黒 03
白かった部屋は赤く染め直され、綺麗に整頓された何もない部屋は、何かの残骸で埋め尽くされていた。
人であった残骸の中、まだ息のある男が何かを探している。腰から強力な力で引きちぎられた右足。グチャグチャになってしまった左足を引きずり、地を這いつくばる男の上から悪魔の足が頭部を踏み潰すのを見た。頭蓋が飛び散り、脳髄を撒き散らした。
「あと一人だな。」
ガンマは最後の一人になった男をゆっくりと目で捕捉した。男は怖気る事もなく、ガンマとの距離を保っていた。近づかず、遠のかず。男が今までの戦闘で導き出した、ガンマの絶妙な間合い。この男たちも戦闘のプロであった。
「まどろっこしいのは嫌いでな」
ガンマはニヤリと笑い、異様な緊張感を吹き飛ばした。
「お前、俺の間合いがその程度の距離だと思ってるのか?」
その言葉を聞いたスーツの男が一瞬だけ反応した。わずかに震えたナイフの切っ先。明らかな動揺を最後のスーツの男は初めて露わにした。その筋肉の硬直をガンマは見逃すわけがなかった。
バチン!と大きな音と同時に、2mはあったはずのガンマと男の距離は、その一瞬で数cmまで伸縮した。スーツの男の目線には、すでにガンマは存在していなかった。
黒い腕は男の脇腹をすでに捉えており、全体重が乗った右ボディブローがそのまま脇腹を直撃した。直撃したと同時に、スーツの男の体が、文字通り「く」の字に曲がり、大量の吐血を伴ったまま、一直線に部屋の壁に突っ込んでいった。
生を認識する限り破壊活動を止める事が無かった悪魔は、ようやく殺戮を停止した。窓もなく、空調を破壊された部屋は異常ともいうべき湿気を含み、血液が霧となり部屋を満たしていた。
人間がこんなにも簡単に死ぬ。人間がこんなにも簡単に殺す。人間の殺戮本能。人間の正体。
僕の体は、大袈裟と笑われてしまうほど程震えている。僕は周囲の惨劇を直視する事が出来ず、悪魔の男を見ていた。
黒と赤の混ざったガンマの悪魔の両腕。ナイフを破壊し、人間を簡単に粉砕する悪魔の両腕。 まるで鋼鉄の鎧を直接打ち込んだ様な黒い両腕。
その黒い悪魔の両腕は、殺戮を終え満足したみた様に少しずつ人間の皮膚の色素に変わっていく。荒い呼吸を整えたガンマは部屋の角で座り込んだまま硬直した僕に歩み寄った。
「今からここを出る」
恐怖で反論すら出来ない僕を、ガンマは僕を片腕で担ぎ上げ、病室を飛び出した。大量に浴びた人間の血の匂いに吐き気を覚えた。誰もいない廊下を疾走するガンマ。廊下の床に引かれた、黄色のラインが進行方向に高速で流れていく。
薄れていく意識の中、悪魔にこびり付いた血の匂いは鮮明に認識できた。