第39話 小さな厄災
――時が経ち、ヴィジの入隊から2年と少しが経ったある日。
「うへぇ〜、報告書の作成疲れる〜」
ダクラ部隊の支部では、みんなが事務仕事に励んでいた。
プリムンズ5人で横並びに座り、向かいやその向こうにも何人かの先輩が仕事をしている。
「おいおい、手が止まってるぞ、ネリン」
「はぁ、今やりますよ〜」
部隊の先輩であり、『能天者』であるフローに言われ、ネリンは手を進める。
2年の時を経て、みんなはすっかり部隊に馴染んでいた。
「ほらほら、お前こそ油を売ってないで、仕事しろ」
「わーってるよ、ナリシア」
そんな風に事務仕事をしていると、突然、
――バァン!
と、事務室の扉が勢いよく開き、誰かが息を切らしながら駆け込んできた。
よく見ると、エネとその同期の『力天者』のコンバートだった。
「た、たたた、大変だッ!?」
「やばいぞ、みんな! 《《アレ》》が……アレが現世から帰ってくるぞ!」
2人はとんでもなく焦っている様子だ。
「アレ?」
上級隊士の慌てっぷりに、5人は何事かと立ち上がる。
「お二人って、ダクラ様と一緒に本部に行ってましたよね? 何があったんですか?」
そう尋ねるウェントの後ろで、
「アレ……現世……まさか!?」
と、ナリシアや他の隊士は何かに気がついた様子。
そんな中、後から遅れて、ゆっくりとダクラが入ってきた。
「ダクラ……様?」
ダクラの表情も硬い。今まで見たことがないくらい、顔色が悪い。
そして、部屋に入ると、
「みんな、聞いてくれ。」
と、ゆっくり口を開いた。
「帰ってくる……ついに帰ってくるぞ。
――"小さな厄災"が」
「「ッ!?」」
その言葉を聞き、上級隊士は一斉に青ざめた。
「「??」」
プリムンズは何がなんだかわからずに、固まっている。
「"小さな厄災"?」
「あぁ、お前達は知らないか」
レイの反応を見て、ダクラは事情を話し始める。
「いいか。ヤツはミル様のメイドであり、サイドキックだ」
「サイドキックってことは隊士ですか? ダクラ様じゃないんですか?」
「いや、アレに比べたら俺なんて赤子の様なものだ。とてつもなく恐ろしく、強い。正確には隊士ではなく、本当にメイド兼ミル様の妹的な存在だ。
数万年前から出張で現世に行っていたが、どうやら帰ってくるようだ」
ダクラは少し間を置くと、本題に入る。
「そして"小さな厄災"が帰って来たら、1週間程、この支部で預かって欲しいとのことだ」
その話を聞き、上級隊士の表情はさらに歪む。
「か、帰ってくるのって、いつですか……?」
「……今日だ」
「……」
「……」
「……戦略的撤退ィ!!」
「あっ、こら!! 逃げるなフロー!!」
あまりの唐突な絶望に、フローは目にも止まらぬ速さで逃げ去ってしまった。
「アイツって奴は……」
「まぁいい、とにかくヤツの機嫌を損ねぬように、気を引き締めろ」
そして残された隊士は、"小さな厄災"が来るまでの数時間、歓迎の準備を進めることとなった。
「ちぇっ、なんでここに来るんだよ」
ダクラに速攻捕まったフローはブツブツ文句をいいながら、みんなと一緒に支部の掃除をしていた。
「そのぉ、"小さな厄災"って本当にダクラ様より強いんですか?」
一緒に掃除をしていたヴィジは、フローにそう尋ねる。
それを聞いて、フローは少し声色を変えて話し始めた。
「うーん、どっちも強すぎてあんまわかんないけど……エネさんが話してた、ミル様の過去の過ち? の原因になった『白い空虚』を作ったのはヤツだ」
「そ、そうなんですか!? 確か、ミル様が全ての厄災の始まりだって言ってたけど……」
「過去に何があったんだ……」
みんながそんな会話をしながら掃除をすること約4時間。大まかな準備が終わってきた頃、一台の車の音が近づいてきた。
「ついに来たか」
その音を聞くと、上級隊士達は今一度気を引き締め直す。
そして、支部の入口まで行くと、みんなは緊張した赴きで二列縦隊で並んだ。
「……来る」
ダクラがそう口にした瞬間、
――ギィィ。
と、扉が開いた。
みんなはゴクリと息を飲む。
「たっだいまぁー!!」
そんな中、開口一番そう言って入ってきたのは、齢9歳くらいの、猫耳としっぽの生えた獣人の少女だった。
「「こ、子供!?」」
その予想外すぎる姿に、プリムンズの5人は驚愕した。
上級隊士の顔は、まだ強ばったままだ。
「ん? ミルにぃ、あんな人達いたっけ?」
その少女はプリムンズの方を指さすと、後ろにいたミルにそう尋ねる。
「あれはお前がいない間に入った新人だよ」
ミルはそう優しく答えた後、コホンと咳を一つし、話を始めた。
「下級隊士のお前達は知らないと思うが、一応俺の妹兼メイドの『アート』だ。
既に聞いていると通り、俺は今日から1週間、下界に降りて世界のメンテナンス作業をしに行く。みんなよろしくな。ほら、お前からも」
「よろしくお願いします!」
アートはペコリと頭を下げる。
それからミルは、一同を見渡し、ゆっくりと口を開いた。
「さて……問題は世話係だ」
その一言で、上級隊士達の背筋が凍る。
(来るぞ……) (誰が選ばれる……!?)
視線が泳ぐ。フローはさりげなく一歩後ろへ下がった。
「一週間、仕事以外の時間はアートの面倒を見る者を決める。もちろん、みんなで面倒を見ること前提の上でだ」
ミルの視線が、一人一人をなぞる
そのたびに、上級隊士の喉が鳴った。
「そうだなぁ、フローはどうだ?」
「ひぃッ!?」
名前を呼ばれた瞬間、フローは硬直する。
「え〜、アイツはやだ」
「な゛っ!?」
しかし、あっさりと拒否され、嬉しいような悲しいようなそんな顔をした。
そんな中、
「あの人、さっき貴女が来るって聞いて逃げてましたよ」
と、ダクラがサラッとさっきの出来事をチクる。
フローの顔が真っ青になった。
「ふ〜ん、そうなんだ」
「あっ、いやちが――」
フローが弁明しようとした口を開くが、その瞬間、
――バゴォォン!!
と、フローは謎の力でそのまま天井に叩きつけられ、見事に半身が埋まってしまった。
足だけが、ぶらんぶらん揺れている。
「「ひっ!?」」
あまりにも速く、そして強力な一撃に、プリムンズは思わず声を上げた。
上級隊士は相変わらず固まっている。
「天賦力で強度を上げた支部の天井がぁ……」
「ごめん、ダクラ。でも悪いのはアイツだから」
少し引いているダクラに、アートは頭を掻きながら、軽く謝った。
それを見て、ミルはため息をつき、視線を戻す。
そして、
「まぁ、上級隊士は忙しいし、プリムンズの5人。お前達に任せるとしよう」
と、告げた。
上級隊士達の胸から、一斉に安堵の息が漏れた。
「そ、そうですよね!」
「私達は忙しいですしね!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺達ですか!?」
ウェントが慌てる。
「ちょうどいいだろう。若いし、暇そうだ」
「暇じゃないです!!」
「よろしくね〜」
しかし、アートは満面の笑みで、プリムンズの中央に入り込む。
「では、あとは任せた」
そして、ミルはそう言い残し、軽く手を振り消えた。
沈黙。
天井から「た、たすけて……」という弱々しい声。
上級隊士達は、フローを引っ張り出すと、
「……じゃ、じゃあ俺、巡回あるんで!」
「私も急用が!」
「書類! 書類がまだ!」
と、フローを抱え、蜘蛛の子を散らすように、去っていった。
残されたのは、プリムンズ5人とアート。
アートはくるりと振り向くと、
「ねぇ、どこかお散歩行こ?」
と、言い出した。
「え?」
「せっかく久しぶりに帰ってきたんだもん。外の空気吸いたい」
猫耳がぴこぴこ動く。その様子は、どう見てもただの子供だ。
だが、さっきの光景が脳裏に焼き付いている。
「ど、どこに行きたいん……ですか?」
レイは恐る恐る聞尋ねる。
「なんか余所余所しいから、普通にタメ口でいいよ」
「わ、わかった。で、どこに行きたいんだ?」
アートは少し考えて、
「ん〜……前にミルにぃと行った、『星の湖』」
と、一言。
その名を聞き、ヴィジ達は顔を見合わせた。
あの、静かで幻想的な場所。
「よし、行くか」
ウェントが覚悟を決める。
そうして、6人は支部を後にした。
昼。冬の冷たい風が吹く。
アートはぴょんぴょんと先を歩く。
「ねぇ、今って何年目?」
「僕とネリンは4年目。残りの3人はちょうど3年目くらいだね」
「そっかぁ。みんな強くなった?」
その問いは、無邪気だった。
だが、どことなく貫禄があるようにも思えた。
「……まだまだだね」
ヴィジが答える。
アートは振り返り、じっと見つめる。
その瞳の奥が一瞬だけ、底知れない深淵のように揺らいだ。
「ふふっ」
だが、何事もなかったかのように、アートは笑った。
「楽しみ」
その言葉の意味を、誰もまだ知らない。
これから大困難が訪れることなど、知る由もなかった――。
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〈主な登場人物〉
ヴィジ〈神ノ加護:霊力支配〉:今作の主人公
レイ〈神ノ加護:神線〉:陽気な性格。意外とまじめ。
フラクタ〈神ノ加護:波動〉:穏やかな性格をしている。
ウェント〈神ノ加護:炎魔法〉:優しい性格の持ち主。頭が良く、判断力に優れている。
ネリン〈神ノ加護:サイコキネシス〉:天真爛漫で活発な性格の女の子。頭はあまりよろしくないが、攻撃力はピカイチ。
ダクラ:大君主の側近、主の称号を持つ。真面目な性格。
エネ〈神ノ加護:活力魔法〉:ダクラ部隊の力天者。元反神者だったが、再びミルの元で働いている。詳しくは第三章をチェック!
ナリシア〈神ノ加護:解析操作〉:ダクラ部隊の能天者。真面目で元気な性格。お姉さん気質で多少厳しいところもあるが優しい。
フロー:ダクラ部隊の能天者。不真面目で少しウザイところがある。プリムンズとは任務で仲良くなった。
アート:通称"小さな厄災"と呼ばれる女の子。少女の見た目をしているが年齢は不詳。神話の時代から生きているので、少なくとも"兆"は超えている。性格は無邪気な子供の様。
ミル:常世零階層を統べる大君主。厨二病でお調子者。とても寛大。




