六日目:接吻
※飲食時注意
限界だった。
一日だけは、なんとか耐えしのげた。
プライドも何もかなぐり捨てて、自分で出したものを飲んだりもした。
吐くかと思った。
舌が悲鳴を上げた。
全身に怖気が走り、喉が「なんてものを飲ませるんだ」と猛抗議してきた。
それでも押さえつけないと、生き残れないことくらいわかっていた。
だから、とにかく自分の肉体の文句を封殺した。
一言で片付けがたい苦痛が多くあった。
結果的にリビングデッドたちから手に入れた瓶が、一つ駄目になった。
少しの間保存すると、とても飲めたものではなかった。
臭いがさらにきつくなり、死にそうなほど酷いものだった。
味のしない地面の肉が、あれほど救いに思えることもなかった。
まさかそんなことを考えるようになるなんて、まさに予想外だった。
咽ると喉が焼けるようだった。
喉奥から噴き出す臭いが、ぼくの思考を鈍化させ、嗅覚を一時殺した。
それでも水の場所がどこかにないか、地図で行っていない場所を探して目指した。
湧き上がる吐き気を抑え、脂汗を流し、酩酊しかかっている意識の中でも、ぼくは水を探した。
ストーンワイズたちの言葉を信じて、どこかしらにあるだろう水を探した。
口の中が干上がってから、だいぶたった。
しだいに、出なくなっていった。
出したいのに、出なかった。
明らかにおかしなことだった。
その焦りが、さらにぼくの思考を鈍らせた。
少しでもたしになればと思い、焼いた短刀で指先をかすめて血をすすった。
鉄の味がした。
喉は癒えなかった。
むしろ、もっと水が欲しくなっていた。
こういう時に限って、生暖かい水で我慢できない感覚がぼくを襲った。
次第にたまる不満と肉体的な障害が、ぼくの頭に直接響いた。
結果的に水はどこにも見つけられなかった。
一体どこにあるというのだ。
それどころか、ストーンワイズたちにさえ会わなかった。
リビングデッドたちには軽く遭遇した。
ディーゼルボアに追い掛け回されてる時、彼らを身代わりにして逃げた。
運動すればするほど、ぼくの体力は削り取られていった。
その死体たちは、物を持っていなかった。
仕方なく寝た。
その場では、とても寝れなかった。
塔の下まで来て眠った。
予想通り、この場所は本当に安全地帯のようだった。
木の上よりは快適な目覚めをして、ぼくは他の陸がないか探した。
一日で全部を回るだけの体力は、もうなかった。
足から力が抜けていく。
それでも、ぼくは歩いた。
自殺を考えていたときのような、暗澹とした思考にはならなかった。
ただただ、ぼく惨めだった。
そして、そんな惨めな中で決して死にたくはなかった。
涙がわずかにこぼれた。
それでさえも流したままにせず、口に含んだ。
限界は、近かった。
ある時を境に、気が付くとぼくは一歩も動かなくなっていた。
頭痛は頭を叩き割るほど大きくはなかったけど、それでも思考が圧迫された。
倒れ伏す、自分の左手が視界にある。
やせほそった手。
白い肌の手。
黒い爪の手。
病的な何か。
かさかさの唇で何か言おうとしても、もう何もなかった。
そしてぼくは――。
※
『潮時、か?』
ぼんやりとしたぼくのめのまえに、ひとがやってきました。
そのひとは、ぼくをみおろしていました。
『否、ただ枯れかけているだけか』
まっくろなそのひとは、つまらなそうにいいました。
ぼくをもちあげると、そのひとはかるがるととびました。
『やれやれ。これでは予定の半分も満たないぞ。なにより未だ早い。我が宿願を達するためには、更に大きな波動がなくてはならない。なにせ、果実は一つなのだから』
くらいそらのうえで、そのひとは、ひかるてをぼくにかざしました。
おひさまみたいなあたたかなひかりが、ぼくのからだをつつみました。
やがてぼくは、どこかにおろされました。
しばらくすると、そのひとはかたをすくめました。
『日をまたげば、これでわずかばかり戻るだろう。あとは、アレがこれを拾うかどうかか』
そのひとは、そらをみあげました。
おこっているようなかおでした。
『忌々しい楔めが。今の己に、引き抜くだけの力があれば良いものを……』
そのひとは、ぼくをみおろしました。
そのめは、すこしあたたかなものでした。
さっきまでのかおとちがって、やさしそうなかおでした。
くろぐろとして、ぜんしんはよくみえませんでした。
でもしゃがんで、ぼくのかおをのぞきこんだとき、かみがふれました。
たぶん、おんなのひとだとおもいました。
ぼくのほほをやさしくなでて、そのひとはしっとりといいました。
『果実の子よ。だからどうか――我が嘆きを、打ち払ってくれ?』
きがつくと、ぼくはねむっていました。
※
「……ぅあ?」
うっすらと舞い戻ってきた視界の先は、逆さまの塔だった。
「……あれ?」
何か違和感を感じて起き上がろうとしたけど、力が入らなかった。
力の入らないぐったりとした身体。とりあえず立つのはやめて、そのままの姿勢でぼくは思考する。何を思考するのかと言えば――。
「……あれ、ぼくここで倒れてたっけ?」
記憶が正しければ、ぼくは水がある場所を探していた時に、そのまま倒れたはずだ。
ディーゼルボアとかが出てきておかしくないような、そんな場所で一人倒れていたのだ。
「それが、何でこんな……。まあ助かったみたいだけど」
あれ? いや、でもそんなこと、あるわけない。
まだしも、さっきの認識が夢だっていう方が現実的だ。
なんとなくバッグの中身を確認する。
相変わらず水は切れていた。
そして、やっぱり大瓶一つなく捨ててあった。
数本残っているうちの一本使用中のがあったのは、とりあえず考えないことにしよう。
「……といっても、このままだとどっちにしても死ぬだろうけどねぇ」
いや、だって。本当に全身に力が入らないのだ。
せいぜい首が回るくらいか。もともと痩せ気味だった手先とかが、より一層ひどい感じになってる気がする。
そんなことを考えていると。
『うぃぃ』
どこからか、声が聞こえた。
いや、声が聞こえたというより、声がぼくの体にひっついて、よじ登ってきた。
「え? いや、何だよ」
『うぃ?』
首だけを回して、それが何なのか確認した。
スライムだった。
顔がついていた。人間みたいな感じじゃなくて、最低限の部品だけを持った感じのものだった。マグマみたいに光る目を持った、黒々とした岩石みたいな全身を持つスライムだった。それでいて、別に体温は熱くない。むしろ生暖かいくらいだ。
ぼくの知識は、それが何なのか明確に理解していた。
「……へ? ま、マグマスライム!」
『うぃッ!』
ぼくの叫びにびっくりしたのか、マグマスライムはぼくの体から一瞬滑り落ちた。
マグマスライムは、火山の近くとかに出てくるスライムで、かなり希少なモンスターだ。普通のスライムの体液がちょっとした溶解液なのに対して、このスライムはただの濁った泥水みたいなのが体の中にある。その液体は「回帰薬」の材料に使われるとかいう伝説もあったりするんだけど、生憎とそれが事実なのか、ぼくは知らないらしい。ただそれでも、別な薬を作るのに使われたりするので、結構高値で取引されていた。
……その知識がどこからくるものなのかについては、この時のぼくは意識していなかった。
ただただ、そのスライムの挙動に目を奪われていた。
「水がないとスライムは発生しないんじゃ……?」
『うぃぃぃぃ?』
ころんと転がるスライムは、きょとんとしたような顔でこちらを見てくる。
愛嬌のある動作だ。このコミカルさや顔、泣き声を発する点……。このマグマスライム、間違いない。コア持ちだ。特別強いモンスターの体内とかにある体内鉱石、コア。一体何なのかというのはいまいちわかってなくて、人間にとっては利用方法もない。大体捨てられたり、肥料に使われるのがオチだ。
ただそれでも、これを体に持っているモンスターは普通のモンスターとは違う挙動を見せるのだ。
例えば、ただの植物? みたいに無機質なスライムであっても、こんな風に普通の動物みたいな感じの意識みたいなものがあるように。
『うぃ?』
そのスライムは、ぼくの顔を見た。
こうして正面から見ると、ちょっと太った猫みたいな感じもする。まあ猫というわりには目が大きいけど、要するに結構可愛い。
なんとなく、それを見て癒されるぼく。
と、思っていたら突然、スライムが飛び跳ねて――。
『うぃぃぃぃぃぃ……』
「……ッ!」
ぼくの口を、自分の口で覆った。
超展開につき、ようやくヒロインらしき何かが登場。
あと誰得なズキュ~ン!




