第30話「帰還と号外、最強の布陣」
火の谷での滞在を終え、私たちは王都に戻ってきた。
久しぶりの我が家だ。
しかし、城門をくぐった瞬間、私たちは異様な熱気に包まれた。
「号外だー! 号外ー!」
「姫様がご結婚なされたぞー!」
「両国国境に『合同経済特区』設立決定!」
街中が沸き立っていた。
人々が新聞を奪い合い、歓声を上げている。
セドが一枚の号外を受け取り、目を通した。
「……マジかよ」
「どうしたの?」
「見ろ、これ」
セドが指差したのは、紙面の下半分に掲載された地図だった。
そこには、両国の国境付近を大きく囲む赤いラインが引かれている。
『合同経済特区』の予定地だ。
そして、その範囲の中には――。
「……嘘」
私は息を呑んだ。
見慣れた地形。懐かしい川の流れ。
そこには、私たちの故郷である「田舎の商店街」が含まれていたのだ。
「あの寂れた商店街が、特区の中心になるってのか……?」
「関税なしの自由貿易都市……。新しい技術や文化が、あそこに集まるわ!」
ルネが目を輝かせる。
故郷が、世界を変える中心地になる。
その予感に、胸が高鳴った。
店に戻ると、既に王宮からの使いが待っていた。
私たちは荷物を置く間もなく、王宮へと向かった。
***
謁見の間には、イリシアーナ姫と、その隣にアーロン王子が並んで座っていた。
二人の薬指には、お揃いの指輪が輝いている。
「よく戻ってきてくれたわね」
姫は晴れやかな笑顔で私たちを迎えた。
「号外は見たかしら? あなたたちの故郷を、特区として再開発することになったわ」
「はい、驚きました」
「そこで、あなたたちにお願いがあるの」
姫は身を乗り出した。
「特区の成功には、あなたたちの力が必要なの。……セド、エル、ルネ。あなたたちを、特区開発の『技術顧問』として迎えたい」
技術顧問。
それは、国を動かすプロジェクトの中枢に関わるということだ。
「もちろん、タダとは言わないわ。……特区の一等地に、あなたたちのための拠点を用意したの」
姫が合図をすると、従者が一枚の図面を広げた。
そこには、広大な敷地に建つ屋敷と、最新鋭の研究施設、そして――。
「……工場?」
私が呟くと、姫は頷いた。
「ええ。エルの夢だったでしょう? 『服の量産化』。……それを実現するための、最新鋭の縫製工場よ」
夢が、現実になろうとしている。
私は震える手で図面を見つめた。
しかし、工場を動かすには、現場を指揮する責任者が必要だ。私一人では手が回らない。
「ご安心なさい。工場長には、適任者をスカウトしておいたわ」
扉が開いた。
入ってきた人物を見て、私たちは目を疑った。
「……よう。久しぶりだな、若造ども」
腕を組み、不敵に笑う男。
かつてコンテストで競い合ったライバル、ガストンだった。
「ガストンさん!? なんでここに!?」
「姫様に頼まれてな。……量産なんて邪道だと思ってたが、お前らの作る『生活の服』なら、手伝ってやってもいいと思ったのさ」
ガストンは鼻を鳴らした。
「勘違いするなよ? 俺は工場長だ。品質管理は徹底的にやる。……半端なもん作ったら、即刻ラインを止めるからな」
「……望むところです!」
セドがニヤリと笑い返した。
企画のセド、縫製の私、素材のルネ、そして製造のガストン。
最強の布陣だ。
***
その夜、私たちは王宮の一室で祝賀会を開いた。
豪華な料理とワインが並び、話は尽きない。
特区での新商品、工場のライン設計、ルネの研究計画。
未来への希望で、誰もが酔いしれていた。
ふと、ガストンがワイングラスを揺らしながら、私とセドを見た。
「……しかし、お前ら」
「はい?」
「仕事の息はぴったりだが……夫婦としてはどうなんだ?」
ブフッ!
セドがワインを吹き出した。
私も心臓が止まりそうになる。
「え、いや、その……順調、ですけど……」
「ほう? 順調ねえ」
ガストンはジロリと私たちを値踏みし、そしてニヤリと笑った。
「……奥手だな」
図星だった。
何も言い返せず、顔を赤くして俯く私たちを見て、ルネがクスクスと笑い出した。
「やっぱり? 私もそう思ってたのよ〜」
「ルネ! あんたまで!」
「だってぇ、見てれば分かるもん」
ルネは呆れたようにため息をつき、セドを指差した。
「ちょっとセドぉ! まだ押し倒してなかったの!?」
「ぶっ!!」
「信じられない! こんな可愛い奥さん貰っといて、何年待たせる気!? 男の責任でしょ!」
「お、お前なぁ……!」
「バルドを見習いなさいよ! 初日から全力だったわよ!?」
「やめろ! その情報は要らねえ!」
「とにかくね、セド。こうするの!」
ルネはセドの耳元に顔を寄せ、内緒話をするように手を添えた。
「『可愛いよ』って言って、しばらく抱きしめていれば……あとはなんとかなるから! がんば!」
「……っ!」
セドは茹でダコのように赤くなり、そしてチラリと私を見た。
その視線に、私も心臓が跳ねる。
「……覚えとく」
セドがボソリと呟いたのが聞こえて、私は思わず顔を伏せた。
「き、聞こえてる! 聞こえてるってば!」
私は慌てて叫んだ。
まるで公開処刑だ。これじゃあ、次にセドが私を抱きしめた時、「あ、実践したな」ってバレバレじゃないか。
ルネはバルドに寄りかかり、幸せそうに微笑んだ。
ガストンも、ワイングラスを傾けながら、呆れたように、けれどどこか微笑ましそうに私たちを見守っている。
全員の視線が、温かく、そして少しだけからかうように私たちに注がれる。
「……うるせえな。これからだよ、これから」
セドがボソリと言い、私の手をテーブルの下でこっそりと握った。
その手は熱く、少し汗ばんでいた。
私は握り返し、小さく頷いた。
新しい街。新しい仕事。
そして、少しずつ進んでいく私たちの関係。
新しい日々の幕開けは、賑やかで、そして最高に幸せな予感に満ちていた。
さて、まずは工場の稼働だ。
ガストン工場長のスパルタ指導に、ルネの暴走発明、そしてセドとの「夫婦らしい」時間。
やることは山積みだ。
私は気合を入れ直し、新しい一歩を踏み出した。




