表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都出店のために契約結婚した元商売敵の仕立て屋ですが、お姫様に最高のドレスと「次世代」を期待されています  作者: 蒼山りと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/30

第10話「雨の日の迎えと、未完成のドレス」

 セドがいなくなって二日が過ぎた。

 私は王都中を探し回った。生地問屋、公園、図書館、彼が行きそうな場所は全て回ったが、影も形もなかった。

 明日はコンテスト当日だ。もう時間がない。


「……どこ行ったのよ、バカ」


 雨が降り始めた。冷たい雨だ。

 私はふと、ある場所を思い出した。

 あいつは昔から、本当に辛いことがあると、殻に閉じこもる癖がある。誰にも見つからない、自分だけの城に。


「……まさか」


 私は馬車を飛ばした。行き先は王都ではない。

 私たちが生まれ育った、あの田舎の商店街だ。


  * * *


 数時間後、私は懐かしい商店街に立っていた。

 雨足は強くなっている。人通りはなく、シャッターが閉まった店が並ぶ中、二軒の空き家だけが静かに向かい合っていた。

 私の店と、セドの店。


 私はセドの店のドアに手をかけた。鍵は開いていた。

 ギギギ、と錆びついた音がしてドアが開く。

 中は埃とカビの匂いがした。家具は運び出され、ガランとしている。


「……セド?」


 返事はない。

 私は奥の工房へ進んだ。

 そこに、彼はいた。


 床に散らばった古いデザイン画の山。その真ん中で、セドは膝を抱えてうずくまっていた。

 着ているシャツは泥だらけで、髪もボサボサだ。いつもの完璧な彼はどこにもいない。まるで捨てられた子犬のようだった。


「……セド」


 私が声をかけると、彼はビクリと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。

 その目は赤く充血し、生気がなかった。


「……エル……?」

「こんなところで何してんのよ。みんな心配してるわよ」


 私は努めて明るく言ったが、声が震えた。

 セドは力なく笑った。


「……ここが一番、落ち着くんだ」


 彼は周りのデザイン画を指差した。それは、私たちがまだ子供だった頃、彼が描いた夢の数々だ。


「王都なんか……王都なんか、行くんじゃなかった」


 セドがポツリと言った。


「無理だったんだよ、俺には。才能もねえ、金もねえ……お前を幸せにする資格もねえ」

「セド……」

「偽装結婚もうまくいかねえ。俺は仕事人間だ。お前と同じさ」


 彼は自嘲気味に笑った。


「頭の中は服のことばかり。気の利いた言葉も言えねえし、記念日も忘れる。……恋愛なんて無理なのさ。誰かを愛するなんて、俺には……」


 彼は顔を覆って泣き出した。

 プライドの高い彼が、私の前でこんなに弱音を吐くなんて。よほど追い詰められていたのだろう。

 私は胸が締め付けられた。


 私はそっと彼に近づき、その泥だらけの体を抱きしめた。

 雨に濡れたシャツは冷たかったが、彼の体温は熱かった。


「……エル?」

「よしよし。……辛かったね、セド」


 私は彼の背中をゆっくりと撫でた。子供をあやすように、優しく、一定のリズムで。

 セドの体が強張り、やがて力が抜けていく。彼は私の肩に額を押し付け、声を殺して泣いた。

 私は黙ってそれを受け止めた。彼の涙が私の服を濡らしていく。


 しばらくして、彼が落ち着いた頃を見計らって、私は体を離した。

 そして、彼の胸ぐらを掴み、無理やり立たせた。


「……よし、泣くだけ泣いた?」

「え?」

「じゃあ、次は私の番ね」


 パァン!

 乾いた音が響いた。私は彼をビンタしていた。手がジンジンと痛い。

 セドは呆然と私を見ている。頬が赤く腫れ上がっていた。


「……いったぁ……」

「当たり前でしょ。いい子いい子してあげたんだから、お代はいただかないと」


 私はフンと鼻を鳴らした。


「痛い? 痛いわよね。でも、私の心の方がもっと痛いのよ!」


 私は涙を流しながら叫んだ。


「あんたが才能ない? 笑わせないでよ! あんたの服で、どれだけの人が笑顔になったと思ってるの! バルドも、ロミイたちも、そして……私も!」

「エル……」

「私を幸せにする資格? そんなの、私が決めることよ! 勝手に決めつけないで!」


 私は彼の肩を揺さぶった。


「あんたはただ、最高の服を作ればいいのよ! 王都だろうが田舎だろうが関係ない! セドはセドでしょ!?」


 私の言葉が、雨音に混じって響く。

 セドはしばらく私を見つめていたが、やがてその瞳に、少しずつ光が戻ってきた。


「……痛えな、クソ」


 彼は頬をさすり、ふっと笑った。いつもの、憎たらしい笑顔が少しだけ戻っていた。


「……帰るか」

「ええ。コンテスト、まだ間に合うわよ」

「デザインは……まだ白紙だぞ」

「移動中の馬車で考えなさいよ。天才なんでしょ?」


 私は彼の手を引いた。

 その手は冷たかったが、強く握り返してくれた。


  * * *


 翌日。コンテスト会場。

 私たちはギリギリで到着した。

 セドは徹夜で仕上げたドレスを抱えている。

 それは、煌びやかな装飾を一切排除した、極限までシンプルな純白のドレスだった。

 テーマは「原点」。

 彼が田舎の店で、最初に作ったドレスのリメイクだ。


 結果は――優勝ではなかった。

 優勝は有名デザイナー、ガストンの豪華絢爛なドレス。王都の流行を完璧に捉えた作品だった。

 セドのドレスは「地味すぎる」と評された。


 でも、私は知っている。

 会場の誰よりも、そのドレスが美しかったことを。

 そして、セドが吹っ切れた顔をしていることを。


「……負けたな」

「ええ。完敗ね」


 私たちは顔を見合わせて笑った。

 帰り道、雨上がりの夜空には星が出ていた。

 セドがふと、足を止めた。


「なぁ、エル」

「ん?」

「俺がもしだよ……本当に好きな娘ができたら、お前はどう思うんだ?」


 唐突な質問に、私は心臓が跳ねた。

 セドは真剣な目で私を見ている。

 どう思う? そんなの決まってる。

 泣くほど悔しいし、悲しいし、でも……。


「……そうね」


 私は夜空を見上げて、精一杯の強がりを言った。


「その子のために、最高のドレスを作ってあげなさいよ。……私が認めるくらいのね」


 セドは少し驚いた顔をして、それから優しく笑った。


「……そうか。厳しいな、お前は」


 王都での戦いは、まだ始まったばかりだ。

 そして、私たちの関係も。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ