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「男女の友情って成立すると思う?」ってクソみたいに浅い哲学をチラつかせてくる奴とは絶対に友情が成立しない

「俺さ、『男女の友情って成立すると思う?』って質問死ぬほど嫌いなんだよね。」


ある日、食堂で俺はそう切り出した。


「へぇ、なんで?」


カップうどんを啜りながら、一応聞いておくか、という感じで聞き返してきたのは、俺の友達、美香(みか)だ。


木曜日の三限後、四限目が空き時間の俺と美香は、こうしていつも食堂で時間を潰していた。昼休み後の三限から講義を取っている美香は、毎回こうして三限終わりに食事を取り、俺はそれに付き合いながら、2人でこうしてくだらない話をしている訳だ。


食堂にはまばらにひとがいる程度で、私達の近くの席はほとんど空席だった。それでもどこからともなく楽しそうな声が響いていて、大学生という生き物の生命力を実感する。


まあ、俺も大学生だけれど。



「それを聞いてくるやつってさ、どちらのスタンスにせよ、大体自分に酔ってる感じがするんだよね。『男女である以上、どこかそういう関係は求めていると思うの』とか、『だってうち、カケルとめっちゃ親友だしー。』みたいな。」


「カケル誰よ、悠太(ゆうた)。」


「カケルはカケルよ。」


「あっそ。」


そう言うと、容器の縁に口を付けて、スズ、と音を立ててうどんの汁を啜る。鰹だしのいい香りがして、私は思わず喉を鳴らす。



「あのさ、一口もらってもいい?」


「いいけど、ちょっとだからね。」


容器から口を離して、美香はカップうどんを俺に差し出す。


「ありがとう。」


俺はそれを受け取り、うどんを数本啜る。モチモチとした麺が汁を吸って口腔に入る。戻した麺独特の味と、鰹だしが沁みる。


「お揚げも一口食っていい?」


「えー、割と嫌なんだけれど。普通そういうのって、一口食べ切りサイズの物だけでしょ。」


「一口で食い切るからさ。」


「一口で食いちぎられたいの?」


何がだかは分からないが、一口で食いちぎられるのが嫌だった俺は美香にうどんを返す。


受け取ると、彼女はこれみよがしにお揚げに齧り付く。歯が食い込むと、ジュワ、と汁が溢れ出て、とても美味しそうだ。俺も買えば良かった、と少し後悔した。


「話戻すけれど、つまりその質問自体と言うより、その質問をしてくる人が鼻につくって事だよね。」


「まあ、それもある。『そんなの人によるだろ』って思うんだよね。『少なくとも、俺には女友達がいるし』って。『死ねよ』って。」


「急な殺意。」


「順当にボルテージが上がってるのよ、こっちとしては。」


「ふーん。」


そう言って、少し考えるようにしながら麺を啜る。特に彼女が口を開く様子がないのを見て、俺は続けた。



「その質問をしてきた時点で、『男女の友情がどうかは知らないけど、お前との友情は成立しないからな』って言いたくなる。そのくらい嫌い。」



「へぇー。」


美香は、ニヤニヤと、何故か少し嬉しそうに俺の顔を見つめる。



「え、何?」



「いや、別に?ただ、その質問をする人との友情は成立しないんだー、と思って。」



何か含みがありそうな彼女の言い方が気になる。彼女の意図を探るように、じっとその顔を見つめる。その視線を意に介すことなく、彼女は再び容器に口をつけて、顔が隠れる程に勢いよくうどんを啜ると、汁を飲み干した。


勢いよく手を合わせて、軽く目を瞑り、


「ごちそうさまでした。」


といつものように口にした。


「毎回思うけど、全部飲んだら塩分過多だと思う。」


「私もそう思うけど、シンクに残り汁を捨てるより何でもない水道に残り汁を捨てる方が抵抗あってさ。ちょっと環境汚染感強くない?」


「あー、確かに。」


なにかそういう、塩分やら油分やらをろ過するフィルターのようなものが弱いような、そんな気がする。本当にそうかは一切知らないけれど。



「あ、そういえば。」


悪戯っぽい笑みを浮かべて、美香は俺を見つめた。西日のせいか、その顔が紅潮しているようにも見える。




「男女の友情って成立すると思う?」



彼女のその言葉の意味と、先程の彼女の様子に察しがついて、俺は自分の顔が熱くなるのを感じた。目を逸らし、顔の熱が引くことを願って、深くため息を吐く。



「これで、私との友情、成立しなくなっちゃった訳だけれど、その場合はどうなるの?」



丁度、美香がそう言ったタイミングで、四限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「お、授業終わったっぽいわ。そろそろ移動するか。」


平静を取り繕って、俺は立ち上がるが、ほかの椅子を蹴ってしまい、少しよろけた。


「あー!そうやって逃げるつもりなんだ?」


紅潮した顔のまま、同じく赤いカップうどんの容器を持って、俺の後を追いかける。


「それ、捨ててきなよ。待ってるから。」


「私は質問の答えを待ってるんだけど?」


「2日後にショッピングモールに行くでしょ。その時に言うから待ってて。」



「…………わかった。」


耳まで赤くして、美香はゴミ箱の方に小走りで走っていく。



そんな質問をしなくても、愛情で成り立つ、恋人と言う関係になりたいと伝えるつもりだった。


その為に、デートの予定を取り付けたのだが、美香に先を越されてしまった。



しかし、いくらなんでも学食はないだろう。俺は雰囲気を大事にしたい派だなのだが、どうやらそこは彼女と考え方が違うらしい。


まあいいか、と小さく息を吐いて、もう1つ大事な事を彼女に伝えなければいけないな、と意を決した。



美香とは、恋人になっても、友人でもありたい。こんなに気が合う人と、一つの関係だけになってしまうというのは勿体無い。だから、友人でもありたい。


男女の友情は成立するのだから。少なくとも、俺と美香の間にはしている。



彼女も、そうであるといいな、と思いながら、まだ赤い顔でこちらに向かってくる美香を待った。



秋が、もうすぐそこまで来ている。

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最初に読んだ感想は、「これだから人間は楽しい…」でした。 付かず離れずの二人の会話をニヤニヤしながら横で聞いている猫かなにかのような距離感で読めて最高でした。 お二人の会話が可愛らしいのですが、同時に…
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