救急医療センター
救急医療センターに到着した僕は、運転手の男が僕の体内に投与した薬品の成分を調査する為に精密検査を受けた。一時間程経過し、医療室に呼び出された僕は、担当する主治医の言葉に愕然とした。
「解らないって…どうゆう事なんですか!?」
「あなたに打たれたであろう薬品は我々が把握している薬品でもウイルスでもありません」
冷たい表情をした医者の眼鏡のレンズに、青白い顔をしたエミリオが映っていた。予期せぬ結果に動揺した僕は無意識に医者のネームプレートを見た。
エドワード=ダリル。救急医療特務班主任
細く鋭い目つきと、キリッとした真面目そうな男性だ。体の線は細く色白だが、口調や冷静な態度からか威圧感のある雰囲気を漂わせた。
救急医療特務班とは、不治とされる病や、染色体異常などの現在の医学を以てしても解明されない病気を研究、治療する医療のエキスパートだ。そのエキスパートが、完全にお手上げだと言っている。僕も学者の端くれではあるが、この現実は受け入れ難かった。
「確かにあなたの血液には、人間の体内では分泌されない物質が検出されています。ただ、この物質があ
なたの体、遺伝子にどの様な影響を及ぼすのか、現段階の私たちの医療では解析できません」
完璧と信じたこの世界の医療でも解析できない物質?そんな馬鹿な。なんでそんなものあの男が持ってるんだ?どうしてそんなものを僕に?再び脳内の思考が爆発しそうになった。
「とにかく、精密検査をしましょう。その物質を解析します。今日から入院いただきます」
僕が叫びそうになる瞬間にエドワードという医者は淡々と話を進めた。それでも落ち着かない僕は鉄パイプの冷たい椅子から飛び出した。椅子は勢いよく後ろに倒れ、診療室の外にも聞こえる程の高い衝撃音を奏でた。
「落ち着ついてください」
隣に立っていた看護士が慌てて僕を静止する。エドワードは腹が立つほど冷静にカルテに何か記入していた。どうもこの男は好きになれそうにない。
「これが…俺の運命だったとでも言いたいのかあんたは!?」
「運命…。だとしたら、エミリオ君を助ける事が私の運命なのだろう。安心してくれ、必ず君を元の生活に戻してみせる」
エドワードは僕の肩を軽く叩いて笑ってみせた。
感傷的になり過ぎた、と反省した僕はそれ以降エドワードの話を黙って聞いた。腹の底から憎悪が湧いてくる。黒い泥の様な憎悪が。
あの男の忌まわしいニヤけた顔が脳裏に焼き付いている。顔だけじゃなく、声も鋭い眼孔も。
「言い方が悪いかもしれませんが、物質の性質が解明出来るまで、隔離に近い状態になってしまう。ウイルス性の何かかもしれないのでね。しばらくは辛いと思いますが、辛抱してください」
エドワードの説明が聞こえてきたが、頭には入っていなかった。
担架で運ばれる僕は、病院の廊下の無機質な天井をずっと眺めた。神様が僕に用意してくれた光輝く未来は、謎の男によって音を立てて崩れた。