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六日目:発見



 スライムの接吻、という怖い話がある。

 スライムの体内に流れる「元素融解液」は、いってみれば彼らにとっての消化液。

 その液体を分泌してエサを溶かし、自分の体に直接取り込む食事方法をとっているのだ。

 これは、コア持ちのスライムでも変わりない。コア持ちの場合はむしろ全身ではなく口の中だけ分泌されて、普通の生き物みたいに食べるらしい。

 コア持ちは、コアの影響でその液体の性質が結構強くなっている。

 そんなスライムが、生きた動物を捕食する時に行われる、と言われているのがスライムの接吻だ。実際にそれをやった瞬間を誰も見てないらしい。

 噂話はいくらでもあるけど、本当の話なのかどうかは定かではない。

 ともかく、その接吻。

 やることは単純。

 まずコア持ちのスライムが、動物の口を覆う。

 覆った後、口の中にスライムが舌を入れて、捕食対象の舌をからめ取る。そうすることで、口の入り口をふさがれるのを防止するのだ。

 あとはその口の中に、元素融解液を流し込むだけ。

 結果は……、大変悲惨なことになると言われている。

 想像するだけで、のどが痛い。

 さて。

 そんなわけで。

 現在ぼくは、そのスライムの亜種とも言うべきマグマスライムから接吻を受けていた。

『ぅぃぃぃぃぃぃぃぃ』

「――ッ! ――ッ! ――ッ!」

 必死で抵抗しようとするけど、案外スライムの体が小さく掴みづらいのと、口に吸い付いてはなれないのとで大変だ。

 舌がからめ取られてる現在、絶叫してもし足りないほどの恐怖に駆られていた。

 まさか、まさか。知識の中でさえ、冒険者たちがスライム駆除の際に話す肝試し程度くらいの認識だったというのに。

 怖気と寒気で、もう軽く死んでしまうんじゃないかという感じがする。

 だが残念なことに、そのスライムの口から冷たい液体が――ッ!

「だー、もぅ!」

 気がつけば、ぼくの両手には魔力が集っていた。

 集めにくいとかそんなの関係なく、もはや力技だった。

 火の元素を集中させ、腕の力を増強する。

 そしてスライムの体を、そのまま引き剥がした。

『う、うぃッ』

 何がかなしくて、こんなのとディープキスしなきゃいけないんだよ。

 舌が離れると、ぼくの唾液とスライムの液体とが糸を引く。

 ……色々と、深く考えないようにしよう。

 いや、そんなことじゃなくて。

「えほっ、ゲホッ」

 液体でむせるぼく。とにかく急いで、口の中に入れられた液体を吐き出そうとした。

 のどの奥に指を入れて、げーげーしようとする。

 だけれど、スライムの流し込んだ液体は見事に喉を通過して、おなかに至ったらしい。液体の冷たさがやがて全身に伝播したかのように、ぼくの感覚は――。

「えー、これが死因って……」

 絶望感に打ちひしがれながら、ぼくはその場に倒れた。


 ……。


 …………。


 ………………。


 ……………………………………。


 ………………………………………………………………………………。


 あれ?


『うぃ?』

 ぼくの顔を、マグマスライムが覗き込んでくる。

「……何ともない?」

『うぃ』

 もちゃ、もちゃ。

 スライムが口の中を、まるで水ですすぐような感じに頬を膨らませる。

『ういぃ!』

 口からぴゅーっと放たれた液体が、ぼくの顔面を直撃する。

 ……触ってみると、全く解けていないらしい。

 それどころか、元素融解液特有のヌメヌメもない。

 これは、どういうことだろう。

 そして、ぼくは気がついた。

 さっきまで、まったくと言っていいほど力がわきあがらなかった全身に――わずかばかりでも、立ち上がる力が戻っていたことに。

 マグマスライムから共有された液体が、水分が、ぼくの頭痛を和らげ、力を失った筋肉を動かしてくれているようだ。

「これは……」

 起き上がると、マグマスライムがぼくから離れる。数ルラ(1ルラ=約1メートル)ほど離れると、こちらを振り返り、もう一度『うぃ』っと鳴いた。

「……着いて来いっていうのか?」

『うぃ!』

 まるでこちらの言ってる言葉を理解しているような反応だった。

 その場に散乱していた荷物をまとめ、ぼくは立ち上がる。スライムのもとまで行くと、『うぃ』と頷いてから、ぴょんぴょん跳ねてスライムはぼくを先行した。

 とりあえず、現在位置と方角をなんとなく確認する。

 ぼくが歩いてきた道の延長上……? いや、この言い方はおかしいか。どうもこのスライム、ぼくが最初に意識を取り戻した場所に向かっているらしい。

 そんなところに何があるのだろうか、と思いつつもぼくはついていく。

 道中は、不思議と襲われることはなかった。

『うぃ、うぃ、うぃ――』

 ぴょんぴょん跳ねる後姿は、やっぱりどこか可愛く見えた。

 時間もあまりかからず、そして気が付くと――。


 眼前には、池があった。


 例の黒い木々に覆われた一角。最初にぼくが逃げていたところとほどちかい場所に、池が存在した。一度ここを通った覚えがあるのに、こんな池ははじめてみた。

「……は?」

 思わずつぶやくぼくだったが、そんなぼくの目の前で、一つの現象が起こる。

 例の肉の地面から、間欠泉みたいに水が噴き出す。

 勢いよく飛び出る冷たい水が、頭上からぼくに降りかかる。

「……ああ、なるほど。ストーンワイズたちが言ってたのはこれか」

 確かに、こういうことなら『あるときにはある、ないときはない』と言われるだろう。

 気温も結構高めだから、蒸発する速度も早いに違いないし。

 色々と納得していると、背後からマグマスライムが突進してきた。

『うぃぃぃ!』

「いや、ちょっと待って」

 荷物が濡れないように一度持ち替えて、ぼくは正面から倒れる。顔はぎりぎり守ったけど、右肘が痛い。骨がびぃんと言う感じになった。なんというか、底が浅い。池というより巨大な水溜りみたいな感じだった。

 ぐしゃぐしゃにぬれながらも、ぼくの頭では色々と疑問に納得がいっていた。


 スライムから口移しされたものは、おそらく水だ。


 スライムの発生条件は、木々が生茂る森やら花が咲き誇る場所で水源が多くあるところ。

 とにかく水がないと、スライムは発生し得ない。それはマグマスライムでも大差ないところだ。

 もっともそうなると、この場所の木々でもスライムが発生するのかとか色々謎がつきないけど。

 それはともかく、たぶんこのスライムはここで生まれたのだろう。

 しかし、ならばなんであのスライムはぼくに水なんて分け与えたんだろ?

 そう思っていると、ぼくの周囲にマグマスライムが集ってくる。

 どうやら、ぼくを誘導した奴以外にも発生しているらしい。

『Wi?』

『Wiii?』

 あれ、何か鳴き声が違うような……?

『うぃぃぃぃ!』

 仰向けになってから上半身だけ起すと、ぼくの胸元にタックルしてくるスライムが一匹。

 鳴き声からして、さっきぼくを誘導してくれた奴だろう。

 そいつの頭(背中?)をなでながら。

「ありがとう」

 自然と、ぼくは感謝の言葉を口にしていた。



スライムの接吻は、怖い都市伝説みたいなものです。

なんにしても、ようやく生活手段が最低限安定したリンド。次に彼が探すべきは・・・?

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