七日目:命名
どうやらこのマグマスライムは、ぼくの服に張り付いていたらしい。
尻で潰しても破裂とかはせず、ちょっとしかめっ面みたいな顔をしたこのスライム。
とりあえず抱きかかえて、胡坐をかいた膝の上に乗せておくことにした。
『うぃぃ?』
不思議そうに頭をかしげるこのスライムに、ぼくはため息一つ。
「……何で付いてきたの? 君」
『うぃ!』
何かを主張するように跳ねるマグマスライム。
当たり前だけど、何言ってるかわからない。
いや、それ以前にコミュニケーションがとれてるかどうかすら妖しいんだけど。
「……はぁ。まあ、今更かな」
抱えて持ち上げると、すりすりこちらの体に擦り寄ってくるマグマスライム。
なんだか妙に懐かれている。心当たりが全くないというのにだ。
でもこうしていると、なんだかぽわぽわしたもので心が満たされる。
食べ物だの飲み水だのに困窮していた時からは、想像も付かないような充足感があった。
「……どうしよう、飼いたくなってきた」
命の恩人(?)たるこのスライム。
今のところ危害も加えられていないし、そういう衝動が沸き起こっても仕方ない。
でも、色々と問題もある。この巨大な閉鎖空間において、当然のように行き当たる問題だ。
だが、その一つはあっさり解決してしまう。
ふとみると、スライムはぼくの水筒をじっと見つめていた。
「……ひょっとして、食事は水だけでいいのか?」
『うぃ!』
肯定するようにぴょこっと飛び跳ねる。
第一の問題:食料。
正しくコミュニケーションがとれているとすれば、一瞬で解決してしまった。
どうやらマグマスライム、普通のスライムに比べて省エネルギーらしい。
考えてみれば、さっきも水を分け与えてた時も、しっかり喜んでいたのだ。普通スライムだと、そういう反応はしない。その段階で、この問題は気付くべきだったろう。
そして、二つ目。
元素溶解液関連の話。
早い話、寝てる間によだれとかでぼくの体が解かされでもしたら、たまったもんじゃないということだ。その点について対策を考えないと、かなりやばい。確殺されてしまう。
「問題はそこなんだよなぁ……。流石に死因がよだれってのは洒落にならないし」
『うぃぃ?』
「最悪、袋とかに入れて寝るとかすれば……あ、いや、袋も溶かされちゃうか」
なかなかに、ぼくとスライムとの共生は大変であるようだった。
やっぱり飼うのは大変だ。
でも、だからといって今この場でこいつを手放すのも、ちょっと駄目だ。
水源が見当たらないこの状況、いくらスライムの属性が万能型だからとはいったって、まず干からびる。
他のスライムが水源目指して間欠泉の穴の先を目指したくらいなのだ。よっぽどなのだろう。
そんな状況なのに、わざわざ見殺しにしてしまうのも寝覚めが悪い。
ん? とすると、こいつは何で付いてきたんだろうという疑問に立ち返る。
「……どうして着いてきたんだ?」
『うぃ?』
立ち返ったところで、会話が成立するはずもないんだけど。
そして、もう一つくらい置き去りにするのが難しい理由がある。
「やっぱり、一人じゃ寂しいんだよなぁ……」
ストーンワイズと出会った後、めっきり誰とも会話せず、何とも触れ合わない日々が少し続いた。
それだけでも、色々と神経が磨り減ったのだ。
それが、そう、わずかにこいつと一緒に過ごしただけで、これほど満ち足りた感じになる。
この安心感……? 充足感が失われると考えるだけで、もうなんだか駄目なのだ。
色々理由をつけて、離れたくない自分が居る。
「……おまえ、仲間たちと一緒に行かないでいいのか?」
『うぃぃ!』
再び跳ねるマグマスライム。
地面において、少し歩くとピョンピョンついてくる。意志の疎通がとれているかは妖しいけれど、それでも、とりあえずもう断定していいかもしれない。
「…………ほ~ら、おいで~」
『うぃ!』
目を細めて、ぼくの胸元に突進してくるスライム。
重量が軽いので飛ばされたりはしなかったけど、ちょっと胸がぐっと痛んだ。
そして、何故かこのスライムはぼくの胸元に顔を(顔?)こすり付けてくる。
いくら何でも、これは少しおかしいと思う。
「ひょっとして、元々人間に飼われていた奴なのかな?」
だとすると、色々とこいつの謎の挙動に説明がつく。
無駄に人間になついているのは、ヒト恋しいから。
倒れているぼくに水を飲ませたりしたときの処置や、わざわざ水場まで案内したこと。
なにより同属の連中と一緒に移動せず、こうしてぼくにくっついて来ていることなど。
「……そっか、ならお前も一人だったんだな?」
『うぃぃ……。うぃ?』
やっぱり言葉が通じてるか、通じてないか全然わからない。
わからないけど、とりあえずはいいか。
ぼくの腹は、既にこいつを飼うことに決めていた。
「んー、じゃあ名前でも付けるかな?」
『うぃ?』
「お前の名前付けようかってこと。いつまでも名前ないと、呼び辛いだろ」
『うぃぃ』
もう一度その場に座り、スライムの顔を覗き込む。
さて、でもこうして考えてみると、どうしたものだろうか。
名前の候補なんて全然出て来ない……。それこそ、昔の偉人だの有名人だのの知識はあるみたいなんだけど、どうも人名に関連する知識はまるまる抜けているのだった。
ぼくの中で、欠損している記憶。
知識――エピソードに由来しない類の事柄は、ある程度把握している。
魔法関連など、一部の記憶には何某かの作為でもあるように、思い出そうとするたび頭痛が走る。
だけど、ひとたび自分の過去のことなんてどうだったのか、たとえば小さい頃はどうしていたのか、初恋はいつ? 友達はいたのか。そういった事柄は、すっぱり抜けている。
いや、何と言ったらいいのか。
抜けている、というより抉り取られている。
不自然なまでに、いびつに、思い出そうとすると記憶が切断され、分断される。
何かそんなに、思い出すのに不都合なことでもあるのだろうか。
それとも、頭痛がすることからして、何か自分で自覚のない障害でも負ってしまっているのか。
「でもそうなると、本当にどうしよ……」
『うぃ?』
「これから名前を挙げていくから、気に入ったのがあったら言ってくれよ?」
『うぃぃ』
とりあえず、足元にスライムを置く。
「よかったら跳ねる。駄目だったら跳ねない。大丈夫?」
『うぃ!』
たのもしく一回跳ねてくれた。
……何だろう、これ。本当に言葉通じているんじゃないだろうか。
「じゃあ、えっと、古い言語から……。“エース”」
『うぃ』跳ねない。
「“マーラ”」
『うぃ』これも跳ねない。
その後、色々出していったけど、
「“ジョイル”」
『うぃ』
「“アブクマ”」
『うぃ』
「“マダラ”」
『……うぃ』
「“ニーアン”」
『うぃ』
「“ジャニスニ”」
『うぃぃぃ』
「“ケト”」
『うぃぃ……』
「“マルフォ”」
『うぃ?』
「“エステリカ”」
『うぃぃ』
「“リィシアル”」
『うぃ』
「“ルーシー”」
『うぃ』
「“ケントリヒッデバロニアスミシアリウスマリウ”」
『…………』
何故にこんな古語について知識があるのかは不明だけど、あんまり成果は出ず。最後に至っては、完全に無反応だった。というか呆れられていた。
……いや、違うんだって。これ昔居た王様の名前だから。
挑戦失敗を繰り返した結果、どうも女性っぽい名前とか、女性的な響のあるそれに興味を持っているみたいだ。……というか、いちいち律儀に反応しているところからみて、こちらの言語は七、八割は通じてると断定していいだろう。コア持ちは賢いとはいうけど、ここまで明確に意思疎通がとれるというものなのだろうか。
「うぃぃ」
『うぃ?』
あ、なんか言葉が移った。
体力的にはあんまり消費してないんだけど、口の中が乾いたので少し水筒の水を含む。
マグマスライムが物欲しそうに見ていたので、頭にちょっとかけてやった。
『うぃぃ!』
……口の中から長いベロが出てきて、頭上の水を舐めていた。
ぼくは何も見なかった。うん、こんなグロテスクな光景を見たりはしていない。
「ん、水……?」
水に関する古語は、既に提案して微妙な反応をされたので、そっちは考えないことにする。
だけれど、考えてみればこのスライムのお陰で水が見つかったんだし。
それにちなんだ名前でも、考えてみよう。
「……エウレカ、でどうか?」
『……うぃ?』
明らかに、さっきまでとは違う反応だった。
飛び跳ねはしなかったけど、こちらに近づいてじっと見つめてくる。
まるで、由来の説明を催促でもしているかのように。
「意味は、“発見”。見つけた、とかそういう意味。ぼくにとっての君であって、まぁ水であってってことなんだけど、どう?」
本当は、友達を意味する“カルサルド”とかでも良かったんだけど、響的にまだエウレカの方が可愛らしいので、そちらを薦めてみた。
数秒、目を閉じてうぃうぃ唸るスライム。
そして、その場で一度跳ねて、こちらの胸に飛び込んできた。
『うぃぃ!』
「よし、じゃあお前は今日からエウレカだ」
『うぃぃぃ!』
あ、こら手の中で跳ねようとするなって。
落したら危ないだろうが。
……そういえば、こいつどうやって跳ねてるんだろう。筋肉みたいな器官もないし、ましてや腕足に該当するパーツもないし。地味に謎だ。
そんなことを考えながら、頭を撫でていると。
『GRURU……』
「……ん? エウレカの声?」
『うぃぃ?』
なんとなく聞き覚えの有る声が、ぼくの背後から聞こえていた。
振り向かず逃走したのは、言うまでもなかった。
あとそれから、
『うぃぃ……ぇぅ』
走ってる途中、エウレカが変なうめき声を上げたことを、ぼくはまだ気付いていなかった。
あなたは今重要なフラグを立てました。あとアニマルセラピーは、効く人には効くそうですよ。相手がやんちゃ盛りとかだと結構疲れますが。




