浴衣男子
さっきから落ち着かない。
周りの目が自分を見ている。
自意識過剰だって?
いやいや、二度見どころか五度見くらいされてるんだけど…。
通る人通る人必ず俺の方を向く。
そわそわして落ち着けないじゃないか。
仕方なく手持ち無沙汰に携帯を開く。
時間を見ると夕方5時40分。
なんだよ、遅刻か。
人にこんな格好させて、それはあんまりだろ。
やっぱ普通に私服で来るべきだったか。
「花火大会に行きましょう」
そう彼女に誘われたのは昨日だった。
「はぁ、花火?」
「ここから電車ですぐの場所ですし、夕方に待ち合わせしたらちょうどいいですねっ」
最初から俺の返事など気にしてないのはいつものことだが。
「じゃあ帰ったら浴衣を出しとかなきゃ」
「へぇ、浴衣持ってるんだ」
「お母さんのでしたから、少し古いですけどね」
そのあとに何気なく言った言葉に後悔した。
急に目を輝かしだした彼女が身を乗り出してきたからである。
携帯の時間が5時45分を示した時、手元に影が落ちた。
「ごめんなさい、遅れました」
顔を上げると浴衣姿の彼女だった。
古いと言っていたが、その落ち着いた雰囲気は彼女にとても似合っていた。
「あの、やはり変ですか?」
黙って見ていたことに不満だったようだ。
行く前から機嫌を損なわれては困る。
「あ、いや。すごく似合っててビックリして。可愛いよ」
「そんな慌てて言われても、嬉しさ半減です」
ぷいっと後ろを向かれてしまった。
ああ、まったく。
思わず苦笑が漏れる。
「そちらこそ、よくお似合いですよ」
「そうか? みんなに見られて落ち着かないんだけど」
改めて自分の格好を見る。
初めて着てみた浴衣だ。
俺ん家にも浴衣あったな、と言ったら是非着て下さいと言われたのだ。
嫌々だが、少し興味を持って着て来たのだが、
「自覚してください、似合い過ぎて普段より3割増しにかっこよく見えるんです」
口の悪い彼女にそう言われて嫌なわけない。
やっぱ着て来てよかった。
「じゃあ行くか」
浴衣の二人はそっと手をつなぐ。