ピアニッシモ 【凛】
⚠️注意⚠️煙草を吸う描写があります。
幼馴染の二人の,煙草から始まる苦い片思いについての物語です。
少し切ない結末ですが、最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
登場人物などはすべてフィクションです。
それでは,物語の世界へ…
行ってらっしゃいませ.┈┈┈┈┈┈
彼の煙草の香りが気になる、そう思い始めたのはいつ頃だろうか。
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「ねぇ、いつも吸ってる煙草の名前ってなに?ラベンダーみたいな香りするけど」
ふいに彼にそう聞いてしまった。別に興味なんてないはずなのに。
「ピアニッシモ、ピアニッシモ・ヴィヴ」
それだけ言って、彼はまたパソコンに向き合いカタカタと文字を打った。
「ぴあにっしも、ゔぃ、…?なんか知らないけど、悠真って変わってるね。そんな可愛い響きの煙草吸うなんてさ、まるで…」
「凛」
私の言葉を遮るように、彼の声が居間に響き渡った。私の名前を呼びながら。
彼の声は少しだけ震えていて、もうやめてくれと言わんばかりの視線を私に向けていた。
「ごめん、なんか…」
そう呟き、ふと横目で窓の外の景色を眺めた。彼の気持ちを代弁するかのように、雨の粒が一つ一つ、ぽつり…ぽつりと窓を濡らし、筋になって落ちていった。
「雨、降ってきたね」
少しの気まずさを誤魔化すようにそう言った。彼はなにも言わず、横目で窓の外を見つめている。少し曇ったその瞳は、誰かを探しているような眼で、ずっと遠くを…遥か遠くを見つめているかのようだった。
その『誰か』を私は知っている。だが、それをいざ口に出せば彼は壊れてしまいそうで怖かった。
ふと彼が煙草に火を付けた。ラベンダーの香りが部屋中に漂う。彼の大好きな香り、彼の大切な人の香り。そう思うと、私の心は締め付けられるように痛くなった。
こんな気持ち、早く捨ててしまいたい。こんなの普通じゃない、許されないことだ。そう思う度、胸の痛みが募る。
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「じゃあ行ってくる」
そう告げ、彼は重い足取りで職場に赴いた。ひらひらと片手を振りながら、私は彼の背中を見つめることしかできなかった。空は昨日までの雨が嘘だったかのような快晴で、太陽が眩しい。そう思いながら部屋へと戻る。
いつものように散らかった部屋。
「そろそろ…片付けないと…」そう呟き、足元の本を拾おうと屈む。
パタン。
小さな音がして、ふと棚を見ると、彼の大切な写真が倒れている。静かな部屋に、その音だけが妙に大きく響いた。
慌てて立ち上がり、写真を手に取る。額縁の角が少し欠け、ガラスには細いひびが一本走っていた。
そこに写っているのは、彼の妻**――三年前に病で逝った、最愛の人**。柔らかな微笑みと、陽だまりのような眼差し。
何度も見返してきたその表情が、ひび割れたガラスのせいで、どこか遠くに感じられる。「ごめん...」思わず、そう呟いた。
謝っても仕方がないことだと分かっていても、そう言わずにはいられなかった。
彼女がいなくなってから、季節はいくつも過ぎた。彼はそれでも、朝は彼女に「おはよう」と言い、夜は「おやすみ」と告げる生活だけは、変わらず続けていた。それが、彼の中で唯一、彼女との繋がりを感じられる時間だったから。
だからこそ、悠真への感情はしまっておかなくちゃいけない。けれど、しまっておく度、我慢する度に、私の心は何故か弾けてしまいそうで怖かった。それ以上に、こんな気持ちを抱えている自分が許せなかった。
ふと、写真の横の煙草の箱が目に入る。彼の大切な煙草、彼女が好きだった煙草。
気づけば煙草に火を付けていた。嫌いだったはずなのに。
君の匂いがした。君の大切な人の匂い。
どうしてか一口吸ってしまった。
ラベンダーの香り。喉奥にバニラのような甘さがわずかに残る。
もう一度吸い込んだ。
軽く咽せた。
やっぱり咽せた。
それでも彼を少しでも感じたくて、彼の気持ちを少しでも分かってあげたくて、何度も…何度も吸ってしまった。あれだけ嫌いだったのに。彼への気持ちはしまっておくはずだったのに。
ゆっくりと吐き出す煙は、まるで音楽のように空気に溶けていく。いつものあの煙、ラベンダーの香りがするあの煙。口の中で甘さが溶けていく。また咽せた。
自分でもおかしいとわかっている。けれど、それでもやめられなくて──気づけば、ふっと笑ってしまっていた。
写真を見つめるたび、そこに映る彼女の微笑みに目を奪われる。見れば見るほど、自分の中の彼への想いが強く押し込められていくようで、胸が苦しくなった。
気づけばもう夕暮れ時。彼が帰ってくる時間だ。
煙草を灰皿に押しつけ、重い足取りで台所へ向かう。肺が焼けるように痛い。息をするのも苦しい。それ以上に――心が、張り裂けそうだった。泣き出しそうな自分を、かろうじて押しとどめる。
冷蔵庫を開けると、真っ先に目に飛び込んできたのは、じゃがいもとウインナー。彼の大好きなポトフにしよう――そう思って手を伸ばしかけた瞬間、ふと力が入らないことに気づいた。指先がわずかに震えている。
こんな些細なことでさえ思うようにできない自分の身体が、情けなくて、悔しくて……気づけば、
また一人で笑っていた。
静まり返った部屋に、
突然スマホの通知音が響く。
画面を見ると、彼からのメールだった。
「もうすぐ帰る」
たったそれだけの言葉なのに、胸の奥で何かがふっと弾けた。不意にこぼれる笑みを、私は止められなかった。
理由なんてわからない。
ただ、
その一言が、
今日一日の疲れと心の痛みをやわらかく溶かしてくれた気がした。
┈┈┈┈┈┈おかえりなさいませ。今回の物語は如何だったでしょうか?
悠真への片思いについて悩む凛,もう可哀想で堪らないですよね…。 しかし神様は…クリエイター達はそれを…ハッピーエンドを許す筈が無い。それでも凛はハッピーエンドに近いような思いを掲げて最後は締め括られました。
さて,次の物語は悠真視点の物語です.
彼は凛に対して何を思っているのか….彼はとっての彼女とは一体どういう存在なのか┈┈┈┈
好評であれば執筆致します.
それではまた…
Until next time.┈┈┈┈┈┈




