第29話「若き母と、吟遊詩人のヒモ生活(?)」
式の後、私たちはバルドの実家に招かれた。
火の谷の奥まった場所にある、石造りのこじんまりとした家だ。
扉を開けると、そこには予想外の人物が待っていた。
「あら〜! いらっしゃい! よく来たわねえ!」
エプロン姿で出迎えてくれたのは、若くて美しい女性だった。
艶のある黒髪に、ハリのある肌。どう見てもバルドの姉にしか見えないが、彼女こそがバルドの母親だという。
「母ちゃん、客だ。……俺の嫁さんと、その友達」
「まあ! こんな可愛いお嫁さんをもらうなんて、あんたやるじゃない!」
お母さんはルネの手を取り、ブンブンと振った。
「初めまして! ルネです!」
「いい子ねえ! 肌ツヤもいいし、幸せオーラが出てるわ! ……バルド、あんた頑張ってるのね」
お母さんは意味深にニヤリと笑った。
「……うるせえよ」
バルドがバツが悪そうに顔を背ける。
この母にしてこの子あり、といった感じだ。
食卓には、火の谷特有の豪快な料理が並んだ。
肉の塊焼き、香辛料の効いたスープ。どれも絶品だ。
私たちは舌鼓を打ちながら、二人の今後について話を聞いた。
「それで、これからどうするの? 王都に戻るの?」
私が尋ねると、ルネはフォークを置いて、キリッとした顔で宣言した。
「ええ! 私、これからもっと稼ぐわ!」
「稼ぐ?」
「そう! バルドを世界一の吟遊詩人にするために、私が全力で支えるの!」
ルネの鼻息が荒い。
彼女は「燃えない布」の開発者であり、その特許料だけでも相当な収入があるはずだ。
それを、バルドのために使うというのか。
「バルドには、歌に集中してほしいの。生活費とか、活動資金とか、そういうのは私が全部出すから! パトロン兼、妻として!」
「……おいおい」
バルドが苦笑いした。
「情けねえ話だが……今の俺は、完全にルネに食わせてもらってる状態でな」
「あら、いいじゃない。愛されてる証拠よ」
お母さんが笑い飛ばす。
しかし、私は少し心配になった。
「ルネ、それでいいの? バルドのプライドとか……」
「いいの!」
ルネは即答した。
そして、もじもじと体をくねらせ、頬を染めた。
「だって……バルドのおかげで、私すごく気持ちが安定してるし……その、相性もいいし……」
「……相性」
「うん。……だから、私は幸せなの。バルドのためなら、いくらでも働けるわ!」
……なるほど。
昨夜の「熱唱」を思い出し、私は納得した。
精神的にも肉体的にも満たされているからこそ、彼女はこれほどまでにパワフルになれるのだ。
愛の力、恐るべし。
ふと、隣を見た。
セドが複雑な顔でビールを煽っている。
男として、妻に養ってもらうという状況をどう思っているのか。羨ましいのか、情けないのか。
「……セド」
「……なんだ」
私は冷ややかな目で彼を見据えた。
「あんた……」
「……?」
「私は支えないからね? 自分の食い扶持くらい、自分で稼ぎなさいよ」
セドが吹き出しそうになった。
「お、おおう……! 当たり前だろ! 誰がヒモになるか!」
「ならいいけど。……ルネみたいに甘くないからね、私は」
「分かってるよ! 俺だって男だ、お前くらい養ってやるよ!」
売り言葉に買い言葉。
でも、その言葉に少しだけドキッとしたのは内緒だ。
「あーあ、ごちそうさま」
バルドが呆れたように笑った。
「お前らも相変わらずだな。……ま、俺たちは俺たちで、うまくやってくよ」
「そうね! だからエル、王都に戻ったらバリバリ働くわよ! 新商品のアイデアがあるの!」
ルネが目を輝かせた。
「火の谷の鉱石を使った、新しいアクセサリー! それに、バルドの歌をイメージしたドレス! 絶対売れるわ!」
彼女の頭の中は、もう次のビジネスでいっぱいのようだ。
たくましい。
この夫婦、案外最強のコンビなのかもしれない。
暖炉の火がパチパチと爆ぜる。
賑やかな笑い声が、夜更けまで響いていた。




