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 そこからの話をまとめると、どうやら田代には今年4歳になる初孫がいて、現在娘と共に田代のもとに身を寄せているらしい。で、どうやら娘の体調が芳しくなく、自分が孫の面倒を見なければならないというのに、私のせいで休みが取れなかったらしい。

 …なるほど?それが動機か。

 私はネグリジェの左ポケットを漁った。先ほどの探検で、キッチンの棚から見つけた()()()()()()()()を取り出す。『律花様 おくすり』とわざわざ明記したあった瓶を見つけたので、中身を少々拝借しておいたのだ。

 その瓶の錠剤と、先ほど右の袖口に入れた錠剤を見比べてみる。確かに見た目はどちらも白い錠剤だが、微妙に大きさが違うし、そもそも明らかに“白さ”の種類が違う。

 白って200種類あるねん。そんな未来の名言を思い出した。

 ちなみに頭の上の天使の輪はというと、お屋敷探検中は静かなものだった。1人、いかにも若い使用人とすれ違った際には何故か二度見されたが、あれは天使の輪ではなく私の存在そのものに驚いているふうだった。多分、引きこもり娘が部屋を出て歩き回っていることに驚いたんだろう。

 朝の田代の様子からしても、この輪を認識できているとは到底思えなかった。人間、どんなに気をつけたところで、普通の人にはない“特徴”…例えば傷や火傷、イボなど…があればつい視線をやってしまうものだ。それが増してや、空中に浮かぶ原理不明の輪ともあれば尚更。多分、この天使の輪に関しては私以外の誰にもこの輪は見えないし、音も聞こえないだろう。


 そんな天使の輪が、唯一反応を見せたのがこの錠剤である。ちなみに、本物のビタミン剤の方は口に含んでみても反応なし。逆に、今朝の錠剤を再び口にしようとすれば即座に反応があった。これはもう、完全に警告としか思えない。

(天のお告げってか?)

 それにしても、いくら切迫した事情があるからって、7歳の子供に毒なんて盛るか、普通?

 実際に藤宮律花が死ぬのはもっと先の未来だから、毒と言っても致死性は無いんだろうが、雇い主の娘に何か盛るというその思考回路がもう最悪。


 よし。とりあえず、田代は追い出そう。


 固く決意した私はお昼まで待って、昼食が運ばれて来たその瞬間に打って出た。

「いたいいたいいたいいたいいたいぃぃ‼︎‼︎」

「律花様‼︎どうされたのですか⁉︎」

 どうされたのですか、じゃねえよ。テメェのせいだろうが。

「いたい‼︎おなかがいたいのー‼︎」

 田代が医者を呼びに行った隙に、私は口に指を突っ込んだ。もちろん吐くためだ。

 やたらピンクでフリフリの枕カバーに発射しようとして、ふと思いとどまった。少し考え、思い切ってシーツと掛け布団にぶちまける。小細工が終わったところで、医者が到着した。

 いや、早くね?5分と経ってないんだけど?

「おそらく、軽い食あたりでしょう。夏には良くあることです」

 医者は、傍に看護師の若い女を携えて現れた。吐瀉物に塗れたベッドに横たわった私は、泣き疲れましたという顔を装ってじっとしているだけで良かった。

「りっちゃん…!りっちゃん、ああ可哀想に…‼︎」

 うるさいのは、後から部屋に飛び込んできた母である。

 藤宮橙子。芸名は確か、美羽ヨウコ。

 現時点で息子の1人は既に成人しているはずなので少なくとも40代。だが、見た目の美しさと華やかさ、何より若々しさに驚いた。もう、肌の輝きからして一般人と違う。

 そして、律花わたしは間違いなく母親似だ。


(痩せよう。絶対に痩せよう。2ヶ月…いや、この夏中にはこの美貌を手に入れてみせる…‼︎)


 娘がそんな誓いを立てているとは知らず、母は涙目を散らしながら医師に詰め寄った。この子は助かるんでしょうかこの子のために私は何ができるでしょうか何でもしますからあありっちゃん治ったら何でも好きなもの買ってあげるから頑張ってお願い‼︎と、今にも娘が死地に向かうかのような言い草である。

「りっちゃん、お母さんがそばにいるから…」

 吐瀉物で汚れた私の手を躊躇なく握るのは娘思いな母親そのものだった。醜い娘を可愛がる、美しい母親。…うん、絵になるな。ドラマのワンシーンのようである。

「あの、それで治療の方は…?」

「お母さん、ただの食あたりですよ。いい機会ですから、当分は過度な食事は控えた方が」

「良かったわねりっちゃん!お注射は無しですって!治ったらまた、美味しいステーキでも食べに行きましょうね!」

「…あの、ですから、過度の食事は…」

 医者の苦笑まじりの声はどこか、頭の悪い動物を哀れむ響きを帯びる。なんか、ごめんね。

愛されてる(甘やかされてる)んだろうなあ、藤宮律花このむすめは)

 医者よ、安心して欲しい。いくら母親が娘にゲロ甘でも、私は私の美しさの為に過度の食事は控えますので。

 つつがなく診察を終え、医者が帰るそぶりを見せたところで私は次の行動に出た。

 わざと大袈裟に咳き込み、ベッドの横のサイドテーブルに縦に並べておいた絵本を()()()()落として見せたのだ。「ああ!りっちゃん!苦しいの…⁉︎」再びドラマの世界に入ってしまった母親の後ろで、看護師の女が散らばった絵本を拾ってくれる。

「あら、これは…?」

「…っあ、それ…わたしのおくすり…」

 女が絵本を拾うついでに摘み上げたのは、私が目につくようあらかじめ落としておいた錠剤だ。

 予想通り、部屋に入ってきた時点では気付いてもらえなかったので、“絵本ドミノ”を仕掛けておいて正解だった。

 本音を言えば、医者の方に気づいて欲しかったのだが、幸いにも目敏い女看護師は私の言葉を聞いて顔色を変えた。

「待って、お嬢さんはこの薬を…?」

「おい、どうしたんだ?」

「先生、ちょっと見てください。この薬なんですが…」

 医者と女看護師はいかにも深刻な顔で何やら話し合ったかと思うと、入口に控えていた田代を振り返った。既に、田代の顔は青ざめている。

 ここでダメ押し、「あさ、おくすりをのむとき、ひとつだけ落としちゃった、ゴメンナサイ」と泣きながら舌足らずに打ち明けてみせれば、もう完璧。

 そこからは早かった。

 女看護師は私の元に残り、医者は田代と母を伴って出ていった。どうやら“大人の話し合い”が開催されたらしい。


 これは全て後から聞いた話だが、私に盛られたのはいわゆる下剤だった。

 ただし、大人用の。


 え、馬鹿なの?


 7歳の子供に大人用の下剤を飲ませるとか何考えてんの?お腹を壊すのはもちろん、ヘタしたら脱水症状を起こすわ。未遂とはいえ、この私に下痢を起こさせようとするとか罪深すぎる。なんて事しやがるんだあの女。

「今日がちょうど往診の日だったから、医者の目の前でお嬢様が体調を崩せば、必然的に世話係として看護()が付き、自分はお暇をもらえると思った」と言うのが田代の弁だ。

 

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