濁流
騒ぎを聞きつけてか、うるさく警報を響かせる警察専用車両が、病院の周囲に集まりつつあった。別フロアの患者達も、院内の何処かで起きている騒ぎに気づき始めた。看護士たちは慌ただしく患者達の避難誘導している。
(まさかエミリオ…!?)
定期検診とエミリオの様子を見に来ていたレイチェルは、別フロアの異常な騒ぎに、只ならぬ悪寒を感じていた。嵐の日、水嵩の増えた川の黒い濁流の様なものが、脳みその中で渦巻きすべて飲み込んでいく。今まで、事件すら起きなかった完全平和の世界で、立て続けに発生する異常事態。女の感、というよりもエミリオが巻き込まれているとしか考えれなかった。
「エミリオは!?エミリオは無事なんですか!?」
悪寒を声で表す様に青白い顔色で避難誘導を行っていた年配の看護士に飛びかかった。
「私達にも状況がわからないの、でも安心して、落ち着きなさい。警察が今向かってるはずよ。エミリオ君は警察に任せて、あなたも避難なさい!」
患者に不安を与えぬ様に冷静を装った看護士は、レイチェルを非常階段に誘導した。
非常階段に向かって、溢れんばかりの人が押し寄せていく。平和な時間を過ごしてきた人々は、この様なイレギュラーに対応出来ない事が目に見えて理解できる。
「エミリオ…!」
押し寄せる人の波に一気に呑まれた彼女には、もはや神に祈る事しか出来なかった。