第16話「秘密の密会と、路地裏の危機」
最近、セドの様子がおかしい。
「……ちょっと出かけてくる」
昼下がり。セドはまた、そそくさと上着を羽織った。
行き先も告げず、スケッチブックだけを持って。
「どこ行くの? 今日は生地の在庫確認をする予定でしょ?」
「あー……悪い。あとでやる。急用なんだ」
セドは私の目を見ずに、逃げるように店を出て行った。
これで三日連続だ。
店に残された私は、積み上がった伝票を見つめてため息をついた。
「……何よ、コソコソして」
私たちは「王都コレクション」への参加を決めたばかりだ。
資金を作るために「既製服」を売るという私の提案に、セドは最初は反対していたが、最終的には「考えておく」と言ってくれた。
それなのに、肝心の彼がこれでは話が進まない。
「……まさか」
嫌な予感が胸をよぎる。
私はエプロンを外し、彼の後を追うことにした。
* * *
王都の大通り。
人混みの中で、セドの背中を見つけるのは簡単だった。彼は無駄に姿勢が良いし、歩き方に特徴があるからだ。
しかし、彼は一人ではなかった。
「……嘘」
隣にいたのは、ルネだった。
しかも、今日のルネはいつもの白衣ではない。
シンプルだが、とても可愛らしいクリーム色のワンピースを着ている。髪も綺麗にセットされ、いつもの瓶底メガネではなく、華奢なフレームのおしゃれなメガネをかけている。
まるで、デート中のカップルのように見えた。
「ねえセド、ここのラインはどうなってるの?」
「そこはバイアスで処理してる。伸縮性を持たせるためにな」
二人は楽しそうに話している。距離が近い。
セドがルネの服の裾を触り、何かを確認している。ルネもそれを自然に受け入れている。
ズキン、と胸が痛んだ。
「……なによ、あれ」
あんな服、見たことない。
セドが作ったの? ルネのために?
私には「既製服なんて服じゃねえ」とか言っておきながら、ルネにはあんなに可愛い服を作ってあげて、デートまでして……。
「……バカみたい」
私は唇を噛み締めた。
仕事のパートナーとしても、女性としても、私はルネに敵わないのか。
惨めな気持ちが込み上げてくる。
私は二人の背中に背を向け、反対方向へと走り出した。
* * *
気がつくと、私は下町の市場にいた。
賑やかな声。雑多な匂い。
私は寂しさを紛らわせるように、仕事に没頭しようとした。
「……いいわ。セドがいなくたって、私一人でやってやる」
既製服の素材を探すんだ。安くて、でも肌触りのいい生地を。
私は市場の奥へ、奥へと進んでいった。
そこは、正規の店ではなく、怪しげな露店が並ぶエリアだった。
「お嬢ちゃん、いい生地あるよ」
声をかけてきたのは、金歯を光らせた小太りの男だった。
「最高級のシルクだよ。今なら特別に安くしとくぜ」
男が広げた布を見る。
一見すると綺麗だが、触れば分かる。化学薬品で無理やり光沢を出しただけの、粗悪品だ。洗えばすぐにボロボロになるだろう。
「……いりません。これ、シルクじゃないでしょ」
「ああん? イチャモンつける気か?」
男の態度が急変した。
周りから、ガラの悪い男たちが集まってくる。囲まれた。
「商売の邪魔しやがって。……落とし前つけてもらおうか」
「金がないなら、その体で払ってもらう手もあるぜ?」
男の手が伸びてくる。
怖い。足がすくんで動けない。
セド……!
心の中で彼の名前を呼んだ。でも、彼は今頃、ルネと楽しくデートしているはずだ。助けに来てくれるはずがない。
「……やめて!」
私が叫んだ、その時だった。
「その汚い手を離せ!!」
怒号が響いた。
男たちが振り返る。
そこに立っていたのは、息を切らし、髪を振り乱したセドだった。
「セド……!?」
「テメェら……俺のパートナーに指一本でも触れてみろ。この市場ごと潰してやるぞ!」
セドの気迫に、男たちがたじろぐ。
しかし、リーダー格の男がナイフを取り出した。
「なんだ優男か? 痛い目見たくなかったら……」
セドは一歩も引かなかった。
彼は懐から、一枚の布を取り出した。
「お前らの売ってるゴミとは違う。……これが『本物』だ!」
セドが布を広げる。
それは、夕日を浴びて真珠のように輝いた。
男たちが目を奪われるほどの美しさ。
「……なんだ、その布は」
「俺たちが作った、最強の合成繊維だ! お前らの粗悪品なんざ、これの前じゃ雑巾にもなりゃしねえ!」
セドは私に駆け寄り、肩を抱いた。
「行くぞ、エル」
「え、ちょっ……」
セドは私を抱えたまま、全速力で走り出した。
男たちは呆気にとられて、追ってくることさえ忘れていたようだった。
* * *
安全な大通りまで逃げてきて、私たちはようやく足を止めた。
セドは膝に手をついて、荒い息を吐いている。
「……はぁ、はぁ……無事か、エル」
「……うん。……ありがとう」
私は安堵と同時に、怒りが込み上げてきた。
「……なんで来たのよ。ルネと一緒だったんじゃないの?」
「は?」
「見たわよ! 二人で楽しそうに歩いてたじゃない! あんな可愛い服まで着せて……!」
涙が溢れてきた。
セドは驚いた顔をして、それからバツが悪そうに頭を掻いた。
「……見たのか。……ちっ、サプライズにするつもりだったのに」
「サプライズ?」
セドは私に、さっきの布を手渡した。
触れてみる。滑らかで、強くて、温かい。
「これ……」
「ルネと共同開発した新素材だ。安価で、丈夫で、でも美しい。……お前が言ってた『既製服』を作るためのな」
私は目を見開いた。
「え……?」
「ルネが着てた服は、その試作品だ。着心地と耐久性のテストをしてたんだよ」
セドはそっぽを向いて言った。
「お前、『既製服』やるって言ったろ。……俺のデザインを乗せるなら、最高の素材じゃなきゃ嫌だ。だから開発してたんだよ」
全部、私のためだったの?
ルネとの密会も、あの服も、全部……私の夢を叶えるため?
胸が熱くなる。
でも、セドは急にモジモジし始めた。
「……で、だ。エル」
「何?」
「その……素材はできたんだが……」
セドは視線を泳がせた。
「……量産するためのパターン(型紙)が、うまくいかねえんだ」
「え?」
「一点物なら完璧に作れる。でも、サイズ展開をして、誰が縫っても同じ形になるようにするには……どうすればいいんだ?」
セドは顔を真っ赤にして言った。
「……教えてくれ。お前の知識が必要なんだ」
私はポカンとした。
そして、プッと吹き出した。
「……なによそれ」
「わ、笑うな!」
「だって! 散々コソコソして、私を不安にさせておいて、結局最後は泣きついてくるの? ダサすぎ!」
私は涙を拭いながら笑った。
でも、悪い気はしなかった。
この天才職人が、プライドを捨てて私に頭を下げているのだ。
「……ふん。教えてあげてもいいけど?」
「……頼む」
「じゃあ、これからは隠し事なしね。ルネと会う時も、私を通すこと!」
「……分かったよ」
セドは不貞腐れたように言ったが、その耳は赤かった。
私は彼の手を取った。
「……心配させないでよ、バカセド」
「悪かったって言ってるだろ!」
セドは私の手を握り返した。
その手は震えていた。彼も怖かったのだ。私が傷つけられるかもしれないと思って。
そして、私に嫌われるかもしれないと思って。
「……これからは二人で作るぞ。……俺たちだけの『新しい時代』の服をな」
セドの言葉に、私は大きく頷いた。
夕暮れの中、彼の手の温もりだけが、私の心を満たしていた。
もう、迷わない。
この人と一緒なら、どんな服だって作れる気がした。




