狼煙
薄暗くその広大な空間。ゴゥンゴゥン、と巨大な換気扇が風を切る音のみが聞こえている。道を照らしている赤黒い非常灯は、どこか不気味。その空間は全く出口の見えない長細い地下トンネルだった。トンネルの壁には無数の管がひしめき合っていた。
バスの運転手の制服を脱ぎ捨て、大量のジッポーライターのオイルを浴びせる。繊維にオイルが染み込んだ衣服に、そのままジッポーライターの火が放たれた。小さな爆発を思わせる丸い炎が立ち上がり、勢いよく燃え出した衣服は一瞬の内にカスと化してしまった。
「…第1段階はこれでクリア。あとはあいつは上手にやってくれればイレイザー達も動く…か」
手に持った小さなメモ用紙を隅々まで確認しながら、くすぶっている火種でタバコに火を付けた男は、吸い込んだ煙を一気に口から吐き出した。
「あとは俺たちが賭けに勝つかどうかだな」
190cmはあろう身長に、厚い胸板。
ノースリーブの肩からスラッと伸びた両腕の筋肉は、芸術的な造形をしている。いや、これは何かを確実に行う為に鍛えられた筋肉であろう。
タバコの煙がトンネル内部の空気の流れに乗ってユラユラと流動する。艶なしの黒髪をバサッとかきあげ、鋭い眼孔をトンネルの上に向けた。
「さーノエルエデンさんよぉ。楽しい喧嘩をおっぱじめようぜぇ」
この男の声は、歓喜に満ちていた。まるでこれから始まる宴を楽しみにしている子供の様な表情である。指でピンと跳ね、空中を舞った火のついたタバコは重力に従い弧を描いて地面に落下した。
薄暗く先の見えない巨大な地下トンネルを歩き出した男は、大声で笑いながら闇に消えていった。