第8話「商工会の洗礼と、地獄のダブルデート」
王都での商売が軌道に乗り始めた矢先、招かれざる客がやってきた。
王都仕立て屋商工会の役員だ。恰幅の良い中年男性で、高そうなスーツを着ているが、その目は値踏みするように私たちを見ていた。
「『セド&エル』さんだね。商工会への入会手続きに来たよ」
「はあ……。会費が高いと聞いていますが」
セドが渋い顔をする。
役員は鼻で笑った。
「王都で商売をするなら、商工会の後ろ盾は必須だよ。それに、君たち……式がまだらしいじゃないか?」
ギクリとした。
役員はニヤニヤしながら続けた。
「夜会で発表しただけで、正式な結婚式を挙げていない。一部では『偽装結婚じゃないか』なんて噂も立っているんだよ」
「そ、そんなわけないでしょう! 準備中なんです!」
私が慌てて否定すると、役員は眼鏡の位置を直した。
「なら、証明してもらおうか。今夜、商工会青年部の会合がある。そこで夫婦円満な姿を見せてもらえれば、噂も消えるだろう」
* * *
夜。私たちは指定されたレストランへ向かった。
青年部の会合には、王都で店を構える若手仕立て屋たちが集まっていた。
その中心に、ひときわ目立つ二人がいた。
「ハニー、あそこのオードブル、君の瞳みたいに輝いているよ」
「まぁ素敵! でもダーリンの笑顔の方がずっと眩しいわ! チュッ!」
金髪の巻き毛の男と、ピンクの髪の女。
二人は人目も憚らず、密着してイチャついている。
「紹介しよう。青年部のエース、ロミイとシリル夫妻だ」
役員が得意げに言った。
「彼らは『愛の仕立て屋』として有名でね。夫婦仲の良さが、そのまま服の魅力になっているんだ。見習いたまえ、これが理想の夫婦像だよ」
ロミイが私たちに気づき、爽やかな笑顔で近づいてきた。
「やあ、君たちが新入りのセドとエルだね? 噂は聞いているよ」
隣にいたシリルが興味津々といった様子で話しかけてきた。
「ねぇエルさん。お二人の馴れ初めを聞かせて? やっぱり運命的な出会いだったの?」
来た。尋問タイムだ。
私は冷や汗を隠して笑顔を作った。
「ええ、まあ……。幼なじみなんですけど、付き合い始めたのは三年前で……」
「三年前! 素敵! きっかけは?」
シリルが目を輝かせて食いついてくる。
セドがすかさず割って入った。
「俺がコンテストで初めて入賞した時です。彼女が一番に祝ってくれて……その笑顔にやられました」
セドはスラスラと(事前に決めた設定を)暗唱した。
ロミイが感心したように頷く。
「なるほど、成功を支える愛か。美しいね。で、プロポーズの言葉は?」
ロミイの目が笑っていない。値踏みするような目だ。
私はセドを見た。彼は一瞬言葉に詰まったが、すぐに私を見つめて言った。
「……『お前の作る服のように、俺の人生を支えてくれ』。……でしたよね?」
「ええ、はい。……とても感動しました」
私は棒読みにならないように必死だった。
シリルが「キャー!」と黄色い声を上げる。
「ロマンチック! ねぇロミイ、私たちも負けてられないわ!」
「そうだねハニー。……いやぁ、君たちの愛の深さには感動したよ! どうだい、今度の日曜にダブルデートしないか?」
私とセドは固まった。
「えっ?」
「素敵! 王都のデートスポットを案内するわ! 新入りの歓迎会も兼ねて、ね?」
「い、いえ、日曜は仕事が……」
私が断ろうとすると、シリルが急に声を潜めて言った。
「実はね……私たち、よく喧嘩するの」
「え?」
「側から見ると仲が良く見えるでしょうけど、結構苦労しているのよ。経営の方針でも揉めるし、それに……夫婦関係もね」
シリルは寂しげに笑った。ロミイも真剣な顔で頷く。
「そうなんだ。君たちはなんか、すごくシャキッとしていて、上手くいっているように見える。実際、店の評判も上々だしね」
「だから、相談に乗ってほしくて。……そんな時、お二人はどうしているのかしら?」
ロミイとシリルは、縋るような目で私たちを見ていた。
私たちは顔を見合わせた。
まさか、あのバカップルだと思っていた二人が、そんな悩みを抱えていたなんて。しかも、私たちを「理想の夫婦」だと思って相談してくるなんて。
……これは、断れない。
「……分かりました。私たちで良ければ」
私たちは引きつった笑顔で頷くしかなかった。
偽装結婚の私たちが、本物の夫婦の相談に乗る。
これ以上の皮肉があるだろうか。
* * *
そして日曜日。
待ち合わせ場所の噴水広場に現れたロミイとシリルは、衝撃的な姿だった。
全身お揃いのペアルック。しかもハート柄だ。
「やあ! 待たせたね!」
「今日は楽しみましょうね!」
私とセドは、リアに選ばれた「なんとなく色味が似ている服」を着ていたが、彼らの前では霞んで見えた。
デートコースは地獄だった。
遊園地で観覧車に乗り、カフェで一つのパフェを二人でつつき、公園でボートに乗る。
その間、ロミイとシリルはずっとイチャイチャしていた。
「ほら、エルさんたちも! 『あーん』してあげなよ!」
カフェでシリルに急かされ、私は震える手でスプーンをセドの口に運んだ。
「……はい、あなた」
「……んぐっ。う、美味いな」
セドの顔が赤い。私も赤い。羞恥心で死にそうだ。
一息ついたところで、ロミイが切り出した。
「それでね、実は昨日も喧嘩しちゃって……。シリルが『デザインが古臭い』って言うんだよ」
「だって本当のことじゃない! もっと流行を取り入れないと!」
「流行ばかり追っていたら、ブランドの個性が死んでしまう!」
二人の空気が険悪になる。これが「よく喧嘩する」というやつか。
ロミイがため息をついて私を見た。
「エルさんたちは、意見が食い違った時、どうやって仲直りしてるんだい?」
どうやって?
私たちはそもそも意見が合ったことがないし、喧嘩しても自然と(仕事のために)元に戻っているだけだ。
でも、そんなこと言えない。
私はええい、ままよ! と大見得を切った。
「愛が全てを修復します!」
セドが「ブッ!」とコーヒーを吹き出しそうになった。
「おいバカ、何言って……」
「どんなに喧嘩しても、根底に愛があれば大丈夫なんです! 言葉なんていりません! ただ見つめ合えば、分かり合えるんです!」
私はセドをジッと見つめた。(余計なこと言うな、と目で訴えながら)
セドは引きつった顔で頷くしかなかった。
「……あ、ああ。そうだな。愛は偉大だ」
しかし、ロミイは困ったように眉を下げた。
「愛、かぁ……。でも、喧嘩してる時って、どうしてもそんな気になれないものだろう? 顔を見るのも嫌になったりしてさ。……エルさんは、そうではないの?」
鋭い。
確かに、私もセドと喧嘩した時は「顔も見たくない」と思う。でも、私たちは夫婦じゃないから、それで済む。
でも、彼らは違う。逃げ場のない関係で、どうやって愛を維持するのか。
私は少し考えて、言葉を選んだ。
「……そんな気になれない時は、『相手の作った服』を見ます」
「服?」
「はい。顔を見るのが嫌でも、その人が作った服を見れば……どれだけ真剣に仕事をしているか、どれだけ相手のことを考えて縫っているか、伝わってくるから」
私はセドの着ているシャツを見た。彼が自分で仕立てた、完璧なシルエットのシャツ。
ムカつく男だけど、その腕だけは尊敬している。だから、一緒にいられるのだ。
「服を見れば、その人の『核』が見えます。そうすれば……まあ、許してあげようかなって思えるんです」
ロミイとシリルは、ハッとした顔をした。
「服を見る……。そうか、僕たちは職人だったね」
「ダーリンの作る服、私大好きよ。……ごめんなさい、私、意地を張ってたわ」
「ハニー! 僕もだよ!」
二人はガバッと抱き合った。カフェの中心で。
周囲の客がギョッとして見ている。
「……解決したみたいだな」
「……うん。半分は本音だけどね」
私たちは脱力した。
すると、セドが不満げに口を尖らせた。
「……バカ」
「え?」
「お前は俺の服しか見てないくせに! 俺自身を見ろよ!」
セドは子供のように拗ねている。
私は呆れてため息をついた。
「はいはい。あんたの顔も見てるわよ。……無駄に整ってるし」
「ふん。当然だ」
機嫌を直すのが早い。単純な男だ。
しかし、ふとした瞬間に彼らの意外な一面を見た。
公園のベンチで休憩している時、ロミイが真剣な顔でシリルに話しかけていた。
「……あの生地の配合だけど、もう少し絹を増やした方がいいと思うんだ」
「でもダーリン、それだと強度が落ちるわ。裏地に補強を入れるのはどう?」
「なるほど、君の言う通りだ。さすがだよ」
二人は仕事の話をしていたのだ。そこには甘い空気はなく、互いをプロとして尊重する信頼関係があった。
セドもそれに気づいたようで、少し驚いた顔をしていた。
「……ただのバカップルじゃねえんだな」
「ええ。ちゃんとパートナーなのね」
* * *
夕暮れ時。
私たちは解散することになった。
「楽しかったよ! 君たちもいい夫婦だね」
ロミイがニカっと笑った。
「少し不器用だけど、お互いを信頼しているのが伝わってきたよ。……お幸せにね」
彼らは手を繋いで去っていった。
私たちは疲れ果てて、その場に立ち尽くしていた。
「……死ぬかと思った」
「……俺もだ」
セドがげっそりしている。
でも、商工会の疑惑は晴れたようだ。
「でも、あの二人……ちょっと羨ましかったかも」
「は? 正気か?」
「あんな風に、仕事の話も対等にできる関係ってことよ!」
私たちは文句を言い合いながら、家路についた。
繋いだ手は、来る時よりも少しだけ自然に握り返されていた。
王都の夜風が、火照った頬を冷やしてくれた。




