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献上された貢物に早速手をつけようとしたところで、厨房から熱い視線を感じた。視線の主であるシェフは見たところ、外国人。
(…フレンチの店だし、フランス人ってことでいいんだよね?)
なら、期待に応えてしんぜようではないか。
タルトを一口食べるなり、目を輝かせて厨房を振り返る。
子供らしくにっこりと笑う顔は“思わず溢れた無邪気な笑み”を意識した。
「C'est très bon! Merci,Monsieur!」
シェフが驚くと同時に嬉しそうな顔をしたのは当然として、ぎょっとしたのは両親だった。
「り、りっちゃん⁉︎」
「なあに?おかあさん」
「フランス語なんてどこで覚えたの⁉︎」
「ふらんすごって?」
「え」
「ふらんすごってなに?」
「……今、お前がシェフに向かって話した言葉だ」
「へえ、わたしがはなしたのってふらんすごなんだ。ふらんすっていう国のことばなの?」
「そうだ。…私たちの会話を聞いてるうちに、覚えたのか?すごいな」
感心している父には悪いが、そんなわけないがない。前世、大学時代に選択した第二外国語がフランス語だっただけである。
と言っても、話せるなんてレベルじゃない。今言った言葉以外で覚えているのは自己紹介くらいのものだが、うまく父からのポイントを稼げたようで何より。
ていうか、父よ、口ぶりからして貴方もフランス語話せるんだね。どうでもいいけど。
「ねえ、このタルトほんとにおいしいよ。みんなでたべようよ」
ところで、“ペッシュ”て何のことだろうね。
とりあえずフルーツのタルトってことしかわからなかったんだけど。
「悪いが2、3日帰れないと思う。…子供たちのことを頼む」
そう言い捨てて、父が車を降りた場所は霞ヶ関だった。日曜だというのにこれから仕事らしい。ご苦労なことだ。
窓越しにその背中を見送っていると、父は迎えに来ていた部下らしき人と合流し、その場で話し込み始めた。…部下の方も随分ガタイが良いな、そう思ったところで車が発進してしまった。
(くそ、どの建物に入るか見たかったのに…!)
藤宮憲治の職業は政治官僚と言われているが、詳しいことはよくわからない。
ただ、藤宮律花が行方不明になってからすぐ、単なる家出ではなく誘拐事件扱いだったのはその辺りが関係しているだろう。
私が藤宮律花として過ごすにあたって立てた作戦は、とにかく周囲からの好感度を稼ぐこと。
犯人がわからない以上、誰かの恨みを買うようなことは避けるのはもちろん、周りの人間から好かれ、いざという時の味方を増やしておく。あわよくば事件そのものが起こるのを阻止できれば良い。
いざという時なんて来ないに限るし。
(でも、これって藤宮律花が《《本人への悪意や怨恨で》》殺された場合の話なんだよな…)
事件の発端が父親への恨みだの国家権力だの反社だのが絡んでいる…なんて話になれば、普段の私の振る舞いがどうであれ、事件は起きてしまうだろう。
身の安全を確保のためには、ただ人に好かれるだけではなく、権力者の加護も必要だ。
それに、そもそも藤宮家にまつわる事件は一つだけではない。
連続放火事件。
断髪事件。
真っ黒なネガ事件。
空き家の集団幽霊事件。
誘拐未遂事件(×2)。
青い粉砂糖事件。
(うわ事件多すぎ…)
なんて物騒な家なんだ藤宮家。
私は元・小説家として推理小説も怪奇小説も書いてきた身だが、アレはあくまでフィクションだから良いのである。自分自身が波瀾万丈な人生を送るなんてごめんだわ。
ただ、こうして藤宮律花(with 天使の輪)に成り変わってしまった以上、デッドエンドは回避は必須。どうせなら、安全が保証された平穏快適場所で、幸せな人生を送りたい。
千里の道も一歩から。やることは多いが、まずは悪意・怨恨ルートから潰していく。
だから、この部屋の主の籠絡が作戦の要なのだけれど、何度ノックしても反応すらない場合はどうしたらいいのだろう。
『リュカの部屋』。
マジックで雑に書かれたかまぼこ板をぶら下げたドアには、右下の部分に小さな潜り戸が設けられている。おそらくペットが出入りする為のものだが、その前に汚れた空の食器が積まれていた。
「リュカくん、いる?」
部屋にいないのか。ひょっとしたら、寝てるのかもしれない。そう思った時、ドアの向こうで人が身動いだような気配がした。
「ねえ、リュカくん。律花だけど。リュカくんに渡したいものがあるのよ」
「……」
まあ、そう簡単には行かない、か。
リュカというのは、律花と同い年の養子の男の子だ。私はこの男の子についての知っている情報は少ない。
《5月15日 くもり
かぞくがふえるっていわれた。きょうであったばかりのおとこの子がいっしょにすむんだって。かみのけがくるくるで、目のいろがかわってる。たまに、へんなことばをしゃべる。がいこく人なのかな?でも、えいごはわからないみたい》
《6月2日 あめ
リュカなんてきらい。かぞくでもないのにいっしょにすむなんて、やっぱりおかしい。
いつもわたしのことデブとかブタとか、わるぐちばっかりのいやなやつ。がっこうなんてもともときらいなのに、あいつがいるきょうしつになんていきたくない。》
《6月27日 くもりのちあめ
男子にブタミヤってよばれるようになった。ぜんぶリュカのせい。ママにいいつける。ママだってリュカのこときらいなんだから》
《7月11日 はれ
きょうしつにいたら、男子がいつもわるぐちをいう。いいんちょうがちゅういしても、あやかちゃんがおこっても、きかない。さいきん、おんなのこからもリュカといっしょにすんでるのはおかしいって言われた。
ほんとのかぞくじゃないのに、ずるいって。
わたしはリュカなんていらないのに。そんなにリュカがほしいなら、じぶんのいえによんでいっしょにすめばいいのに。
男子はリュカのみかたばっかり、みんなわたしのてき。女の子もてきになったらどうしよう》
《7月24日 わたしのたんじょうび
リュカがわたしのぼうえんきょうをとろうとした。わたしのたんじょう日プレゼントなのに!さいていさいあくの子。かしてほしいっていうから、またこんどねって言ったのにきいてくれなかった。かりるだけなんて、ぜったいうそ。こわすにきまってる。
はやくでてってほしい。これからまいにちおまじないをかける。リュカはやくいなくなれ。》
《7月30日 すごくはれ
たしろがリュカのおせわをするなんておかしい。たしろはわたしのおせわをする人なのに。たしろがリュカのためにぼうえんきょうをもっていこうとした。たしろもわたしのてきになるの?リュカがじゃま。
こうなったら、あくまでも呪いでもなんでもつかって、あの子をおいだしてみせる》
以上、藤宮律花の日記からの抜粋である。
リュカの事に限らず、とにかく愚痴っぽいグズグズした内容がビッシリ書かれていて、読むだけで気が滅入ったわ。藤宮家の内情を少しでも知るために最後まで読破したけども、なんかもう、救いようがねえなって感じ。
令和のSNS上でも、藤宮家に迎えられた混血の養子が不遇だったことは噂になっていたし、実際それは事実だろう。
現に今、地下の小さな部屋に押し込められて暮らしているのだから。本来なら住み込みの使用人にあてがわれる部屋の一つだ。
藤宮家の中ではヒエラルキーが低いようだが、家の外では人気者。
お互いを敵視する、藤宮家の養子と実子。
ほらもう、将来のいじめっ子・いじめられっ子フラグが立ちまくっている。
(ま、そんなフラグ速攻叩き折ってやるけど)
「リュカくーん、もしもーし」




