第15話「錬金術師の変身と、隠された美貌」
その日、店にやってきたルネは、いつになく挙動不審だった。
「……あのさ、相談があるんだけど」
彼女はカウンターの隅でモジモジしている。いつもの白衣には謎の薬品のシミがついているが、表情は真剣そのものだ。
「どうしたの? また実験室が爆発した?」
「違うわよ! ……その、服のこと」
ルネは深呼吸をして、意を決したように言った。
「私に……『可愛い服』を作ってくれない?」
私とセドは顔を見合わせた。
そして同時に叫んだ。
「「はあ!?」」
「可愛い服って……お前がか?」
「失礼ね! 私だって女の子よ!」
ルネが頬を膨らませる。
事情を聞くと、来週行われる「王都錬金術ギルド」の設立記念パーティーに出席しなければならないらしい。
普段は研究室に引きこもっている彼女だが、今回は若手のホープとしてスピーチを頼まれているのだとか。
「みんなドレスアップしてくるらしいの。私だけ白衣だと浮くし……それに」
ルネは俯いた。
「……私、こういう見た目でしょ? どうせ何着ても似合わないし、フラスコと結婚した女って言われてるし……。でも、一度くらいは……その、お姫様みたいになってみたくて」
消え入りそうな声。
それは、彼女が初めて見せた「乙女心」だった。
セドがバン! とカウンターを叩いた。
「……言ったな?」
「え?」
「『お姫様みたいになりたい』。その言葉、俺が預かった」
セドの青い瞳がギラリと光る。職人のスイッチが入った音だ。
「素材を活かせない服などない。お前を会場で一番の華にしてやる。……覚悟しろよ」
* * *
制作は真剣勝負だった。
デザインはセドの独壇場だ。ルネの華奢な体型を活かす、パステルブルーのAラインドレス。フリルとレースをふんだんに使い、少女のような可憐さを演出する。
問題は素材だ。
「ルネ、お前が前に試作してた『合成シルク』はあるか?」
「え? あるけど……あれ、まだ強度の実験中で……」
「強度はいい。あの光沢と、しなやかさが欲しいんだ」
セドはルネが持ってきた布を手に取り、光にかざした。
それは本物のシルクよりも強く、そして水のような透明感を持っていた。
「これだ。これなら、繊細なドレープが出せる」
「でも、汚れやすいんじゃ……」
「そこは私が加工するわ」
私が口を挟んだ。
表面に薄く撥水加工を施せば、パーティーでのちょっとした汚れなら弾けるはずだ。
私たちは、ルネの願いを叶えるために全力を尽くした。
「完璧だ……」
完成したドレスを見て、私たちは満足げに頷いた。
* * *
そして、試着の日。
私はルネを奥の部屋へ連れて行き、徹底的に磨き上げた。
ボサボサの髪を洗い、トリートメントで艶を出し、ハーフアップに結い上げる。
肌には薄く化粧を施し、血色を良くする。
そして最後に。
「ルネ、そのメガネ外して」
「え? でも見えないわよ?」
「いいから」
私は彼女の分厚い瓶底メガネを外した。
カーテンを開ける。
「……お待たせ」
店で待っていたセドが、持っていたコーヒーカップを取り落としそうになった。
「……は?」
そこに立っていたのは、ルネであってルネではなかった。
透き通るような白い肌。長い睫毛に縁取られた、宝石のような瞳。
整った鼻筋と、桜色の唇。
パステルブルーのドレスを纏った彼女は、深窓の令嬢……いや、物語から抜け出してきた妖精そのものだった。
「……誰だこれ」
「ルネよ。……嘘でしょ、こんなに美人だったの?」
私も絶句した。
メガネと髪型で隠されていただけで、彼女はとんでもない原石だったのだ。
ルネは鏡の前でおっかなびっくり自分の姿を見た。
「……これ、私? なんか……変じゃない?」
ルネが不安そうにセドを見る。
セドは口を半開きにして固まっていたが、ハッとして姿勢を正した。
「い、いえ……変ではありません。……とても、お綺麗です」
敬語!?
私は耳を疑った。あの俺様セドが、ルネ相手に敬語?
「え? セド、どうしたの?」
「あ、いや……その、あまりにも完成度が高くて……つい」
セドは顔を赤くして視線を泳がせている。直視できないらしい。
ルネが少し首を傾げて近づくと、セドは後ずさった。
焦点があっていない瞳が、破壊的にカワイイ。
「ル、ルネ様、ち、近寄らないでください。……眩しいので」
「???」
何よそれ。
私は胸の奥がモヤッとするのを感じた。
ただの仕事仲間が綺麗になっただけじゃない。なんでそんなに動揺してるのよ。
私には「標準体型」とか「色気がない」とか散々言ったくせに。
「……ふーん。セドってば、美人に弱いのね」
私の声は、自分でも驚くほど低かった。
「え? エル?」
「別に? あんたも一人前に男なんだって思っただけ」
私はプイッと顔を背けた。
イラつく。理由なんて分からない。ただ、セドが私以外の女に見惚れているのが、無性に腹立たしかった。
* * *
ルネが「この格好で外に出るのは怖いから、予行演習に付き合って」と言うので、私たちは三人で街のカフェへ行くことになった。
街に出ると、案の定だった。
すれ違う人々が、みんなルネを振り返る。
男たちは足を止め、女たちは羨望の眼差しを送る。
「ねえ、あの子すごくない?」
「どこの貴族のお嬢様かしら?」
ルネは慣れない視線に怯えて、私の腕にしがみついている。
「うう……みんな見てる……変なのかしら……」
「違うわよ。可愛すぎて見てるの」
カフェのテラス席に座ると、すぐにウェイターが飛んできた。
「ご注文はお決まりですか、お嬢様?」
ルネにだけメニューを渡す手つきがやけに丁寧だ。
さらに、隣の席の男たちが色めき立っている。
「おい、声かけてみろよ」
「いや、俺が行く」
一人のキザな男が、バラを一輪持って近づいてきた。
「やあ、美しいお嬢さん。一人かい? ……いや、連れはいるようだが、僕と一緒の方が楽しいと思うよ?」
男はまだ動揺してややハイになっているセドを無視して、ルネにウィンクした。
ルネはキョトンとしている。
「……え? わ、私?」
「そうさ。君の瞳に恋をしてしまったんだ。……どうだい、僕とお茶でも?」
ルネの顔が、みるみるうちに真っ赤になった。
ナンパなんてされたことがない彼女は、完全にパニックに陥った。
「え、えっと、その……! わ、私なんかと……!?」
「謙遜しないで。君は宝石より美しいよ」
「ひゃうっ……!」
ルネは湯沸かし器のように沸騰し、目を回しそうだ。
「ど、どうしようエル……! 私、ナンパされちゃった……! こ、こういう時どうすればいいの!? そうだ!」
可愛い。
普段の理系女子っぷりはどこへやら、ただの初心な女の子だ。
男はルネの反応を見て、さらに乗り気になった。
「可愛いね。もっと君のことを知りたいな」
「あわわわ……! け、結婚ですか! プロポーズなんですか??」
ルネが助けを求めて私を見る。
私が助け舟を出そうとした時、通りから歌声が聞こえてきた。
「♪〜 街角に咲いた 一輪の花
その棘さえも 愛おしい〜 ♪」
バルドだ。
彼はギターを抱え、私たちのテーブルに近づいてきた。
「よう。随分とべっぴんさんがいると思ったら……ルネかよ」
バルドはニカっと笑った。
ナンパ男は、バルドの登場(と、少しガラの悪い雰囲気)に気圧されて、すごすごと退散していった。
「……バルド? ちょっと邪魔しないでよ!」
「いや……化けたなと思って。メガネ外すとそんな顔してたのか」
バルドはルネの向かいの席に勝手に座った。
「会場の男ども、みんなお前を見てたぜ。『あの美少女は誰だ』ってな」
「……わかっているなら、なんで割って入るのよ!」
「すまん! 美少女が騙されるのを見ていられなくてな」
バルドはルネの飲みかけの紅茶を勝手に飲んだ。
「好きなもんに一直線な奴は、見てて気持ちいいが、あれはプロポーズじゃないぞ? ……そのドレス、似合ってるぜ。でも気をつけな」
ルネはカップを握りしめた。
「そんな……お世辞はどうでもいいのよ! バカ! いいところだったのにぃ!」
「おいおい、たくっ」
バルドは「じゃあな、稼ぎ時なんで」と手を振って去っていった。
残されたルネは、熱くなった頬を冷たいカップで冷やした。
「……なんなのよ。夢ぐらい、見させてくれたって!」
その口元が、少しだけ緩んでいることを、彼女自身は気づいていなかった。
後日、店に来たルネは、いつもの白衣とメガネ姿に戻っていたが、どこか晴れやかだった。
そして、「また作ってよ、可愛い服」と小さく言ったのだった。




