第三話 暗躍者の影
「やあやあ吸血鬼の皆様こんばんは!今回は私の美少女捕獲記念パーティにご参加いただきありがとうございまーす!ルーニとかいう街を取られちゃったみたいだけどそんな事気にするな!今日は美味いものとか色々用意したから皆楽しんでくれ!まずは余興として、この方に芸を披露していただきましょーう!」
壮大な演出と共に現れたのは銀髪の小柄な少女と5体の人形。少女の指から出る青い線と繋がった五体の人形は各々が別々の動きをしている。
「皆様こんばんはー。こういった舞台に上がるのは初めてでありましてー…とりあえず自己紹介を。私シュルトと申します。ご存知の方も多いと思われますが、私の特技を使いまして、今回はリアル人形劇を皆様にお見せしたいと思います!」
「FOOOOOOO!!!」「期待してるぞー!」「シュルトちゃんかわいいよ!!」
大きな拍手で迎えられたシュルトは早速準備に取り掛かる。
「ではではリアル人形劇、始まりでーす!」
◇
沈んだ表情のままウインダムは司令室に入ってきた。
「早かったな。もう少し掛かるかと思ってた。話ってのは…まあわかってるだろうが、メルカの事だ」
「セラフィムだけかと思ったらステラまで居るのか…こりゃ何を言われるんだか」
「私はただの傍聴人。居ないと思ってくれて構わないよ」
「というわけで、何から話せばいいんだろうなー…説教するなんて事はない。同い年の俺がお前に説教なんて言語道断。励ましの言葉を言わせてくれ」
そう言ってセラフィムは一枚の写真を取り出した。
◇
リアル人形劇がとても良かったのか、アンコールを受けたシュルトは人形ダンスショーを見せる事になった。
全ての人形が別々の踊りを踊っているにも関わらず何故か統一性のある5体の人形。激しく、美しく、時にはユーモア溢れるダンスを踊る人形に観客は魅了された。
「いえーい!ありがとうございましたぁ!皆さんパーティを楽しんでくださいね!シュルトでした!」
大きな拍手と歓声はパーティの始まりとは思えないほどに盛り上がりを見せている証拠。だがこのパーティが開かれた理由はまだ登場してすらいない。
そこに舞台袖からミシェルが華やかな衣装で登場した。会場も良い感じに盛り上がってきた様だ。
「いやーシュルトちゃん面白いショーをありがとう!まだ幼い彼女を襲うのは私のポリシーに反するから、もう少し育ったら私の夜のパートナーになってもらおう!ってそんな事はどうでもよくて…今回のパーティの開かれた根本的な理由に登場していただこう!皆様拍手はせずにお迎えください!」
会場を流れるBGMが止まり、次第に話し声も無くなり始め、会場は静まり返った。
ステージの床がゆっくりと開いた。下からゆっくりと、無駄に金の掛かった演出と共に現れたのは
「今回のパーティの主役、メルカちゃんでーす!」
メルカは手足を拘束され、その表情は絶望に包まれて…
「メルカちゃんを拘束したのは誰だ?」
ミシェルは笑顔で言った。唯の笑顔ではなく、怒りに満ちた笑顔で。
リリーディは恐怖に震える手を上げ、
「わ、私ですミシェル様。抵抗するのでい」
「この娘はもう吸血鬼、人間じゃない。私たちと同類。それにお前…こんな美少女を拘束とかお前…死にたいの?」
ぬいぐるみの腕を引きちぎるかのようにミシェルはリリーディの両腕を引きちぎり、蹴りで腹に穴を開けてみせた。
「ああぁあぁあぁぁぁあ!!いたいぃいぃいいいいいぃ!!ミシェル様!すいません!申し訳ございませんでしたぁあぁあ…」
泣き叫び跪くリリーディ。その光景を見て、普通なら「酷い…」とか思うのだろう。だがこの会場に居る者たちは笑っていた。正確には笑いを堪えていた。
「パーティが台無しだな…とりあえず掃除するぞ!パーティの再開はそれからだ!」
3
その写真に写っていたのはウインダム隊のメンバー全員…ではない。メルカはその写真に写っていなかった。
「ウインダム隊の皆はフレンドリーだからなぁ…メルカともすぐに打ち解けてくれた。
俺がお前の隊にメルカを入れた選択が合ってたかそうでないかなんて誰にもわからん。だから、お前は色々背負い過ぎるな。これは皆で背負うべき十字架だ。お前だけが気負い過ぎるな。それだけだ」
「……わかった。少し気が楽になったよ。ありがとな」
セラフィムは本当に言いたい事があったのだが、あえて言わなかった。そしてウインダムは少し明るくなった顔で司令室を出て行った。
「リーダーは冷酷であるべきか、そうでないか。私にはわからないよ。私の隊は一人一人がリーダー。戦う事しか能の無い集団だからな…」
「ステラまで悩む必要はない。今は怪我を治す事に専念してくれ。悩むのは俺の仕事だ」
「ほどほどに頑張れよ。お前が必要とするなら私はいつでもお前の助けになってやる。昔お前が私を助けてくれたようにな…」
普段笑わないステラが珍しく笑顔を見せた。
「そろそろ冬が近いっていうのにあの二人はアツアツだねぇ…」
傍聴人は他にも居たらしい。
◇
拘束を解かれてもメルカは動かなかった。死んでいるわけではない。生きている。生きていると言っても「人間として」ではなく「吸血鬼として」だ。
「何だか興ざめだな…もういい!パーティは終わり!料理とか各自持ってっていいから全部片付けといて!じゃあ私たちは移動しようか、メルカちゃん♪」
立ち上がろうとしないメルカをミシェルはお姫様抱っこで連れて行こうとした。これにはメルカも驚いた様で、顔を赤くしながら
「じ、自分で…歩けます…」
「そう♪私はこのままでもいいんだけどな〜」
メルカの視点から見てみればちょっと異常に女の子が好きなだけの女の子。これが吸血鬼の王とは知らない人間が見れば嘘だろうと思うに違いない。だがこの女は…何千人もの血を吸い、眷族を増やし続けた悪の権化のような女…なのだろう。メルカは思う。今なら…私に背を向けて油断している今なら、殺れるかもしれないと。
異能者は吸血鬼になっても異能を使える。メルカは気づかれない様に力を溜め…
「そんな貧弱な力で私を殺せると思ってるのかな?残念だ…私たちと過ごすのはそんなに嫌か…大丈夫だ!吸血鬼達との生活も悪くないぞ!何か不安でもあるのか?」
「違う。私…自分が嫌なの…敵であるはずの吸血鬼。なのに今私はその吸血鬼になっている。それが嫌で…死にたいくらいで…」
「じゃあ死ねばいい。何故今まで死ななかった?チャンスはたくさんあったし、自分の異能で自殺すればそれで済む話じゃないか?」
「し、死ぬのが怖かったから…」
「はぁっ…人間は強情な生き物だよ〜。大丈夫、安心しなさい迷える子羊よ。あなたはちゃーんと私が私好みに調教してあげるから♪」
その笑顔は今まで見てきたどんな笑顔よりも恐ろしい笑顔。ここでメルカは自殺しておけばよかったのか、そうでないのか、もう一生わかることはない。
◇
セシルは今日も一日を無駄にした。異能の使い方を模索したり、近所の子供たちと遊んであげていたら時刻は既に5時過ぎ。空は暗くなり始めていた。
「もう秋から冬になる時期だなー…このまま異能が使えなかったら俺も就職しないとー…ん?」
いつもと変わらない風景…とは何かが違った。何か違うのはわかっているが何が違うのかわからない。
「…まあいいか」
気にせず歩き出すセシル。
その時、目の前に現れたのは真っ黒な体と顔の模様、知っている。この容姿と合致する生物など一種類しか居ない。
「…何でここに吸血鬼が…!?ヤバイ!皆!吸血鬼が現れたとりあえず逃げろ!!」
当然、周辺はパニックに陥る。
風景の異変。それは防護結界がほんの一部だけ解かれていた事だったのだ。
「セシル!お前も逃げろよ!」
「セラフィムさん達に連絡してくれ…急いでここに来てくれってな。それまでこいつは俺に任せな!」
「お前異能が使えるように…セラフィムさん達を呼ぶって事はまだ使えないのか。でも…いや、言っても無駄か。…死ぬなよ」
「わかってるさ」
◇
「電話ダヨー!電話ダヨー!」
「何だこの着信音は?お前の趣味か?まあいいか。速く出てやれ。緊急の連絡みたいだぞ」
「もしもーし?セラフィムだが」
「セラフィムさんですか!?街に吸血鬼が現れたんです!結界が解かれてるみたいで…今セシルが戦ってて…」
「…状況はだいたい理解した。今は落ち着いて避難してくれ。おいスローネそこに居るんだろ!結界が欠けてる所があるからそこに向かって全力疾走。今戦ってるセシルの救出と結界を元の状態に戻してきてくれ。」
話を盗み聞きしていたスローネが司令室に入って来た。
「バレてたのかよ…まあいい。どっちが優先だ?」
「セシルの救出だ。結界の装置は後でバッツとルカに持っていかせる。とっとと行け!盗み聞きした罰だ!」
ステラ、セラフィム、スローネの三人はこれを聞いて一つの事実を確信する。防護結界の解除が可能なのは内部から、それも許可された人員のみが行える行動。つまり、外だけではなく中にも敵が居るという事。
「現状を回避してもいつ何が起きるかわからない…潜む敵をどうにかして見つけす必要がある…」
To be continued…