくぶん、乱れていた。
人間に視認できるものではない。これは、彼女がある種「この世界の生物を超越した」存在だからこそ出来る行為であった。
「まだ本調子でもないのに、余計な運動をしていますのね。……もしかして、リンドさん、私を探してましたの?」
エウレカは、ごく自然な動作で、彼の目元に手を当てる。
手先が輝き、彼女の魔力がリンドの体内に侵入する。
「ありがとうございます。でも、まだ貴方は無理をなさらないでください」
リンドの顔色が、多少生気を帯びていく。
「なにせ、貴方の体内元素の乱れ方は明らかに――いえ、止めましょう」
エウレカは言いつつ、リンドの頭を自分の膝の上に乗せる。
「かつて貴方にどんなことがあったのだとしても、私のお友達である貴方を、決して『死なせはしません』。ですから、まずは健康になってください」
そう言いながら、エウレカは、ツリーハウスの入り口の先を睨む。
方向としては、今までリンドたちが利用してきた安全地帯のある方角だ。
そして彼女の目に映るのは、一つの建物。
逆さまに、天井から吊るされたような塔。
「……貴女は――この人に一体、何をさせようというのです?」
彼女の言葉に、答えるものは誰も居なかった。
そこそこ広めですが、家は案外普通でしたとさ。
そして、リンドの姿形が第三者目線で明らかに。端的に言って、だいぶ酷い有様です。




