序章
首都ヴェンベールの東にある街が一望できる高台の草原を背に寝転がり昼寝をしているのはルミネス・アルジャンテ。
そこから見える街で一番高い建物が政府ビル。その隣に拠点を設けているギルドがクリムゾンである。
ここで昼寝をする事が日課になっていたルミネスはつい、気持ちよくなって深い眠りについていた。その為、端末の呼び出し音に全く気付かない。
そんな彼に近づく足音。頭の上で止まると手が顔にゆっくりと近づいてくる。彼に気付かれないように伸ばすその手はおそらく、女の手。
そして、その手は─鼻を捕らえた。
息苦しくなって目を覚ますルミネスは飛び起きる。息を荒げて、咽ながら後ろ見る。そこには一月くらい海岸で寝ていたのかと思わせるくらいの黒い肌に金髪の長い髪の女が居た。
「カレン」
「端末なってるよー」
思い出したかのようにポケットから端末を荒々しく取り出す。画面に表示されていたのは上司のアルフレッドの名。
画面に触れるとマルチディスプレイが飛び出し、テレビ電話機能が起動する。左の画面には相手の名前が表示され、真ん中には白髪で目つきの鋭いアルフレッドの顔が映し出される。右の画面には何も映っていない。
「ルミネス!出るのが遅い!ん?また昼寝か?」
「え?あ、いや。すいません」
「まぁいい。それよりもバルバトス議員がお呼びだ。すぐに向かってくれ」
「はい。了解です」
逃げるように通信を切ると端末を仕舞う。傍らにあった剣を二本手に取ると立ち上がって大きな欠伸をして、それぞれを腰と背に装備する。
「何でここに居んだ?」
「ちょっとねー」
「そっか。じゃあ俺行くわ」
「うん。頑張ってねー」
「おう」
ルミネスは電光石火でその場から一瞬にして身を消した。
彼が向かったのは街の中心に位置する政府ビル。ビルの外壁は1階から最上階の40階まで全面がガラス張りとなっている。最上階の上に展望台が設置されており、展望台のみ一般人の入館が許されている。外壁が一面ガラス張りになっているのは、街の様子が常に窺えるためだと言われている。
政府ビルという事もあって外にいる警備員はかなりの数。10人は優に超えている。ビルの前に愛車のオレンジ色のバイクを停めるとビルを見上げる。つい一週間前にも来たばかりだが、いつ来てもここに入るのは緊張する。
バイクを降りるとビル内へ入る。一階のロビーは白を基調とした色になっており、天井は10mも上にある。ゲートの前に立つ警備ギルド、ホワイトジャベリンのギルド員たちは右手を直角に曲げて拳を胸の中心に置き、ルミネスに向けて敬礼する。金髪の一人の少年がルミネスの武器を回収する。
端末をかざしてゲートを抜けると正面に横並びにある5つのエレベータの内、真ん中に乗り込む。エレベータはガラス張りになっており、外の景色やビル内を見ながら上階へ上がって行く。
25階でエレベータを降りるとやはり白を基調とした壁で、ビルを回るように作られた通路を足早に歩いてバルバトスの執務室を目指す。
「先生。ルミネスです」
いつものようにノックをして返事を待つ。いつもならすぐに秘書の声が返ってくるはずだが、今日に限ってそれがない。再度、扉を叩くが何の反応もない。異変を感じたルミネスは失礼を承知で扉をゆっくり開く。片足を踏み込むと観葉植物や、バルバトスの好きな観賞魚の水槽が倒されており、明らかに荒らされた痕跡がある。その中に血を流した秘書の姿があった。すぐに駆け寄るがすでに息はない。彼女の両目を掌で覆うと目を閉じさせ、部屋を見回して肝心のバルバトスを探す。
部屋の奥からした物音がする。それに誘われるように奥に慎重に進むと執務机の向こう側を覗き込む。するとそこには瀕死状態のバルバトスがいた。
「先生!一体誰が?」
バルバトスの首の後ろに片腕を回して上半身を起こすルミネス。
「ルミ、ネ、ス。逃げ、ろ」
そう言って血塗れになった一枚のデータディスクを渡すと息を引き取った。
「先生!先生!」
「貴様!何をしている!」
部屋の外を通りかかった警護ギルド、ホワイトジャベリンのギルド員に見つかった。彼は腰の剣を抜くとゆっくり近寄ってくる。
「バルバトス議員の執務室に急いでくれ」
彼はインカムで仲間に知らせる。
「違う。俺じゃない」
自分じゃない事を必死に訴えかけようと首を振ってアピールする。
「黙れ!この期に及んで言い逃れをする気か!」
部屋の外から聞こえる兵の足音が徐々に迫っている。
それを聞いて焦りだすルミネス。
「本当に俺じゃない」
ルミネスは遺体をそっと床に戻すと両手を上げて立ち上がる。男はルミネスに近づくと剣を納めようとする。その一瞬の隙を突いて男の剣を奪うと部屋を飛び出す。しかし、その先にはすでに増援がいる。ルミネスはディスクを懐に仕舞うと走り出す。電光石火で増援の隙間を縫うように抜けるとその先のエレベータに飛び込む。1階のボタンを押すと、目を瞑って呼吸を整える。
このまま1階まで下りれば、間違いなく待ち伏せに会う。しかし、恐らくどの階にもホワイトジャベリンの人間が居るはず。いや、それどころかルミネスの所属するクリムゾンが待ち受けている可能性もある。クリムゾンと真面に戦えば確実にアウト。必死に考える中エレベータは5階を過ぎ、遂に1階に到着した。予想通り、1階にはホワイトジャベリンの兵が待ち伏せしていた。エサに狙いを定めるハンターの様に扉が開くのを待つ。その先には待ちに待ったルミネスの姿があった。
「行けーー!」
兵はその号令と共に突撃する。予定通りの動きを見せる敵に思わず笑みを浮かべるルミネスは飛び上がって、予め破壊しておいた天井を抜けて箱の上に出ると支えているロープを切る。エレベータは勢いよく急降下。扉前に居た連中も巻き込まれる。あまりの勢いに身動き取れない兵士が体を挟まれて下半身や首なしの身体だけが転がっている。そんな中、1階に降り立つルミネスはクリムゾンが居ないことを確認すると、電光石火でその場を切り抜ける。警備室に置かれていた自分の武器を回収すると外へ出る。
ビルの外には想像以上のホワイトジャベリンが待ち構える。背の剣を抜くと迎え撃つ。全員を相手にするのは到底無理な話。とりあえずは、道を切り開いてバイクへ向かう。飛び乗ると急発進して群れの中へ。前輪を軸にして回転させると剣を伸ばして周囲の兵士を一掃して、剣を納めるとバイクを走らせ、その場から逃走する。
ヴェンベールを西に抜けた先にあるベール海道の岩陰に停まるルミネスは、辺りを警戒し、呼吸を整えながら、端末を取り出して、バルバトス議員から渡されたデータディスクを入れる。中には『新生の書』と名付けられたファイルが一つある。迷わずそのファイルを開こうとするが、パスワードが求められる。
「くそっ」
その苛立つ思いを拳でガソリンタンクにぶつけて、溜息を吐く。
「一体なんでこんな事に…誰が先生を…」
何かを思い付いたルミネスは端末を仕舞うとヴェンベールとは反対方向に走り出した。
こうして、クリムゾンのルミネス・アルジャンテは全世界に指名手配されるようになる。