第26話「届いた手紙と、誤解から生まれた尊敬」
ルネたちが旅立ってから、一ヶ月が経った。
工房には、今日もミシンの音が響いている。
私はセドが作った「無駄に可愛い作業着」を着て、裾のフリルを気にしながらペダルを踏んでいた。最初は恥ずかしくて死にそうだったが、慣れとは恐ろしいもので、今ではこれが私の戦闘服だ。
対するセドは、私が作った「頑丈な作業着」を着て、織り機に向かっている。ポケットの位置や生地の厚さなど、実用性を極めた一品だ。
お互いに相手が作った服を着て仕事をする。
傍から見れば、仲睦まじい夫婦そのものだろう。中身は相変わらずの商売敵だが。
その時、窓から一羽の鳥が飛び込んできた。
伝書鳩だ。足に小さな筒がついている。
セドが手を止め、鳥から筒を外した。
「……ルネからだ」
「本当!? 元気にしてるかな」
私は椅子から飛び起き、セドの隣に駆け寄った。
セドが封を開け、羊皮紙を広げる。
そこには、ルネらしい几帳面な文字がびっしりと並んでいた。
『拝啓、エル、セド。元気にしてる?
私たちは今、バルドの故郷である「火の谷」にいます。ここはすごいわ! 見たこともない鉱石がゴロゴロ転がってるの!』
冒頭は、旅の報告だった。
珍しい景色、美味しい食べ物、そしてバルドの歌が故郷の人々に歓迎されたこと。
楽しそうな様子が伝わってきて、私は自然と笑みがこぼれた。
しかし。
手紙の中盤から、雲行きが怪しくなってきた。
『……でね、報告があります。
私たち、ここで結婚式を挙げることになりました!』
「はあぁぁ!?」
私とセドの声が重なった。
一ヶ月で結婚式? 早すぎないか?
しかし、続きを読んで、私たちは絶句した。
『毎日が、愛の実験です。
心拍数の上昇、体温の変化、ドーパミンの過剰分泌……全てが未知のデータで、夜も眠れません。
バルドってば、私の研究熱心さに火がついたみたいで、毎晩すごいんです。
正直、私はもう、昼の研究は諦めました。……腰が立ちません』
シーン、と工房が静まり返った。
私は顔から火が出るのを感じた。
腰が、立たない。
なんてことを書いて寄越すんだ、あの子は。
「……おい」
セドが震える声で言った。
「バルドの野郎、加減を知らねえのか……」
「そ、そこじゃないでしょ! 何よこれ、生々しすぎるわよ!」
私は手紙を放り投げたくなったが、最後の一文が目に飛び込んできた。
『でも、エルはずるい!
こんなすごいこと、ずっと隠してたなんて!
セドと毎日こんなことしてるの!? よく平気な顔で仕事できるわね!?
私、素直に感心してます。あなたたちの体力と精神力、尊敬に値するわ。
今度会ったら、先輩として「両立のコツ」とか教えてください!
式には絶対来てね! 待ってます!』
……終わった。
私は手紙を持ったまま、石のように固まった。
尊敬。感心。先輩。
全ての言葉が、鋭利な刃物となって突き刺さる。
ルネの中で、私たちは「毎晩激しい営みをしているのに、涼しい顔で仕事もこなす絶倫夫婦」になっている。
「……誤解だ」
セドが呻くように言った。
彼は顔を背け、耳まで真っ赤にしていた。
「とんでもねえ誤解だ……。俺たちは、指一本触れてねえってのに」
「……そうね」
私は乾いた笑いを漏らした。
否定したい。全力で否定したい。
でも、否定したら「偽装結婚」だとバレてしまうかもしれない。
いや、それ以前に。
「……セド」
「……なんだ」
「そっか、忘れてたけど……」
私は自分の指輪を見つめた。
「私たちって、そういう目で見られてたんだね」
夫婦だもの。
周りから見れば、夜も一緒で当たり前。
ルネのような想像をされるのは、むしろ自然なことなのだ。
その事実に改めて気づいた瞬間、急に部屋の空気が変わった気がした。
セドの視線を感じる。
彼もまた、私を「そういう対象」として意識しているのだろうか。
「……まあ、夫婦だからな」
セドはぶっきらぼうに言い、手紙を机に置いた。
その手つきが、少し乱暴だったのは照れ隠しだろうか。
「……行くぞ、エル」
「え?」
「式に出るんだろ? それに、このままじゃ俺たちが『絶倫夫婦』として伝説になっちまう。……誤解を解きに行くぞ」
「……そうね。行かなきゃ」
私は頷いた。
あの子が廃人になる前に止めなきゃいけないし、私たちの名誉(?)も守らなきゃいけない。
何より、この気まずい空気のまま工房に二人きりでいるのは、心臓に悪い。
「準備するわ。……店は、しばらく休業ね」
私たちは慌ただしく旅支度を始めた。
目指すは「火の谷」。
そこには、幸せな結婚式と、とんでもない誤解が待っている。
私たちの「新婚旅行(二回目)」は、波乱の幕開けとなりそうだ。




