第41話 パトロール
アートが来た翌日の朝。
「おはよ〜」
寮の共有スペースのソファにちょこんと座っていたアートが、猫耳をぴこぴこ動かしながら手を振った。
その隣にはまだ眠そうなフラクタとネリン。寮の部屋は基本3人部屋で、アートはフラクタ達の部屋を使うことになっていたのだった。
「おはよ」
まだ眠そうな男子3人が、順番に顔を上げる。
「おはよう、男子達」
ネリンがあくびをしながら挨拶する。
「おはよ。今日は任務入ってなかったよね」
ヴィジはコーヒーを淹れながら口を開いた。
「えぇ。今日はパトロールだけよ」
フラクタが淡々と答えると、アートが両手をぱん、と打ち合わせた。
「じゃあ、さっそく行こー!」
有無を言わせぬ笑顔。
「いや、まだちょっと……」
ヴィジ達は一瞬だけ視線を交わす。
すると、
「待つんだアート。俺も同行する」
と、背後から低い声が響いた。
振り返ると、そこにはダクラが立っていた。既に隊服を着ていて、いつもの無表情。
「ダクラ様も来るんですね!」
レイが少し驚いたように言う。
「今回は見張り役だ。問題が起きないとも限らんからな」
ダクラは少し怖い声を出す。
その言葉に、空気がわずかに引き締まった。
アートだけは「わーい! ダクラも一緒!」と無邪気に跳ねている。
「では、アートもこんな感じだし、直接寮から出発するぞ。早く準備をしてくるんだ」
「ま、まじすか……」
「朝飯は途中で買うんだな」
そうしてみんなは、ダクラに言われるがまま、寝ぼけた目を擦りながら準備を済ませた。
諸々の準備を終えたプリムンズは、寮を出て街へ向かった。
朝の街は穏やかな喧騒に包まれている。
露店の準備をする商人、通学途中の子供達。冬の空気は冷たいが、陽はやわらかい。
「平和だねぇ」
アートはくるりと一回転し、楽しげに歩き出す。猫耳がぴこりと揺れた。
その背中を、ダクラは無言で見つめる。
「東区から回る。異常があれば即報告だ」
「「了解」」
プリムンズは隊列を組み、街路へ踏み出した。
街のパトロールは、意外と平和だった。
露店のおじさんが「今日もいい天気だねぇ〜」と声をかけてくる。
子供たちがアートの猫耳に興味津々で近づいてくるが、アートは「にゃー!」と可愛く返事して追い払うふりをする。
子供たちはキャーキャー言いながら逃げていく。
「アート、ちゃんと並んで歩けよ。迷子になったら面倒だぞ」
ダクラがため息混じりに言う。
「アートちゃんって、現世で何をしてたんですか?」
道中、ヴィジがダクラにそう尋ねた。
すると、前を歩いていたアートが振り返り、話し始める。
「あたしは現世でけんきゅう? をしてたんだよ」
「研究……なんの?」
「さぁ、知らな~い」
そんな風に雑談をしながら歩いていると、路地裏からにじみ出るような薄い魔力の揺らぎを感じた。
どうやら低級の魔物のようで、影のように蠢いている。
「これくらいなら」
ヴィジが小さなオーラの球を飛ばす。
――ポンッ
光球が魔物に命中すると、小さな音と共に霧散した。
後ろでアートが「えー、私がやりたかった〜」と拗ねている。
「まだだ」
そんなアートをダクラが短く制する。
「つまんなーい」
アートが頰を膨らませる。
ダクラは無言でアートの頭を軽く叩いた。
「よし、今度はあっちだ」
それからみんなは、街外れの森もパトロールする。
木の葉を踏みしめながら、山道を歩いていく。
「う~ん、空の色が少し違うけど、天界はやっぱり現世と変わらないね」
アートはそう言いながら、軽い足取りでのんきに先へ進んでいく。
久しぶりの常世で、気分が上がっているのがよくわかる。
「現世ってどんなところなの?」
「現世はねぇ、天界とあんまり変わらないけど、居心地が良い場所だよ!」
フラクタの質問に、アートは嬉しそうに答えた。
「へぇ~、俺も早く階級上げて、行ってみてぇなぁ。」
「そうだね」
アートの話を聞いて、レイとウェントも反応する。
こうしてみんなは、少しずつ距離を縮めながらパトロールを続けた。
その後も、昼近くまで特に大きな事件は起きなかった。
「このまま平和に終わればいいんだけどね」
ネリンが呟く。
「油断はするなよ」
そんなネリンに、ダクラは静かに警告した。
それからパトロールのルートを少し変え、街外れの丘へ向かった。
見晴らしのいい、普段は人が少ない場所。
風が強く、草がざわめいている。
「……ん?」
ヴィジが最初に気づいた。
丘の斜面に、黒い影が一つ。
狼くらいのサイズの、低級魔物。
牙を剥き、唸っている。
「こんなところに……珍しいな」
レイが肩をすくめる。その瞬間、
「私、やるー!」
と、アートが目を輝かせて飛び出した。
「あっ、待て! アート!!」
それを見たダクラが引きつった顔で叫ぶ。
しかし、
「大丈夫だって、ダクラ」
と、アートは聞く耳を持たない。
間もなく、アートは無邪気に手を振り上げる。
「まずい! みんな伏せろ!!!」
ダクラは今までに見たことのないほど焦った声で、5人に呼びかけた。
5人はその声を聞いて反射的に伏せる。
「えいっ♪」〈絶対なる法典:削除〉
可愛らしい声。
次の瞬間、世界が歪んだ。
ビビビッとグリッチのようなものが、アートの小さな掌からほとばしる。
それと同時に空間に脈が走り、放たれた黒い光は魔物を飲み込み、周囲の岩を、木を、地面を、粉砕した。
――ドゴォォン!!!
爆風が丘全体を抉り、土煙が天を覆う。
轟音が遅れて響き、街の方からも見えるほどの衝撃波が広がった。
「……は?」
ヴィジの声が、呆然と漏れる。
丘の半分が、消えていた。
巨大なクレーターがぽっかりと口を開け、削られた断面がむき出しになっている。
魔物は、跡形もなく蒸発していた。
「……何、今の……?」
フラクタが震える声で呟く。
「山が……消えた……?」
レイの目が、信じられないものを見るように見開かれる。
「今の力は……ミル様の……」
ネリンが後ずさる。
ウェントは言葉を失い、ただ震えていた。
「……やりすぎだ、アート」
ダクラだけが、ため息をつきながら呟いた。
まるで予想していたかのように。
アートはケロッとした顔で手を叩く。
「やったー! 倒せたよー!」
猫耳と尻尾が、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。
誰も、言葉を発せなかった。ダクラが即座に動いた。
「はぁ、報告は俺がまとめる。今のは見なかったことにしろ」
ダクラはそう言うと、視線を街へ向ける。
「幸い街への被害は出てないな。この程度、ミル様なら一瞬で直せるから心配するな。むしろあの人の責任だ」
目の前の光景が衝撃すぎて、5人は依然として固まっている。
「ダクラ様……今の能力って……」
やがて、ウェントが恐る恐る口を開いた。
「……そのうちわかるさ」
しかし、ダクラは返答をぼかし、パトロールを再開させた。
それから夕方近くまで、パトロールは続いた。
だが、会話はほとんどなかった。みんな、明らかに動揺している。
支部に戻ると5人はぐったりと椅子に座り込んだ。
「ご苦労だったな」
ダクラは5人に労いの言葉を投げかける。
「これを1週間ですか……命がいくつあっても足りませんよ」
ダクラの後ろで、アートが「楽しかった~」と満足気にしている。
「はぁ~。全く何考えてんだあの人は」
ダクラはそっとため息を着くと、
「今日はもう帰っていいぞ」
と、5人の体を気遣って、帰宅を促した。
5人とアートが帰った後、ダクラはミルに電話で報告を入れる。
「ミル様。アートはやはり、我々の手に負えません」
〔知ってるよ。手に負えるようだったら、正式な隊士として部隊に派遣してるさ。ということで、あと6日間よろしくね☆〕
「勘弁してください……」
ダクラはミルの調子に少し呆れつつ、報告を続けた。
「アートは今日、山を一つ破壊しました」
〔その山はもう直したよ〕
「知っています。あなたの力なら、遠隔で問題を解決できますからね。でも、問題はそこじゃありません」
ダクラは真剣な声で、ミルに訴えかける。
「アレは俺の言うことをまるで聞かない。甚大な被害が出る前に、なんとかしてください」
〔なんとかって言われても――〕
「俺は一切責任は負いませんからね」
ダクラの言葉に、ミルはしばし沈黙の後、口を開いた。
〔アートが能力を使った時、なんて言った?〕
「特に何も言いませんでしたが……」
ダクラは少し戸惑いながら返答する。
〔そうか。なら今度からはこう言うんだな。『すごい』『よくできたな』と。褒めてやれ〕
「はぁ、そうやって甘やかすから、いつまで経っても――」
〔ダクラ〕
ミルの言葉に、ダクラが呆れたように言葉を紡いだその瞬間、低く真剣な見ると声が、電話越しに聞こえてきた。
ダクラはあまり聞いたことのない声に、少しビクッとして黙る。
〔前にも言っただろ。アイツの力は"呪いの力"なんだ。今では神話になってしまった"あの日"、その力でどれだけ苦しんだことか。アイツの力を否定することだけは、絶対にしてはならない。アイツが起こした事件の責任は全て俺が負う。だから、お前は心配するな〕
体の奥底から震えが来るような越え。だがその声には、想像を絶する苦しみと、後悔と、葛藤の過去が詰まっていた。
「……わかりました」
ダクラはそう静かに告げると、報告を終えた。
ダクラは支部の椅子に座ると、窓の外を眺め、今日の出来事を振り返った。
「楽しそうだったな……」
ダクラは今日のアートの姿を思い出し、独り呟く。
窓の外には、少し欠けた月が静かに輝いていた。
少しでも、
「面白い!」「展開が気になる!」
と思ったら、ぜひ☆☆☆☆☆評価、感想で応援お願いします。
ブックマークがいただけると、大変励みになります。
〈主な登場人物〉
ヴィジ〈神ノ加護:霊力支配〉:今作の主人公
レイ〈神ノ加護:神線〉:陽気な性格。意外とまじめ。
フラクタ〈神ノ加護:波動〉:穏やかな性格をしている。
ウェント〈神ノ加護:炎魔法〉:優しい性格の持ち主。頭が良く、判断力に優れている。
ネリン〈神ノ加護:サイコキネシス〉:天真爛漫で活発な性格の女の子。頭はあまりよろしくないが、攻撃力はピカイチ。
ダクラ:大君主の側近、主の称号を持つ。真面目な性格。
アート:通称"小さな厄災"と呼ばれる女の子。少女の見た目をしているが年齢は不詳。神話の時代から生きているので、少なくとも"兆"は超えている。性格は無邪気な子供の様。
ミル:常世零階層を統べる大君主。厨二病でお調子者。とても寛大。




