第19話「歌う炎と、燃えないドレス」
その日、ルネは上機嫌で店にやってきた。
隣には、なぜかバルドがいる。
「聞いてよエル! バルドってばすごいのよ!」
「……なんだよ、藪から棒に」
バルドはバツが悪そうに頭を掻いている。
話を聞くと、二人は街で「実験材料の買い出しデート(ルネ談)」をしていたらしいのだが、そこでちょっとしたトラブルに巻き込まれたという。
「路地裏でね、ガラの悪い連中に絡まれたの。私が持ってた希少金属を狙って」
「うわ、危ないじゃない」
「でしょ? でもね、バルドが追い払ってくれたの! 魔法で!」
魔法?
私とセドは顔を見合わせた。
バルドが魔法を使えるなんて初耳だ。
「……おいバルド。お前、魔法使いだったのか?」
「いや、そんな大層なもんじゃねえよ」
バルドはリュートの弦を弾いた。
「旅の吟遊詩人なんてやってるとよ、色んな場所でトラブルに遭うんだわ。酔っ払いの喧嘩とか、盗賊とか、魔物とかな」
「……ああ、なるほど」
「自分の身と楽器を守るために、見よう見まねで覚えただけだ。……ま、ちょっとした火遊び程度さ」
バルドは謙遜するが、ルネの目は輝いている。
「火遊びなんてレベルじゃないわ! あの熱量、指向性……完璧な火炎魔法だった! ねえバルド、もう一回見せて!」
「ここでか? 店が燃えるぞ」
「大丈夫! 中庭でやりましょう! ……ちょうどいい『実験台』があるし」
ルネはニヤリと笑い、セドの方を見た。
セドも察したようで、ニヤリと笑い返した。
「……なるほどな。耐久テストか」
***
私たちは中庭に移動した。
中央には、ルネが開発した「完全耐火・耐魔繊維」で作られたドレス(試作品)を着せたマネキンが立っている。
「いいかバルド。あのドレスに向かって、思いっきり魔法を放て」
「はあ? 燃えちまうぞ? せっかく作ったのに」
「燃えないから実験なんだよ。……全力で頼む」
セドの真剣な目に、バルドも覚悟を決めたようだ。
彼はリュートを構え、深呼吸をした。
「……知らねえぞ。後で泣いても」
ジャラ〜ン♪
バルドが弦を掻き鳴らす。
空気がビリビリと震えた。
「♪〜 燃え上がれ 紅蓮の華よ
その熱で 全てを灰に〜 ♪」
歌声と共に、彼の手元から炎が噴き出した。
最初は小さな火の玉だったが、歌が盛り上がるにつれて、それは巨大な炎の蛇へと変わっていく。
熱い。離れて見ている私たちまで熱風が届く。
「……すげえ」
セドが呟く。
ただの護身用? 嘘だ。これは軍隊レベルの火力だ。
炎の蛇は生き物のようにのたうち回り、マネキンに襲いかかった。
ゴオオオオッ!!
紅蓮の炎がドレスを飲み込む。
視界が真っ赤に染まる。
これでは、跡形もなく燃え尽きてしまう――そう思った。
しかし。
「♪〜 ……消え失せろ〜 ♪」
バルドが最後のフレーズを歌い終え、炎が霧散した。
煙が晴れる。
そこには――。
「……嘘だろ」
バルドが目を見開いた。
マネキンは無傷だった。
ドレスは煤一つついておらず、むしろ炎の熱を受けて、より一層艶やかに輝いているようにさえ見えた。
「……ふふん! 見たか!」
ルネがガッツポーズをする。
「私の計算に狂いはないわ! この繊維は熱エネルギーを吸収して、光に変換する性質があるの! どんな業火も、このドレスにとってはただの照明よ!」
セドが駆け寄り、ドレスに触れる。
熱くない。
「……完璧だ。これなら、王都コレクションで勝てる」
セドは確信に満ちた顔で言った。
「バルド。お前、ショーに出ろ」
「は?」
「演出だ。ランウェイでこの炎を使え。……燃え盛る炎の中を、涼しい顔で歩くモデル。これ以上のインパクトはない」
バルドは呆れたように笑った。
「……お前ら、本当にイカれてるな。……ま、面白そうだから乗ってやるよ」
最強の布陣が整った。
デザインのセド、縫製の私、素材のルネ、そして演出のバルド。
私たちは顔を見合わせ、笑い合った。
その横で、ルネがバルドの袖をちょんと引っ張った。
「……ありがと。かっこよかったわよ」
小声で言うルネの顔は、炎の照り返し以上に赤かった。
バルドは「おう」と短く答え、照れ隠しにリュートを鳴らした。
春が来ている。
季節外れの熱風と共に、私たちの恋も、仕事も、大きく動き出そうとしていた。




