二つ名持ちの男
緩やかな斜面を下りていると、巨大な水晶の陰から、エルフの男が姿を見せた。
男はすらりとした体型をしていて、金色の髪を腰まで伸ばしていた。右手には銀色の槍を持っている。
「エリス! 俺の後ろにいてくれ!」
俺が叫ぶと、すぐにエリスは俺の後ろに移動した。
男は整った唇を笑みの形に変える。
「……ほぅ。特例で試験を受けることになった異界人だな」
「ああ。あんたは?」
「俺はメルエス。『幻影のメルエス』の二つ名を持つ魔法戦士だ」
メルエスは長い髪に触れながら、俺と視線を合わせる。
「さて、降参する気はないな?」
「……ああ。ここで負ける予定はないからな」
俺は幻魔星斬をホルダーから引き抜く。
二つ名がついているってことは、相当強いってことだろう。魔法戦士ってことは、何かの魔法も使ってくると考えておくべきだな。
俺は両足を軽く開き、腰を落とす。
メルエスは銀色の槍を動かし、鋭い先端を俺に向ける。
「では、十三魔将を倒したお前の攻撃を見せてもらおうか」
「……こっちから攻めてこい、ってことか」
俺はゆっくりとメルエスに近づく。しかし、メルエルは動く様子がない。笑みを浮かべたまま、俺を見つめている。
んっ? 変だな。俺が十三魔将を倒したと知ってるのに余裕がある。絶対に勝てる自信があるのか?
俺は足を止めて、メルエスを観察する。
「どうした? 俺が恐いか?」
「ああ。何をやってくるかわからないし」
「慎重だな。だが、安心しろ。お前が負けても死ぬことはない。殺せば、俺が失格になるからな」
「……そうだな」
俺は幻魔星斬を強く握る。
とりあえず、普通に攻めてみるか。で、相手の動きに合わせて、【無敵モード】を使おう。それなら、ほとんどの攻撃に対応できるはずだ。
覚悟を決めて、俺はメルエスに突っ込んだ。幻魔星斬でメルエスの腕を狙う。
紫色の刃がメルエスの腕をすり抜けた。
これは……映像か!
「かかったな。バカめ!」
メルエスの言葉と同時に背後から、エリスの声が俺の耳に届く。
「秋斗様っ!」
振り返ると、メルエスがエリスに走り寄っていた。
あっちが本物で、狙いはエリスのリボンかっ!
俺はメルエスの意図を理解して、【無敵モード】を発動させた。
強く地面を蹴り、一瞬でエリスの前に移動する。
予想外の速さだったのか、メルエスは後方にジャンプする。
「やるな。だが……」
メルエスの体が二つに分かれた。
どっちか一つは映像ってことか。
六……五……。
【無敵モード】のカウントダウンが進む。
まずい。メルエスはエリスのリボンを奪うまで攻撃を止めないだろう。クールタイムに入ったら負けが確定する。
こうなったら、どっちが映像かわからないけど、二人同時に倒して……んっ?
俺は壁際にエリスと同じ服を着た女がいることに気づいた。
あれはメルエスと組んでいる冒険者ギルドの職員だな。
それならっ!
俺は二人のメルエスの間をすり抜けて、女に突っ込む。
女は俺から逃げようとしたが、その動きは遅い。
俺は左手で女の胸元のリボンを奪い取った。
同時に【無敵モード】のカウントダウンが0になる。
「戦闘を終了してください!」
エリスの声が洞窟の中に響いた。
「この勝負。秋斗様の勝ちです!」
エリスのリボンを奪おうとしていたメルエスの動きが止まった。
「ぐっ……先にリボンを取られたか」
右にいたメルエスの映像が消え、本物のメルエスはがっくりと片膝をついた。
おっし! なんとかなったか。
俺は奪い取ったリボンを強く握る。
やっぱり、【無敵モード】の時のスピードはとんでもないな。普通なら、エリスを助けることはできなかったし。
◇ ◇ ◇
俺とエリスは洞窟の隅で休憩を取っていた。
魔法のポーチに入れていた干し肉をかじっていると、エリスが結んでいた唇を開いた。
「秋斗様……」
「んっ、何だ? 干し肉が食べたいのなら、半分あげるけど」
「いえ。食べ物のことではなく、あなたの強さのことです」
エリスは俺に顔を近づける。
「秋斗様は二つ名持ちのメルエス様に勝ちました」
「試験のルールで勝っただけだぞ。メルエスを倒したわけじゃないし」
「それでも、秋斗様の強さはわかります。あなたはとんでもないスピードで私を守り、一瞬でメルエス様と組んでいたドリスのリボンを奪いました。【速度強化】や【速度三倍】のスキル程度では不可能なスピードです」
エリスは真剣な表情で俺を見つめる。
「秋斗様は、【神速】のスキルをお持ちですよね?」
「あーっ、まあ、スピードを上げるスキルは持ってるかな」
俺は適当に言葉をにごした。
「秋斗様の実力は確実にSランクレベルです。私が判断できるのなら、こんな試験を続けなくても、あなたをSランクに認定します」
「そっ、そうか。はははっ」
俺は乾いた笑い声をあげた。
Sランクに認定されたら困るんだよな。ぎりぎりで不合格を狙ってるから。




