Lie&Truth 02
「お前は、この世界をどう思っている?」
「…ノエルを?」
「差別、格差、主張の相違、将来の不安、他人への嫉妬。そこから発生する競争、恨み、宗教、戦争。過去の人間は数千年間そんな事を繰り返し続けた。」
誰でも知ってる一般常識の話を始めたガンマに、僕は苛立ちを覚え顔をしかめた。お構いなしにガンマは先に進める。
「その繰り返される人の本能的な過ちを、人工的に抑制しようとした。遺伝子構造を解析し、個人の先天的な能力を割り出し、その能力に見合った役目を与え、効率的な社会運営を図った。それがこの世界、ノエルだ」
「そんな当たり前の話…」
だが僕は何か違和感を覚えた。今まで当たり前の様になっていたこんな話に、何とも言い難い違和感。微妙な表情の変化を見逃さなかったガンマは、口角を少し上げて話を続けた。
「千年前の誰がこんな発想をして、実行したかは謎になっている。」
間を開けてタバコに火をつけたガンマは、煙を宙に吹き出した。違和感がドンドンと大きくなる。その違和感はやがて、確信に変わりつつあった。どうして今まで生きてきて、気づかなかったのか。
そう僕達は何故、この完全平和の世界が完成したのかを知らない。教えられていなかった。ノエルが建国する過去の世界の話は、個人の格差や主張の摩擦で争いが起き続けた世界、としか教わっていない。
知らぬ間にガンマの顔から目線を外して、自分の拳をぼんやりと見ていた。
「今のお前なら理解できるはずだろう。そんな世界を揺るがす革命に、誰しもが賛同したと思うか?」
「反対勢力…」
間違いなく存在したはずだ。ガンマの言うとおり、当時としては歴史的な革命になったはずだ。そんな事変を、すべての人間が納得するワケがない。
「勿論存在したさ。戦争も起きた。だが、圧倒的な戦力差で反対勢力は駆逐された。そして今の世界がある」
「だが問題はそこじゃない。起きてしまった革命も時間と世界の流れだからな。しかしノエルには大きな秘密がある。これが問題なんだ。そしてお前に打ち込んだ薬もそこに関係している」
タバコの煙がトンネル内部の風に流されてゆっくり僕の顔の前を通過した。鋭い眼孔をガンマに向けられたら僕は、無意識に薬を打ち込まれた右腕を掴んでいた。ガンマは自分のコメカミを人差し指でトントンと2回つついた。
「この世界の全ての人間には、出生時の遺伝子解析の時に、とある物質を投入している。」
「物質?なんの…?」
「その物質はD因子。このD因子は、生物が潜在的に持つ第六感に干渉し、ノエルが個人と常に双方向でリンクする事ができる。D因子を用いて人間の管理と制御を行い、必要があれば意志すらも操作する。この世界の違和感に気づかなかったんじゃない。気づかない様に操作されていたんだ。平和維持を円滑に行う為にノエルは人間を操り人形にしている」
「そんな馬鹿な話あるわけないだろ!?僕達は自分の意志で運命を受け入れてきたんだ!それすらもノエルの意志だったと言うのか!?あんた正気か!?あんたこそ何かに操られているんじゃないのか!?」
信じていたものを一気に否定され感情が一気に憤慨した。短いながらも今まで当たり前と思って生きてきた。信じたくないという想いが現実を否定する。
「それぐらいの事をしないと、人間には完全な平和を構築できないのさ」
ガンマのその一言は説得力があった。実際にこの男は、躊躇無く人間を殺した。殺戮本能のみで行動する人間の姿を僕は脳内に焼き付けていた。
「他人や未来への恐怖で、互いを傷つけ、蹂躙し、奪い合う。出来損ないの群体である人間に残された唯一の道として、ノエルは誕生した。だがそれは個人の意思をも支配して、人間から自由と選択を取り上げた。これは完全な支配だ」
立ち上がったガンマは右手の指の骨をパキパキと軋ませた。トンネルの闇の奥を見据えたガンマの違和感に気づき、僕もガンマが凝視する方に目線を移した。闇のトンネルには非常灯が一定間隔で設置されている。黄色の鈍い光が誰もいなかったはずの人影を写し出していた。体温が一気に下がる。血の気が引くとはこの事だろうか。明らかに普通ではない人の気配に僕は思わずガンマの顔を見た。
「俺達の目的は世界の人間をノエルからの解放する。自由と選択を取り返す為に、この世界をぶっ壊す事だ」
パキパキと軋む音を響かせながら、ガンマの右腕は黒く変化していく。僕確信した。
あの人は敵である、と。