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凶弾戦団  作者: イカロス
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第四話 目醒めの刻

セシルは緊張していた。自分もセラフィム達と共に戦いたいという夢を常に持っていた彼だったが、それは異能者として共に戦うという事。だが今の自分では吸血鬼を殺すどころか、まともに戦えるかすらもわからないというのが現状。

目の前には1体の吸血鬼。周辺は開けた土地になっているため、他に吸血鬼の仲間が居ないというのが確認出来ることがせめてもの救い。


「とりあえず様子を見て…!?」


セシルの行動には一切構わず吸血鬼はセシルとの距離を詰める。死ぬ可能性が少しでもある戦いは初経験のセシル。何をする事が正解なのかわからず、ただ焦っていた。


「落ち着け…落ち着け…まずは避けて様子を見るんだ!」


吸血鬼はセシルの手前で止まり、しゃがんだ。予想外の行動にさらに焦るセシルだが、吸血鬼は構わず足払いを放つ。それをセシルは飛んで避けてみせた。しかし、吸血鬼はそれを狙っていた。「飛ぶ」という事は着地までに大きな隙が出来るという事。吸血鬼は隙だらけのセシルの胸ぐらを左手で掴み、右手で何度もセシルの腹を殴る。


「ごぼっ…かはっ…は、反撃…どうにかぐぼっ…」


この時点でセシルの意識は朦朧としていた。

吸血鬼はセシルが気絶したと勘違いし、血を吸う為の動作に入る。


(このまま死ねばこの痛みから解放されるのか…?いや!ダメだまだ…まだ!)


閉じていたセシルの目が開いた事に驚く吸血鬼。その隙をセシルは見逃さない。


「がああああああああっっ!!」


苦し紛れのパンチは吸血鬼を怯ませるには十分な威力。ここで退くか、攻めるか。セシルは迷わず攻める事を選んだ。

(逃げたって何も始まらない!セラフィムさんが教えてくれた事だ!)




吸血鬼が世界に現れた「その日」セシルとその家族はゴルド大陸の南東部に居た。

彼と家族はとても仲が良かった。生まれた時から愛され、思春期の少年が迎える反抗期らしき事が訪れる兆候もなくセシルは16歳まで育った。

セシル達が住んでいたのはメルカ大陸。この時は偶々旅行でゴルド大陸へ来ていた。

食事を楽しむ三人家族は理想的な家族の典型的な例の様で、幸せの塊だった。だがその幸せも世界レベルの絶望には簡単に塗り潰されてしまう。

吸血鬼が最初に現れたのは何の因果か、ゴルド大陸だった。

街は、人は、次々に絶望に染められて行く。

何処へ逃げればいいのか? 救いはあるのか?

わからない。誰にもわからなかった。


吸血鬼を前にしてセシルの母は言う。


「私達は幸せになりすぎた…これは私達への天からの試練なのだわ…セシル…あなただけでも逃げ」


父は言った。


「ここはもうダメだ…母さんももう…海底トンネルだ。アレを使って他の大陸に逃げるぞセシル!」


父とセシルは駆け出した。涙が止まらなかった。今までの夢の様な日々は本当に夢だったのか、これが現実なのか? 別れたくない一心でセシルは振り返る。見てはいけない現実。それでも見られずにはいられなかった。

そこには血を吸われ尽くした母が…居なかった。見えたのは母の血を吸った吸血鬼と…体が吸血鬼に変わりつつある母の姿。耐えられなかった。重すぎる現実が次々とセシルの足枷となり、セシルは転倒した。

セシルが転んだ事に気づかず走る父。


「父さん…待って…置いていかないでくれよ…父さ…何で…何でだよ父さん!!」


父は上から降ってきた吸血鬼に襲われ、吸血鬼と化した。振り返ると母だった吸血鬼が少しづつ、少しづつ自分を襲う為に近づいてきている。


震える体を抑えてセシルは走り出す。追ってくる吸血鬼は次第に増えつつあった。もうどの吸血鬼が父だったのか、母だったのかなんてわかる筈が無い。幸せな三人家族も理性が失われては全て砕け散る。

母に殺されるのか?父に殺されるのか?そんな事も最初は考えていたが、走っている内に全て忘れていた。

セシルは走った。紅い炎が舞う街を、屍に彩られた道を。


世界技術の発展途上段階で作られた海底トンネル。全ての大陸を繋ぐトンネルは世界を繋ぐライフラインとして利用されている。だが、それも今は吸血鬼の通り道になろうとしていた。

セシルは海底トンネルの入り口に辿り着いた。ここを越えればメルカ大陸。それでも人間が歩いて行ける距離では無い。普通の人間ならここで諦めるのだろう。ここまで辿り着いたのだ、もう休んでもいいのではないかと。

だが、セシルは何も考えず、歩き続ける。追ってくる吸血鬼は他に獲物を見つけたのだろうか、一匹も居なくなっていた。それにも気づかずセシルは歩いた。倒れるまで歩き続けた。



「このセシルって子の記憶、ちょっとだけ弄らせてもらったわ。狂ってる様な精神力を持った子じゃなかったらこれから生きていけないもの…」


原初の異能者と呼ばれる彼女ー京香はいくつかの能力を一つの体に有している。その一つが記憶の閲覧、操作。だがこの力には副作用がある。


「ですが京香さん…その能力はあなたの…短過ぎる寿命を更に縮めてしまうんですよ!」


「この体にしたのはお前達科学者。お前達にどうこう言われる筋合いは無い。私の寿命だ。私の好きに使わせろ。どうせその子も異能者の実験に使うんだろう?このままこの子が異能者になってもただの戦闘機械になってしまうだろう。そんなの悲し過ぎる…だから私はこの子の記憶の中に英雄という名の希望を作らせてもらった。それは君だ、セラフィム君。君にはセシル君の希望になってもらいたいんだ。」


「俺ですか!?俺なんかにそんな役が…」


「君は強い。セシル君の過去の辛い記憶はキツ過ぎず、緩過ぎない程度に弄ってある。そこで君が彼をかっこ良く助けたという設定だ。彼は君を慕うだろう、君に憧れるだろう。それに応えられる男になれ。それぐらいの課題を与えないと次期総司令は君には荷が重すぎる。まあ、幸いセシル君はいつ目覚めるかわからない。それまで迷って迷って、自分なりの希望像を見つけるんだな。頑張れよぉ少年!あとステラをよろしく頼むぞ!」


京香とセラフィムが話したのはこれが最後。寿命は本当に短かったのだ。

そこからは京香の考えた通りに事は進んだ。セシルは異能を体に秘めた状態で目覚めた。彼はセラフィムやステラを慕い、親は異能者で、人類の為に戦い壮絶な死を遂げたという偽りの過去を信じ、セラフィム達と共に戦うという夢の為に、体を鍛え、異能を使う為に努力している。いつか、戦いが終わった時にセシルに全ての過去を明かそうと考えるセラフィム。彼もまた、人類の為に戦う者。異能者の芽が一つでも減る事を恐れていたのだ。







怯む吸血鬼の懐に入り、そのままセシルはラッシュを放つ。

何度も、何度も吸血鬼に拳を叩き込む。生身の拳で殴るという事は拳に少しづつダメージが蓄積されるという事。セシルの拳は限界が近い。


「この一撃に賭ける!ブッ飛べぇぇぇ!!」


渾身の一撃。力を込めて放つアッパーは吸血鬼の顎に直撃した。異能以外では死なない吸血鬼にもこれは効いた様で、吸血鬼はその場で卒倒した。


「勝ったのか…?」


これ以上殴れば拳が壊れてしまうのではないか、というほどにセシルは殴った。鍛えた体を持つセシルは拳が壊れるほどではないものの、やはり限界が近かった。

後は異能者達が来てこの場の処理を待つのみ、そう思っていた。


「ベキッ」


何かが砕けたか、折れた音。何の音か、気になってセシルは後ろを振り向くがすぐに後悔した。

振り向いた先では吸血鬼が逃げ遅れたのであろう男の首を折って殺していた。一匹の吸血鬼と戦う事に集中し過ぎていたセシルは他に吸血鬼が侵入していた事に気がつけなかった。今にも吸血鬼は男の血を吸おうとしている。セシルの本能が告げる、これを止めなければ、奴を殺さなければ…セシルの改竄された記憶は全て消えた訳で無く、心の奥底に残っていたのかもしれない。

父母が殺され、吸血鬼になった様に、この男もそうなってしまうのか。セシルに確かな記憶は無い。だが、それは引き金となり、セシルのこれからの運命を大きく変えるきっかけとなる。


一心不乱に駆け出すセシル。その両腕は電気を纏っていた。これがセシルの異能。セシルは自分が異能に目醒めたことに気づかず、目の前の殺すべき敵の元へ走る。


「ダメだ…それだけはダメだ!うあああぁぁぁあ!!」


セシルの存在に気づいた吸血鬼は咄嗟に腕で防御するが、その腕ごとセシルの電撃を纏う拳は吸血鬼の体を貫いた。


「ガぁるルるるルルルぁぁァあァ!!」


喋らないと思われていた吸血鬼が唸り声を上げた。が、構わずセシルは拳を吸血鬼の顔面に叩き込む。拳は吸血鬼の頭を砕き、その生命活動を停止させるまでに至った。

戦いは終わったのか?否。更に侵入してくる吸血鬼。だがもうセシルは限界、体がいうことを聞いてくれなかった。

死を覚悟したーその時、高速の影がセシルの横を通り抜け、吸血鬼の群れを引き裂いた。


「ス、スローネさん!!」


「セシル、よく耐え抜いた。後は俺たちに任せてくれ!初めて異能を使った後は皆そんな感じだから大丈夫だ!ベテランの戦いを見てろ!」


セシルがいつも見ていた異能者の背中、それはいつもの何倍も頼もしく見えた。これが異能者の戦い。もっと見ていたいと思うセシルだったが、突然の異能の目醒め、使用から来る疲労はあまりにも大きく、セシルは気絶してしまった。



To be continued…

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