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十四日目:豹変

ディーゼルボアの名前の由来です。



 次の瞬間、ぼくの身体は空中を舞っていた。


 ……は?

『めんめえええええええええええええええッ!』

 エウレカの絶叫がこだまする。

 地面に激突して、何度か転がる。

 地面肉のお陰か、落下の衝撃波たいしたことない。

 でも、立ち上がることができないほど右半身が痛い。

 不安定な視界のまま、頭をぐるりとひねって状況を確認。

 辛うじて五体は満足そうだ。ただ猛烈に右の脇腹が痛い。触って確認してみると、右腕と右の脇腹が削れていた。骨は出ていなかったけど、血が止まらない。腕の方は変な方向に曲がり、感覚すらなくなっていた。

「何、これ……?」

 エウレカがこちらに飛び跳ねてくる。その背後には、ディーゼルボアがいた。

 ディーゼルボアは、明らかに様子がおかしかった。

 何と言うべきか――全身がいつもよりも真っ赤になっていて、体から蒸気が立っている。よく見れば体に接触した雨がすべて蒸発しているようだった。

『OOOOOOOON……!』

 そして、いつもよりも牙を大きくむき出しにしていた。

 総じて、普段の数十倍は凶暴そうな外見になっていた。

『うぃぃ!』

「……どうして、」

 いや、エウレカの反応がおかしかった段階で色々と考えるべきだったのかもしれない。

 エウレカは、ストーンワイズたち曰くマグマスライムではない。言語の通じる相手であり、一緒に生活していた人間を生かすだけの何かを持っていた。

 その何かは、たぶん知識だ。

 ぼくなんかよりもはるかに長生きしているエウレカは、この地下世界に対する知識を多く持ち合わせているはずだ。

 だからこそ、エウレカと一緒にいると生存率が上がるのだろう。

「……でも、流石にこの展開は予想できないよ」

 言い訳というか、愚痴が思わず出る。

『めんめ……、めんめ……、』

 エウレカが、ぼくの頬をなめる。

 気のせいかもしれないけど、エウレカの光る目元からは濁った色の水が溢れていた。涙だろうか。

「あはは……、これはちょっと、まずいかもしれないね」

 そう呟いた瞬間――。



――――”お兄ちゃん……、お兄ちゃん……、”


 ――唐突に、頭の中で人間の声が響いた。

「……?」

 こちらの視界を揺さぶる、少女の声。

 茶色で、少しくるくる巻いた癖のついた髪。

 泣きながらこちらを揺さぶる少女。


――――”――たく、だからリンドは一人じゃ駄目なんだよ”


 もう一人は、男。

 ぼくより少し年上のような、金色の髪の男。

 少し砕けた態度で、口調は軽い。でもどこか、聞いている相手を安心させる、そんな声。



「……何だ、これ」

 唐突に、頭の中で何かがひらめきそうになる。

 それはまるで、堤防のような感覚だった。

 押しとめられていた何かが、堰を切ったようにあふれ出しそうな――。


『――、――、――、――、――――』


 再び、頭の中でだれかのこえがきこえ。

 きこえたこえは、どこかできいたおぼえのあるようなこえで――。





『……ん?』

 何だ、今のは。

 なんとも言えないわだかまりのようなものが、自分の中に出てきた。

 だが、そうも言ってられないだろう。

 とりあえずアレを片付けるのが先だ。

 ()は、痛みをこらえて立ち上がった。

『OOON……!』

 鼻息まいて、ディーゼルボアが動く。

 大層元気そうだが、こちらにそんなもの関係ない。

 周囲に何か使えるものがあるか確認し、木が目に入る。

『まぁ、これも一応植物か』

 呟いて俺は、右手をボアに向ける。


『――フリ・オルー・リキド――』


 奴が動くよりも、俺が呪文を唱えるほうが早かったらしい。

 一瞬消えた奴の体は、おそらく俺を跳ね飛ばそうと動いていたことだろう。

 だが残念ながら、目の前に作られた黒い『木の枝で出来た壁』を貫通するほどの威力はなかったらしい。

 体から無駄に魔力が逃げ、元素が寄り付かない。仕方なく魔力を倍以上注いで壁を作ったため、ぎりぎりであったが奴が貫通しない強度に出来たらしい。

 しかしそれでも、みしみしと言いながら木の壁を破壊しようというその姿、生存本能は、同じイキモノとして敬意を表したい。

 だから、せいぜい痛みを感じず楽に『殺してやろう』。


『――フリ・ラムド・リキド――』


 手持ちの水から元素を少し引き抜き、目の前の黒い木の枝に振り掛ける。

 次の瞬間、木の枝が伸びて壁が分厚くなり、ボアの頭だけをこちらに出す形となる。

 その状態から更に突進しようともがくボアだが、残念だ。両足と胴体は既に木の枝にからめ取られている。

 そして、頭だけが枝の間から逃れたということをよく考えろ。

 数秒もしないうちに首元の木が引き締まり、ディーゼルボアは泡を噴いて動かなくなった。

『……はっ、こんなものか』

 手を叩いて、ボアの顔を眺める。

 ボアが動かなくなった丁度その時、頭の中でまた()が聞こえた。


『――、――、――、――、――――』





 ぼくはその場に倒れた。

「はぁ……、はぁ……、はぁ……」

 息が続かず、意識が朦朧としてくる。

 そして、猛烈に頭が痛い。半身の痛み以上に、頭の中で何かが破裂するような痛みがある。

「……何だったんだ、今の」

 そして、わけが分からない。

 突然体の自由が利かなくなったような感覚に襲われた後、いつの間にか――目の前で、ディーゼルボアが絶命していた。

 木でできたネズミ捕りのようなものに挟まれ、血を流し、絞め殺されていた。

 それだけ確認すると、ぼくの視界が薄れていく。

 いや、まずい、このままここで眠ったりしたら、そのうち他のモンスターに食べられちゃう――。


「杞憂ですわ」


 唐突に、そんな声が聞こえた。

 瞼の力が抜けて目を閉じる。その頬に、ダレカの手が添えられたような感触があった。


「――あとは、(わたくし)が何とかいたします」


 その手の体温は、まるでエウレカのようにほんのりと冷たくて――。

 ぼくは、眠った。



唐突な豹変、そして回帰。


次回は、割とありがちな超展開です。

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