第二話 犠牲の上 -ルーニ制圧戦②-
その速さは人間を超越した速さ。走っている本人がその速さを完璧にコントロールできないほどである。だが、それで十分だった。
スローネが扱う武器は二本の短刀。青く輝くその刀はスローネが扱う事で禍々しい漆黒へと変化する。
スローネは向かって来る吸血鬼に対してただ走る。走り抜ける。その時には既に終わっていた。4体の吸血鬼は全身から黒い血を吹き出し、弾け飛んだ。
「何が起きた!?速すぎる…あの男速すぎる!」
「ウインダム隊はスローネ隊と合流!スローネ隊は俺らに合わせて少しは速さを抑えてくれよ!」
「仲間が増えただと!?せめて美少女の一人でも連れて帰らないとミシェル様に怒られるな…増えた仲間の中にミシェル様好みの娘は…」
リリーディは音も無く夜の闇に消えた。
余裕を持って戦っている者が多い中、まだ戦い慣れていない新人隊員メルカは吸血鬼2体を相手にするので手一杯だった。その時、音も無くその男は現れた。
「メルカァ!後ろ!避けろぉぉぉぉ!」
新人を気にかけてはいたが、離れて戦っていたウインダムには叫ぶ事しか出来ない。リリーディへ向けてスローネは急加速、バッツも苦し紛れに銃を撃つ。
バッツの銃弾がリリーディの頭を貫いた時、リリーディの拳はメルカの腹を貫いていた。
「メルカ!メルカァァァァ!!」
「ただの銃弾が効くと思ってるのかぁ?この女はミシェル様への献上品として貰っていくぞ!」
リリーディはメルカの首筋に噛み付いた。吸血鬼は吸血する事で新たな眷族を作り出す事が可能だ。
血が、吸われる。メルカは朦朧とする意識の中、蚊の鳴くような声でただ、ただ助けを求め続けた。
「隊長…わたし…わたしの…」
言葉はそこで途切れた。メルカの身体は魂が抜けたようにぐったりとして、目からは光が失われた。
スローネとリリーディの距離は約5m。それがどれだけ危機的状況かという事を理解した時にはリリーディは…まったくの無傷。
スローネの走りは投げつけられた石によって既に止められていた。
「よくやったリリーディ!私を走って帰らそうとした事はチャラにしてやる。帰るぞ!」
「了解ですミシェル様!」
ミシェル、リリーディ、メルカは夜の闇に消えた。
突然過ぎる出来事に誰もが呆然としていた。だが状況は動き続けている。ミシェルの投げた石はスローネの頭にHitしていた。スローネは頭から血を流して気絶している。
襲われる事を見越して既にバッツがスローネの護衛に回っていた。残った吸血鬼は雑魚が数体。
「ほぼ状況終了だな…殺せ」
「状況終了。負傷者には手を貸すなりしてやれ。ステラ隊と合流する」
ウインダムは心ここにあらず、という状態だった。異能者は決して多いとは言えない。冷酷な軍人ならば、ここで人類の利益だとか、そういった事を悔やむのだろう。だが、ウインダムは違った。まだ隊長になって日が浅いウインダムは自分の実力不足がこの結果を招いてしまったと思い、それを悔やんでいた。
「過ぎた事を悔やんでも仕方ない。俺も、セラフィムも、ユーキも、まあステラはどうか知らねえけど…皆隊の仲間を失った経験がある。けど、その度に沈んでたら殺れる物も殺れなくなる。心を鬼にしろとは言わない。殺す強さだけじゃなく守る強さも身につけろ。それが隊長の役目だ」
「かっこいい事言ってくれるな。守る強さ…わからねえ…」
「次の戦いまでに考えとけ。突き抜けた強さを持ってるならお前はステラ隊に居るはずだ。隊長に選ばれたって事はなんかこう…お前にも素質みたいなのがあるんだろ。おっと…噂をすればなんとやら…ステラ隊とユーキ隊が居る。合流するぞ」
◇
「えーっとまずは…皆お疲れ様!ユーキの報告によると既に敵の気配はもう無いとのこと。というわけで今回の作戦を終了する。後は街全体を結界で囲って終わりだ。ウインダムは話があるので本部に戻ったら司令室に来ること。以上!ステラとスローネは負傷してるからー…アギとバッツ!仕事だ!」
「何で俺が…」
「へーい…了解でーす…」
こうしてルーニでの戦いは終わった。勝利を喜ぶ者、自分の不甲斐なさを悔やむ者、敗北の味を知った者、そしてーまだ戦ってすらいない者。
「異能なんてどうやったら使えんだ!クソッ!俺だってセラフィムさんやステラさんみたいに…強さが欲しい…俺にも異能が!」
To be continued