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『テルミア・ストーリーズ+』参加シリーズ

甲冑の勇者サマVS氷の王子サマ

作者: riki

「魔王の封印が成功したためだろう、魔族の活動も鳴りを潜めたと各国から報せが届いておる。これでテルミアに平和が戻った」

『それはおめでたいことですね私も安心いたしましたああよかった』


 やっと終わった、というのが正直な感想だった。

 疲れ過ぎて相槌も棒読みになろうってもの。

 この世界に勇者として召喚されて二年、魔族の侵攻を受ける国々を救うため東奔西走しました。

 日本だって縦断してないのに、リオニア、ウェトシー、リュトリザ、ウェルルシア、エスラディア……とにかくテルミア大陸中を駆け巡りましたとも。

 片っ端から魔族の拠点を叩きまくり、『悪い魔王はいね~か~!』と血眼で捜した当の親玉は、私を召喚したリオニア王国にいた。

 打倒魔王の旅、出発地点の国だった。

 ――というか私を呼んだのはリオニアだろ! 自国の出入国管理をきっちりしろ!

 前回の魔王を封印したのがエスラディアだからってさ、狙われてるとわかってていつまでも同じ場所にいるわけないだろ、魔王だって馬鹿じゃないんだし! あんな大陸の果てまで無駄足踏まされ、結局見つけたのがこの国だった時にはどっと疲れた。できるなら魔王にトドメをさしたかったけど、初代勇者と同じく封印するのが精一杯だった。次に復活するのはざっと三百年後ぐらいか?

 まあ、いい。本当はよくないけど、終わった話をグダグダ蒸し返してもしょうがない。


「勇者よ、この度の働き見事であった。褒賞をとらそう。なにを望む?」


 私はオロヴィス王を見上げ、口を開いた。


『なにもいりません。ただ――』




 +++++++++++++++




『話が違うじゃないか神官長! 帰せないってどういうこと!?』


 平身低頭する神官長は心底申し訳なさそうに、絶望を告げた。


「まことに申し訳ありません。ですが勇者様に授けられた加護が大変強く、陣の構成を歪めてしまうのです。無理に発動させれば元の世界へはおろか、勇者様の身になにがおこるかわかりません」

『~~責任者出てこいっ!! リィィオォォノォォスゥゥゥゥゥゥッッッッッ!!』


 自分だけちゃっかり天に帰った黄金の御使いへ届けよとばかりに絶叫した。

 わんわんと兜の中で自分の声が反響し、耳が馬鹿になりそうだ。泣かないぞ。泣くもんか。だって手甲じゃ涙は拭えないもん!


 って、甲冑だよ、ヨ・ロ・イ!

 神官長に勇者として召喚され、与えられたのが初代勇者の残した伝説の鎧だった。

 いわく、世界の危機に異界より現れた勇者は、黄金の翼獅子リオノスを従え、魔王を倒し、世界に平和をもたらした。勇者が掲げるは栄光の剣、身につけるは無敵の鎧。英雄譚だねぇ、ハンッ。

 魔王の封印に使ったため栄光の剣は失われ、二代目勇者の私に渡されたのは、神殿に大切に保管されていたという鎧だった。


 女の子に鎧って、しかも頭から手足の先までくまなくガッチリ覆うタイプだよ? ありえん!

 せめて巫女装束とか、百歩譲ってステッキやコンパクトでもいい。もう変形セーラー服でも可とします。

 重いから、と台車で運ばれてきた鎧にドン引きして受け取り拒否していたら、鎧がパアッと光り輝いた。

 次の瞬間、兜や手甲や胴部分の各パーツが宙を舞い――ずしりと全身が重くなった。

 「おおおっさすが勇者様! 無敵の鎧が主を定めたぞ!」と感嘆する周囲を見るために首を回すと、ギギギギ。

 ……おいこら。なにが悲しくて十六の乙女が全身鎧を纏わなくちゃならんのだ!? クソ重たいんだよ! せめてエクスカリバーの方を残しておけよ前任者ぁぁっ!!


 伝説はマジ半端なかった。

 魔法も剣も魔族の精神攻撃も防いでくれる、「無敵の鎧」。

 たしかにこの鎧を、“纏っていれば”、無敵だ。

 そう……勇者をどんな攻撃からも護り続けるよう、鎧はつねに私に寄り添っていた。


 はい、ぶっちゃけ脱げません。

 呪いの鎧に改名せんか、このスクラップ!

 他に人がいるときはどんなに頑張っても脱げないのだ。無害な村人を前にしても、兜のバイザーをはね上げることすら不可能。

 真実ひとりでいるときにしか脱げず、しかも敵襲、メイドさん、通行人、馬、犬、猫、藪蚊が接近した瞬間、忌々しさに地中に埋めた鎧がパッと光ってずしりと私に纏いつく。オウ!ジーザス!

 私の素顔を知る者は、召喚に立ち会った神官長と神殿関係者数名だけだろう。

 いえね、声も兜でこもって性別不明。体型も無骨な鎧で完璧カモフラージュ。どうも世間様は私を性別オスだと認識なさっているようですよ。あれ?私のささやかな胸どこいった。

 勇者な私に女性からは恋慕の、男性からは尊敬の視線がビシバシ飛んできます。

 むろん全て跳ね返しますが、鎧で。

 「煩わされずに良いではないか」とのたまうリオノスの前肢を、硬い靴底でぐりぐり踏みにじってやりました。はっはっは、よいではないかよいではないか。失言のつけは体で払え、大型猫。

 猫は異世界召喚のなんたるかが、てんでわかってない。

 王、王子、騎士、石油王などなど(ただしすべてイケメンに限る)。恋愛フラグがぽこぽこ立って、きゃー誰にしよう?迷っちゃう~ん!いやんあはんウフン☆な逆ハーレム展開になるのが正しい女子高生召喚モノですよ?

 ときめき? ないない。

 めきめき筋力がついてます。重いんだよ鎧。

 「ねえ、(脱げないから)兜にチューして?」、ないない。

 あったら笑っちゃうよ自分のことだけど! 


 恋も変に愛も哀しかない魔王討伐の旅、願うことは早く鎧を脱いで日本に帰りたい、それだけだったのに!!


 リオノスは景気よく加護の重ねがけをしてくれた。

 くれるというならなんでももらっちゃうガメツさで喜んで受けましたよ。中には「ハエが箸で捕まえられる確率が九十パーセントになる」加護とか、「タンスの角に小指をぶつけても泣かずに我慢できる」加護や、「地面に落とした食物も素早く拾えば食当たりをおこさない」……おい三秒ルールかよ!と、どうでもいいような加護もたくさんあったが。


『加護って取り消し可能ですか?』

「罰当たりなことを申されますなっ。聖獣からの加護はすなわちミア神からの加護、軽々しくそのようなことを口にされては天罰が下りますぞ!」


 恐れおののく神官長を『冗談ですよジョーダン♪』となだめ、私はガッシャンガッシャン……と足音も寂しく(異論は認めます)神殿を後にした。




 +++++++++++++++




 これからどうしようかなぁ。行くあてもない。

 神秘の秘境といわれてる、ウェルルシアにでも行ってみようかな。古代文明が息づいてたりして。ひょっとしたら私が帰る手掛かりも見つかるかも。

 効果音は派手に、とぼとぼと歩く私の前に影がさした。


「――どうした、父上に自由を望んだわりに浮かない様子だな。勇者」

『アトレン殿下……』


 リオニア王国第一王子。お約束の金髪碧眼オトコマエ殿下だ。

 顔良し、声良し、身体良し。さらに身長高し、財産あり、生まれも文句なし、万国旗を立てたい好物件でしょう? 

 おっと、性格はどうかって? いいところに目をつけたねお嬢さん。

 私が鎧武者として薔薇フラグでいいから突き刺したいと思わないのは、奴がありあまる神の恩恵を無にする冷血漢だからだ。白皙の美貌の下は青い血が流れ、薄い唇を開けば言葉のナイフが胸をえぐり、アイスブルーの一瞥を受ければほんと一日ブルーになります。

 彼のあだ名は“氷の王子”。

 命名は私。いやに詳しいのは殿下が魔王討伐のパーティーメンバーだったからだ。剣の腕も国随一なんて神の贔屓がすぎるんじゃないか? ほかに魔術師とか僧侶とかいたけど、旅が終わってパーティーは解散した。

 王と謁見したとき、旅装をといた殿下は傍に控えていた。

 だから知っている、私が王に願ったことを。


 ――なにもいりません。ただ、私に自由をください。なんの使命も制約もなく、自由に生きたいのです。


 ほら、王宮に留め置かれると色々ややこしいことになりそうじゃん? アーリベル王女が頬を染めてこっち見てたし。勇者が王女を娶るって王道だけど、私の人生ジ・エンドだ。薔薇も百合もお断り。

 わざわざ大衆の耳目があるところで願っただけあって、オロヴィス王は願いを聞き届けてくれた。その足で神殿に駆け込んだわけだけど。


「異界に帰れなかったのか?」


 ヤなこと訊く殿下だな。


『殿下には関係のない話です』

「二年も寝食をともにした仲間の心配をしているのだ」

『……心配、ですか?』

「疑わしそうな声を出すな。こう見えても、俺はお前のことを気に入っている」


 死亡フラグきた! 断じて回避いたします。

 私はじりじりと後ずさった。が、殿下はえぇー! さすが魔王の片腕を斬り飛ばした男。

 掴まれる腕は手甲越しだから痛くないけど、大股で歩かれるとついていけない。身長差を考えろよ! 鎧でこけたらどんだけ痛いと思ってんだっ、兜かぶせて突き飛ばすぞイケメンがぁ!


 その鼻低くしてやろうかと悶々としていると、殿下はずんずん歩いて王城の門をくぐった。

 門番があれ?という顔で見てくる。はい、出戻り勇者です。

 王城の廊下を歩いているとメイドさんがあれ?という顔で見てくる。はい、(略)。

 あちこちで「アレアレちょっとあの人……」という視線を否応なく浴びながら連れ込まれたのは殿下の私室だった。


『誤解を招いていると思いますが』

「どんな誤解だ?」


 うっわ性格ワルぅ。ニヤリともしないのが陰険ですね。


『……私のことを気にかけて頂いていることはありがたいですが、自分の面倒は自分で見られます。どうかお気遣いなく』

「なにかしたいことがあるのか? 頼るあてはあるのか?」

『名前だけは売れておりますので』

「勇者のお前に、勇者以外の仕事がくるか? それが嫌で自由を願ったのではないのか」


 ――だから嫌いなんだ。この殿下は他人に興味なんぞ抱いてないようで、見ている。

 誤解のないように言っておくと、私は勇者業を真剣にこなした。いくら無敵の鎧があっても元はただの女子高生だ。生きるために救うために、重圧に心が悲鳴をあげても戦った。

 もう戦いはこりごりだ。

 魔王を倒したら、勇者じゃなくなったら……旅の途中、夢をみることだけは自由だったから。

 晴れて甘ずっぱい青春を再スタートさせたはずなのに。


『そうだとしても、殿下に関係がありますか?』

「お前を戦わせたくないといったら?」


 …………はい?


「お前に惚れた」


 なにそれ超マニアック!!

 びーえるじゃないか。人間×鎧、いや鎧×人間か? 予想外の層をついてくるな、さすが殿下!

 ちょっと、押すんじゃない!

 一度倒れたら容易に起き上がれないのが人生です、いえ鎧です。

 仰向けにベッドへ突き転がされた私は、兜の中でゴワンッと打った後頭部に涙していた。現代のフルフェイスヘルメットじゃない、硬くて痛いのだ。


『……いきなりなにをするんですか!』

「人払いをしてある、といえばわかるか?」


 わ・か・り・ま・せんっ!

 ジタバタと手足を振り回すが、鎧の重みとベッドのやわらかさで引っくり返された亀ほどの抵抗しかできない。

 おもっ! 圧し掛かってくるなぁ! ダブル重量でさらに身動きがとれなくなった。

 わっ、そんなとこ触ったって硬いだけですから!

 鎧の胸部を撫でる殿下の不埒な手。動きがヤラシイ。変態、変態がいるうぅぅ!

 今この時ほど無敵の鎧に感謝した瞬間はない。


『私は男ですよ! 殿下は男同士が趣味なんですか!?』

「いいや、俺はいたって普通の趣味だ」


 閻魔様も呆れる嘘つきだなっ、二枚とも舌を抜かれてしまえ!

 鎧の勇者を押し倒してる時点でアブノーマル街道驀進中の殿下は自覚がないらしい。

 口元にうっすらと笑みを浮かべた。

 これ! これだよ、南国も一瞬でツンドラ気候、魔族の動かぬ心臓も凍りつかせるという“氷の微笑”! 至近距離で拝むとざっと全身に鳥肌が立った。


「子供は成長するものだ」

『……は?』


 何の話だ……?


「子供なら二年もすれば成長するものだ。それが少年ならなおさら著しいだろう。出会った時からお前はちっとも大きくならないな、勇者?」


 身長か胸か。答えによっては命がないぞ殿下。まあ鎧越しにバストサイズを把握されてたら怖いし、ありえないけど。

 ……見ていないようで見ている、知っていたじゃないか私は。


『私は家系的に背が低いのです』


 日本人なめんなよ、無駄に高身長民族ども。

 くっくっと笑う殿下は兜に顔を寄せ、細い縦格子の隙間から覗き込んできた。

 うそ、目が合ってる?


「安心しているようだから教えなかったが、面甲の奥は意外に見えるのだぞ?」


 私は鎧を纏った女の子。スキップランラン♪ガシャンガシャン♪ もじもじポッ! きゃっ赤くなったら彼に気づかれちゃう~……ないない。兜だし。

 まさか私に恋愛フラグが立つとは。鋼鉄の胸部に旗が刺さったり、キューピッドにハートを射抜かれるなんて考えたこともありませんでした。

 アイスブルーの瞳をぐっと睨み返す。


『なにが見えるのですか?』

「髪、瞳、唇……あとは心か」


 言葉通りに下った視線。いいかげん胸から離れろ、エロ殿下!

 出会ったころのクールビューティーさんカムバック。ツンドラ(ツンデレじゃないよ!)プリンスは勇者に冷たかったよね? 実力疑ったり囮にしたり前線に蹴り出したり、あれ?私虐められてないか。


『では、あなたを拒む心が見えていることでしょう』


 はいはい、楽しそうに笑わないそこ。フラれてるんだよ殿下、速やかに引き下がれ! そして私の上から、お、り、ろ!


「それは見えんな。なにしろ恋は盲目という」


 山田君、座布団一枚持ってきて。んでもって床に正座させといて、このトンチ(キ)さんを。

 氷の王子は右手を兜にそえた。

 あの、「チューして」とかいってませんよ私。自分のことながらわら、わら……笑えない。


「伝説の鎧、か」

『そっ、そうです。これは守護の鎧ですから、脱げ(脱がせられ)ませんよっ?』

「先代の勇者がいつ鎧を脱いだのか知っているか?」


 誰もいないときに限る、食事、排泄、入浴、睡眠のときでしょ?

 私だって同じだ。それに一緒に旅をした殿下はよく知っているだろう。

 ということはさ、これ死ぬまで脱げないの? ……呪いだっ! やっぱり呪いの鎧だったんだ!!


「彼が鎧を脱いだのは魔王を倒してからだ。つまり――」


 シャコン、とバイザーが滑らされた。


「鎧の護りは魔王を倒すと消える」


 急に視界が明るくなり、ぱちぱちと瞬きをする。

 遮るものがなくなり、二年ぶりに間近で見る人間は、嬉しそうに私を見つめていた。

 あんまり瞳が青いから、うっかり見とれてしまった。


「……アトレン殿下?」

「やっとお前の本当の声が聞けた」


 「想像していたより可愛いな」と呟いた氷の王子は、燃えるような情熱を秘めた瞳で兜を取り去り、唇を奪ってくれやがりました。

 チューしてとかほんと頼んでませんから! 「違う声も聞きたい」ってどこのセクハラ親爺だ!?

 無敵の鎧は呪いがとけると普通に重い鎧でしたが、貞操を護る役目は果たしました。

 兜? さんざん貪られた唇が腫れてますけど、何か?

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