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 ちなみに女看護師が一目見て下剤と気付いたのは、つい先週、田代相手にその薬を処方したのを覚えていたかららしい。


 え、馬鹿なの?(パート2)


 自分に処方された薬を使うとか。

 そんなもん、事が発覚したら誰の仕業か1発でバレるだろ。リスクってものを考えてから行動しろよ。

 だいたい、子供相手なら薬を入れ替えてもバレないと思ったの?同じ白い錠剤と言っても見た目が明らかに違うんだから、それこそ本物の律花お嬢様が見たら一発で違いに気付いたと思うんだけど。「あれ?いつものおくすりとちがう…?」なんて言われたらどうするつもりだったんだよ。市販の下剤を買って粉末にして料理に混ぜるとか、もっとやりようがあっただろ。

 そんなんだから、「いつものおくすり」との違いなんて知る由もない私からも怪しまれるんだよ。

 わざわざ薬を皿の上に乗せた状態で差し出す、その時点で怪しさ満点。薬のパッケージを見せまいとする意図が見え見えだ。警戒しないほうがおかしいわ。私が薬を飲むところを見張る様子からしても、明らかに挙動不審だったし。


 そういうわけで、当然だがゲリラ女(下痢らせ未遂女の略)は藤宮家の使用人をクビになった。まあ、あの女はもともと“お暇”が欲しかったわけだし、ちょうど良かったのではなかろうか。

 いやー成り変わり早々、いい事したな。

 こちらとしても、手際良く容疑者を1人排除できて良かった良かった。


 …まあ容疑者といっても、正直なところゲリラ女が藤宮律花殺害の犯人である可能性は低いと思っている。


 藤宮律花は享年15歳、殺された現場は彼女が当時通っていた中学の附属大学で、普段は鍵がかかっているはずの屋上。給水タンクに登るハシゴに全裸で括り付けられた上、全身メッタ打ちにされて殺されていた。

 まず、一介の使用人がそんな場所に出入りできるとも思えないし、それが可能だったとしてそんな手間をかける意味もわからない。


 なら何故早急にあの女を追い出しにかかったかと言えば、自室に好き勝手に出入りする人間を減らしたかっただけだ。


(ノックをした後、部屋の主の返事も聞かずにドアを開ける使用人とかありえねえし)


 この調子で、まずは身近な容疑者から減らして行こう。そんな意気込みから2週間。

「りっちゃん、ホントにピンクじゃなくていいの?」

「うん、これがいい」

「ピンクはもう飽きちゃったの?なら、あっちにオレンジ色とかもあるけど、どう?」

「ううん、これがいいの」

 私は母と共にショッピングモールに来ていた。私としてはもう、一刻も早く家に帰りたかったのだが、今日は私の退院祝いの買い物である。自室の模様替えをしたいと言えば、カーテンに絨毯にシーツ枕カバー掛け布団その他諸々、全て買い替えてくれるという。これでブリブリのロリ部屋を卒業できるわけだから、まあ良しとしよう。

「でも、りっちゃん、こんな男の子みたいな…せめてハートとかお花の模様にしない?」

 しつけえな。これが良いっつってんだろ。

「わたし、《《おそら》》がすきだから」

 母は銀糸で星柄の刺繍があしらわれた紺色の布地を見下ろし、ようやく納得したらしい。

 コンセプトを理解してからは早く、母が美的センスを遺憾なく発揮したおかげで、その後の買い物はスムーズに進んだ。


 …いや、ホント、こんな事してる場合じゃないんですけどね?


 何せゲリラ事件の翌日から今朝まで、ずっと病院暮らしだったものだから。食事量を常人レベルにまで減らした私を“異常事態”と見なした母が、強制入院させたのである。

 これほど無駄な夏休みの過ごし方があるだろうか。

 私が殺される未来までざっと見積もって7年。まだ猶予があるとはいえ、あまり時間を浪費したくはない。

 一応これでも、出来ることはした。成り変わる前の藤宮律花が書いた日記を病室に持ち込んでいたので読み込んだり、病院で出会う人に対して片っ端から好感度を稼いだり。

 意味のない入院生活を、なるべく有意義に過ごしたつもりだけど、年齢一桁代の身では出来ることに限界がある。そう痛感した2週間だった。

 大きな進歩は、天使の輪が機能がわかった事だ。簡単にいえば、私に向けられる負の感情や身体的な危機を察知したときに警告を発するらしい。これがいわゆる転生特典というヤツだろうか。

 そうそう、転生特典と言えばあの居酒屋のショップカードも謎だ。成り変わる前の持ち物の中で、鞄でも服でもなく、よりにもよってあのショップカード1枚だけがこの時代に持ち越されたことには何の意味があるんだろうか。


 まさか、あのカードに載っている番号に電話したら、未来にいるあの店員に繋がったりするんだろうか。

(なんか藤宮家と関わりがありそうだったもんな、あの男)


 機会があればダメ元で試そうとは思っているのだが、今のところ実行できていない。

 何故なら。

「あ、もしもし憲治さん?今ちょうど、買い物が終わったところ。…えっそうなの?なら、もうあまり時間が…お昼は一緒に食べらそう?…そう、良かった。……あら、もう中にいるの?私たち、子供服売り場で待ってるから」

 母が手に持っているのは、昔懐かしPHSである。…PHSは機械の名称ではなくサービス名だったかな?…ともかく、ガラケーが出てくるより更に前の、アンテナを伸ばして使う携帯電話だ。文字通り電話する機能しかない、持ち歩き可能な小さな端末。

 それでも貴重品…否、稀少品である。どうも今この時代では携帯電話を持っている方が珍しいらしい。

 子供の私が電話をかけようとすれば、どこか人目につかないところの公衆電話を使うしかなくなる。家の固定電話か母のPHSを拝借したとして、履歴を消去できるかもわからんし。

「あ、憲治さん!」

 母の視線を追って振り返ると、視界がピンクの花で埋め尽くされた。花びらの向こうに、ガタイが良く厳めしい顔つきのスーツ姿の中年男性。こちらを見下ろす視線は珍獣を見るようなソレだ。

「……」

「……」

「……退院祝いだ」

「……ありがとう」

 花束を受け取り、父親を観察する。

 周囲の人間より頭一つ番高い身長はおそらく180㎝以上、ただ背が高いだけではなくスポーツでもやっていたのか、肩幅が広く筋肉質。

 そして、顔が濃い。とにかく濃い。

 どう見ても日系の目鼻立ちなのに、眉が凛々しく視線が鋭いのも相まって、海外のマフィア感がある。

(なるほど、母の顔をベースにこの濃さを足すと、ハーフ顔になるわけか…)

 ところで、私の知ってる常識だと花って普通は入院中にお見舞いで贈るものなんだけどな。これも今の時代は違うのかな。

「さっ!りっちゃんはパパと手を繋いで。お花は私が持つから」

 可愛いお花!せっかくだからお部屋に飾りましょうね!と、父娘の微妙な空気に気付かない母だけが元気だ。

 運転手付きの車に乗って移動中も、母の選んだフレンチのお店で食事中も、父からの視線を感じた。

 まあ、気持ちはわかる。

 入院中、栄養バランスだけが取り柄の病院食を食べ、暇な時はくまなく院内を練り歩き、夜9時消灯のため毎日10時間睡眠というド健全生活を送った結果、私はマイナス10キロのダイエットに成功した。

 つまり今の私はちょいポチャではあるものの、既に絶世の美少女の片鱗を見せている。

 その証拠に、ほら。

「こちら、タルト・オ・ペッシュになります」

「?頼んでいませんが」

「シェフからのサービスです。…ぜひ、お嬢様に、と」

「まああ!ありがとうございます!」

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