塗装屋・逃走屋
昔、この世界に一人の少女がいた。
その少女は「塗装屋」と呼ばれる犯罪者で、いたるところで指名手配の神があちこちに貼られていた。
しかし、その少女を捕らえる事に民衆は反対した。
「私の人生を変えてくれた」「あの子に夢を見させてくれた」とかそんな理由も多かったが、やっぱり一番は彼女にしか出来ない仕事を失うのを皆恐れたからに違いない。
その仕事とは、『染める』こと。
雇い主の命令通りに、雇い主の指定した箇所を、雇い主の指定した色で。
そんな仕事はどこにもあるじゃないか、と思う人もいるだろうが、彼女はまさに違う。
『染める規模』が、違いすぎる。
空、海、山、雲、砂漠、雪原、森。あとおかしな話だが、人間も。
彼女は指定されれば、どんな方法かは分からないが、そんなものも命令通りに染め上げた。
勿論、規模が大きければ大きいほど金を支払わなきゃならない。
でもどんなに金を支払おうが、支払うまいが、そりゃまずい事だ。
いきなり空が赤くなったりするんだぜ?
民衆は驚いただろうな。
「世界の終わりだ」とかなんか言って、挙句の果てにはどうせ死ぬんだからとヤケになって犯罪を起こした馬鹿もいる。
そんな騒ぎがあってから、やっぱり彼女は『危険人物』と見なされたらしい。
彼女は追われることになった。
どこの街も見渡せば彼女の指名手配の紙ばかり。
しかし不思議な事に、彼女はそれでも捕まえられなかった。
警察は頭を抱えた。
「捕まえた者には金一封!」
反応なし。
唯一反応があるのは透き通るような紫の海だけ。
「捕まえた者には一生の極楽!高級住宅と億万長者を約束する!」
反応なし。
唯一反応があるのは神秘的な緑の空だけ。
「捕まえた者には国をやろう!」
反応なし。
唯一反応があるのは誰もが憧れたカラフルな谷だけ。
「塗装屋!お前には一生遊んで暮らせるほどの富とお前が望む物をやろう!頼むから出てきてくれ!」
反応なし。
唯一動いたのは涙を落としてそこに崩れる警察と政府だけ。
「おまわりさーん。ここですよー」
その涙を知ってか知らずか、どこかのTV局から全国に放送が流れた。
そこに移っているのは間違う事無い彼女で、顔には人懐こい笑みを浮かべていた。
「塗装屋!」
警察のその言葉にも、嬉しさ溢れる感情が注ぎ込まれていた。
が、それを一瞬にして気を引き締め、
「塗装屋!お前の望みは何だ!」
少々の怒号を上げた。
しかしそんな怒号にも、塗装屋は答えた。
「望みは『この世界』です。男に二言は無いですよね?」
そんなとんでもない事を笑顔で言った後、引きつった顔の警官達をよそに文字通り世界を塗り替えた。
空の色を青、時々灰色に、海は空の色をそのまま。そして山と森は緑色、砂漠は焦げた黄色、雪は白、谷は色を指定した植物によって色が決められる。
人間は、昔よりも少々優しく。
「色は感情。地球を生かさなければ。」
彼女は、阿呆のように口を開けたまま動かない警官達に言った。