十五日目:安眠
「……悪意のもとって?」
「その前にリンドさん、貴方先ほど私と話してるとき、突然気絶したのだという自覚はありますの?」
少し落ち込んだぼくの質問に、エウレカは別な質問で返した。
気絶? 確かにそうだろう。会話していて、気付いたらエウレカの膝の上だったのだ。
でも、なんで気絶したのかはさっぱりわからなかった。何かモンスターの攻撃でも受けたわけじゃあるまいし……。
というか、エウレカの言ってることが正しければ、ぼくは意味もなく気絶したことになるまいか。
自覚がないと断った上で質問をすると、エウレカは「いえ、理由はあると思いますの」と答えた。
「特定のフレーズ……、というよりも、特定の条件に引っかかると、意識を落として何某かの記憶を、強制的に思い出せなくしているように感じますわ」
「強制的にって……。でも、ぼくには精神封印の術はかけられていないんだよね?」
「ええ。倒れた直後に確認しましたわ」
「だったら何で……」
「……あくまで私の推測ですが、かまいません?」
そう前置きして、エウレカは簡潔にこう言った。
「ここに送られる前のことを――それほど思い出したくないほどの辛い記憶があるのかもしれませんわね」
「辛い記憶……?」
「リンドさんは、たぶん魔術関係の職業に携わっていたのだと思うのですけど、その知識ってどれほどありますの?」
「いや、ぼく記憶喪失だしあんまり当てにされても……」
以前スライム状態のときに、そのことをエウレカに少し愚痴ったことがあった。
うぃうぃ言ってぼくの足にすりよってきていたけど、今思い出せばあれは、彼女なりにぼくを励ましてくれていたのかもしれない。
「人間の記憶には、二種類ありますの」
と、エウレカは指を二本立てる。
まず一本を折りたたんだ。
「一つは物語記憶。思い出などですの」
そして、たたんだ一本を立てた。
「もう一つは意味記憶。知識などはこちらに当りますわね。リンドさんの言う記憶喪失は、主に前者のもののように感じますわ」
エウレカの言葉には、なんとなく納得できるものがあった。
確かに思い出とかの記憶はない。でも、知識についてはある程度あるというのはわかってる。
魔術関連のことは……、思い出そうとすると頭が痛くなるけど、多少なら思い出すことが出来る。
納得しているぼくを見つつ、エウレカはため息をついた。
「……これでは、思い出す記憶にどれほど制限があるのか、聞くのは難しそうですね……」
ぼそぼそと呟いた言葉は、僕の耳には入らなかった。
「エウレカのその姿って、もともとなの?」
しばらくエウレカと雑談をしていた折、思わずぼくは彼女に確認した。
少し思案した顔をした後、エウレカは苦笑いを返した。
「別に姿は固定ではなく、相手の望む姿に変化するというだけですわ」
「望む姿……?」
「本来の姿といえば、また別にあるのですが……。少なくともこの姿は、リンドさんが望み、求めたものです。なんだか可愛らしい背格好とかになってるということは、リンドさんもその、だいぶ溜まって……」
「……まぁ、確かに求めてはいたかもしれないけど、そうじゃないと信じたいところだなぁ」
いやでも、確かに生活に余裕が出てきたから、多少性欲とかももてあまし気味にはなっているけど。でも、それでも優先事項は生存一択であって、そこまで強い欲求があるわけじゃない。
だというのに、エウレカいわく『求められている姿』として出てきたのがこれだそうだ。
……。
深く考えないようにしよう。
「でも、どうして呪いが解けた、というか解呪できたの? そこのところを聞いていたときだったと思うけど……」
「あー、そうですわね……」
エウレカが、まるで人生の難問にでも挑むかのような、すごく難しそうな顔をして唸った。
そんなに難しいことを聞いただろうか。さっき(気絶する直前)は、結構簡単に答えようとしていたような。
ん、そういえばあの時、エウレカは――。
「あ、嗚呼アアアアアアあああああああああああああああああああああああっ」
転げまわるぼく。
もう何度目になるか分かったものではない頭痛だ。
エウレカと出会ってからはなかなかこうはならなかったけど、久々に味わうこれは何度やってもなれるものではない。
頭の内側を引っ掻き回されて、ぐちゃぐちゃにされるような錯覚がぼくの全身を襲う。
「り……、リンドさん? 大丈夫ですか!?」
エウレカが驚いて、ぼくの傍らに寄ってくる。
その顔に、どこか見覚えがあるような錯覚をぼくは受けた。
どこで見た顔だろう。それは。
記憶の奥底――あるはずのない記憶の奥底で、何かがぼくに警鐘を鳴らす。
ああ、あいつも、そんな顔していたっけ。
心配そうにぼくをの顔を覗き見るエウレカは、なにというか――。
「……だいじょうぶ」
多少頭痛が治まったので、ぼくは彼女の手を借りて起き上がった。
「本当に大丈夫ですの? デッドウォーカーみたいな顔をしていますわよ?」
「……デッドウォーカー?」
「この世界にはびこる、生ける屍ですわ」
どうやら、リビングデッドのことらしい。
というか、ここで長く生きているエウレカが言うのだから、ひょっとするとそっちの方が正式名称なのだろうか。また微妙な知識が増えた。
はははと笑う僕に、エウレカは真剣な顔をしてこう言う。
「今日は、もう寝ましょう。お水だけ飲んで」
「……へ? いや、ぼくお腹すいてるんだけど――」
「それでもですわっ! リンドさん、体内の元素が乱れすぎです、一度整えてからにしますわよ!」
「う、うん……」
すごい剣幕のエウレカにどやされて、ぼくは思わず首肯した。
首肯したけど、とまどっている僕は特に自発的に横になるわけでもなく。
みかねた彼女が、ぼくに覆いかぶさるよう押し倒した。
「わっ! な、何するのさ」
「このまま寝ますわ」
……へ?
「え? いや、あの、エウレカは、その、襲われたりとかは考えないの?」
「襲われますの?」
「いや、襲うつもりもないけど、流石にぼくも野郎だし……」
彼女は見た目普通に可愛い女の子、年の近い女の子なので、どぎまぎするし色々と彼女の体の感触がやばい。顔が赤面するのが分かる。
しかし、そんなぼくの反応ですら、エウレカは真面目な顔で一蹴した。
「リンドさん――きちんと寝れていないんじゃありませんの?」
「……そりゃ、まぁ」
こんな安全が保障されていないような場所で、安全地帯ではあったとしても何がおこるか分かったものじゃないような場所で。
誰が安眠できるだろうか、という話だ。
流石に数日一緒に暮らしていただけあって、エウレカには見抜かれているようだ。
彼女は上半身を起して、ぼくを見て微笑んだ。
「ですから、リンドさんがきちんと寝れるように、私が起きてます。私が守ってあげています。リンドさんか何か粗相しても、無理やり引き剥がして拘束しますし心配無用ですわ。
これでも私の方が、リンドさんより腕力ありますの」
半人外宣言された後のこの言いようには、無駄に説得力があった。
引きつった笑いを上げたぼく、彼女はふっと微笑む。
「ですから、安心して今は寝てくださいませ。これからのことは――また、明日に致しましょう」
そう言うと、エウレカはまたぼくの上に覆いかぶさった。
そして首の裏に腕をまわし、抱擁する。
不思議と、ぼくの意識はすんなり落ちた。
安眠は必須だけれども、緊張感を忘れられないサバイバル。
たとえイージーモードな感じでも、当人にとっては死活問題。




