三日目:脱水
逆さまの塔。
どうも、ここの付近は安全地帯らしい。
例えば移動中に発見した森の気の上で昼寝をしたときも、どこかで『GRYRY』みたいな声が聞こえたり、何かが疾走するような音が聞こえたり、実際にディーゼルボア本体が眼下で突っ走ってたのを目撃したり、あるいは地震が起こったりということが断続的にあったのだけれど。
塔の真下は、そのいずれも起こりえない。
流石にここで寝るとかは試してないけど、それでも、長時間ごろごろしていても何一つ問題が起こらなかった。まあ時間を測る道具がないから、長時間っていうのもぼくの体感でしかないのだけれど。
「何なんだろ、あの塔は……」
天上を見上げても、光り輝く塔について何かわかるわけでもない。
ただとりあえず、緊急避難場所として使えるかもしれないと思った。
「……まぁいいや。えっと、じゃあ――――」
とりあえずぼくは、さっき発見したリビングデッドから見つかった魔編紙を一枚取り出した。この紙は、パピルスとかとは違ってインクを必要としない紙のはず。原価とかは圧倒的に安かったような気がする。そのかわり、魔力を使って文字を書いたりするというのが非常に面倒だし疲れるから、あんまり人気のない物体でもあったような……。まあ、いつもの通り覚えている知識の中にあったもので良かったといえるかもしれない。
指先に魔力を集める。
「……ん? 上手く集らないなぁ」
指先を見てみる。そういえばぼくの指先、爪が潰れている様な黒々としたものなのだけれど、一体どうしたというのだろうか。何か事故にでも遭ったのかな? 昔。
まあそれは置いておこう。それはともかく、なんとなく違和感がある。もともとのぼくの職業が魔法使いだったのかそうでないのかとか、そこの話じゃない。
魔力を自分の内側から集めるというのは、感覚的に言えば自分の中の熱を外に逃がす、みたいなものなのだ。
だというのに、まるでその熱に何か別なものがくっついてるかのように、体の外に出力されない。
いや、くっついてるかのように、というよりも。
「そもそも魔力を循環させる部分自体に何か封印術でも掛けられてるような――ッ!」
頭。
内側。
ひび割れそう。
痛い。痛い。痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――――。
額から、まるで頭頂部に向けて釘でも刺されて割るかのような、強い痛みが走った。
唐突な頭痛に、思わず蹲った。
「――――――――――――――――ッ!」
声にならない悲鳴を上げているのが、この安全地帯だったというのは幸いかもしれない。
あんまりにも突然な激痛は、たやすくぼくの意識を刈り取ろうとしていた。それでも意識を失わなかったのは、果たしてどんな理由だろうか。
ただとにかく、ぼくはその場でじたばた暴れるだけで済んだ。
数十秒くらい経って、ようやくぼくの感覚は普通に戻り始めた。
息が続かない。絶え絶えという風でさえある。
ぜぃはぁと、肩を揺らす。
まだ引いていない頭の痛み。
前に頭痛を起した時、ぼくはどうやって対処したっけ。
「いぃ……、ひぃ……」
口がまともに動かない。
水って言いたかったんだけど、どうもそっちに回す体力はないようだった。
ただ、そのお陰かは知らないけどバックから水筒を取り出すくらいの体力は残っていたようだ。
ぐびぐびと何口か含んで、蓋を閉めた。
口の中を潤すように満たす。
満たしたそれを、少しかき回す。
多少口内の感覚が戻った後に飲み込んだ。
「…………まだ痛いや」
それでも、多少は収まった。
いや、それは良かったのだけれど、一体何なんだろう、これは。
もう一度、ぼくは魔力を指先に集中させる。やはり出力するのが難しい。出来ないわけじゃないんだけれど、まるで何か制限を受けているように感じられ――。
「……やめよう」
一瞬、また脳天まで痛みが走りかけたので、ぼくは潔くこの思考を一旦置き去りにした。
「何か頭痛がするのに、ルールでもあるのかな……?」
でもとりあえず、このことを追求するのは後日にしよう。いつまでたっても何も描けやしない。
起き上がって、散乱している紙を取った。そこに、魔力を集中させた右手の指で線を描く。その一本一本が印されるたび、なんとなくぼくの体を倦怠感が襲う。でもまぁここが安全地帯だろうということと、情報は早めにまとめておいた方がいい気がする。
要するに、ぼくは地図を描いてるのだ。
あまり詳細なのを書けるわけじゃないのだけど、それでも何か書いておくべきだろう。
紙も何枚かあるけれどそんなに多いわけじゃないので、サイズを小さめにして描画する。
形状は、左手の握りこぶしみたいなのを三つ繋げ合わせた変な形、といえばいいだろうか。
なんとなく、凸型みたいな感じになっている。
その拳サイズのところの一つにマグマの滝があったりする。ぼくが最初に目覚めたらしい場所は、そことは反対側の方向だった。
そして、三つのうちの一つの中心部あたりに、ここの安全地帯。
んー、言葉だけだと説明は上手く説明できないなぁ……。
「って、別に誰かに話すわけじゃないのだけど」
独り言が多くなりすぎて、自分でも何言ってるか時々わからなくなりそうだった。
それはともかく、さて、次の問題。
「方位磁石ないんだよなぁ……」
結局、書いてはみたものの一番最大の問題が残っていた。
ざっくりとでも地形が把握できれば、探索がよりしやすくなるかと思ったのだけど、考えてみればそもそも、その方向性を確実にするための方位磁石がないとなると、そもそも前提条件からして駄目駄目だった。
「金属の針でもあれば、雷属性の魔法か何かでいけたと思うんだけどなぁ……。ん? あれ。魔法?」
今、ぼく、ものすごく自然体で「魔法が使える前提」の言葉を口走ってなかった?
やっぱり、もともと魔法か何かに関わる職業だったのだろうか。
ただ、その先の思考を進めるのは、やっぱり躊躇われた。
一日にそう何度も、激痛を味わうような趣味はない。
「……まあいいや。そのうち何か、代用品が作れそうな時は作るようにしよう」
やることもなくなったので、ふと、ぼくは道具を一度確認することにした。
「……やっぱりこれ、謎だよなぁ」
金色の四角形の物体を指で遊ばせつつ、ぼくは疑問について考える。
とりあえず振ってみた。すると中で「ぽちゃぽちゃ」する音が鳴っていた。ということは、何か中で燃えるためのものがるということか……? 魔灯のように、元素だけを集めて火を起すものじゃなくて、蝋燭みたいに何かを燃やす道具だと見ていいかもしれない。
「それでも、火の出力は一定と」
息を吹きかえれば、それこそ蝋燭のように消えてしまう。
しかし、再度同じ操作をすれば点火される。
使い勝手は、そこそこ良さそうだった。
「……あ、とりあえず焼いておこ」
そういえば、移植ごてを綺麗にするのを忘れていた。水がないので洗うことは難しいのだけれど、それでも最低、火くらい通しておかないとまずいだろう。たとえ食材に罪はなくとも、腹が下るのはぼく一人だけで、それだけ生存率も下がっていくに違いない。とりあえず死なないためにも、自衛はしておくべきだ。
そんなことを考えつつ加熱していたからか、熱された先端部分に腕の肌のところが触れてしまった。
「熱ッ!」
思わず移植ごてを飛ばしてしまった。
火の出る道具を蓋して、思わず水筒を取り出す。
「水ぶくれ確定だろうなぁ……」
震える手で押さえながら、キャップをあけて、ぼくは少しだけ水を腕にかけようと――。
「……へ?」
数滴。
わずかに、数滴ほどが、ぼくの肘を申し訳なさそうに伝った。
水が、おそらく二日くらいで切れた。
見通しの甘かった自分を呪いたかったけど、もはやそれどころではないようだった。
ルールがあるということは、何某か作為があるということ。
現時点で反映はほとんどないですが今後のプロット、鬱展開度を少し上昇させました。




