第36話 お化け屋敷
ギイルの元を去り、再び城へ向かうプリムンズとアラスター。
「...やっぱり、何度見ても気味が悪いですね。」
嫌に綺麗な城門を前に、レイが呟く。
昼間だというのに空はどんよりと曇り、城の周囲だけが切り取られたかのように暗い。
「周囲の基底プログラムが歪んでいますね。」
アラスターが静かに告げる。
「全員、油断は禁物ですよ。」
そして、アラスターの号令で、一行は城内へ足を踏み入れた。
「うわぁ、不気味だなぁ。」
城の中は相変わらず暗くて不気味だ。
「アラスター様。他の隊士は連れてこないんですか?」
中を進み始めると、フラクタが質問をする。それに対し、アラスターは少し低いトーンで話し始めた。
「えぇ、元々ワタクシ一人で行く予定でしたので。と言うのも、ここにいる幽霊はχ級、つまりワタクシと同レベルの力を持っている可能性があるため、言葉を悪くすると不要な人員は足手まといになります。」
「じゃあ、私達も...」
「まぁ、本来なら連れてくるべきではありませんでした。しかし、命令ならば従うしかありません。ミル様は何か知っているのでしょうか...」
アラスターが少し歩みを止めて、考えていると、
「モート様がこの件に動いてくれることはないんですか?モート様の力なら一瞬で解決するはず...それにミル様が言っていた、『俺は手を出せる』ってどういうことでしょうか?」
と、レイがアラスターに疑問を投げかけた。アラスターは少し戸惑いつつ、丁寧に答え始める。
「自国の王が、自ら戦の前線に経つことは滅多にないでしょう。それと同じです。
それに加え、大君主の力を借りる程ではありません。大君主の力は絶大です。例えるなら、ナイフを持った子供に対して、戦車などの兵器を有した軍隊を派遣する様なものです。要するに過剰戦力になりますね。
ミル様に関してはあの性格なので、あまり気にしていないのではないでしょうか?」
どこか言い訳の様に聞こえるセリフだが、純粋な5人は、
「なるほど...」
と、話を受け入れた。
そんなやり取りをしながら、調査を再開する。
「ここの上ですね。」
2階層まで上り終えると、アラスターは3階を見上げる。
「皆さん覚悟はいいですね?」
「「...はい。」」
そして、意を決して階段の一段目に足を運んだ――その瞬間。
空気が、ぐにゃりと歪んだ。
「...ッ!?」
視界が一瞬、白く反転する。足元の感覚が消え、内臓が持ち上げられるような浮遊感。
「これは...!?」
アラスターが叫ぶより早く、壁、天井、床が一斉に"裏返った"。
歪む視界。襲いかかる圧倒的不快感。
「な...何が...」
そして次の瞬間、みんなは見知らぬ空間に立っていた。
「...ここ、城の中...じゃない?」
目の前に広がるのは、歪んだ廊下、左右非対称の壁、感覚を狂わせる床。
「霊界領域...!」
それを見たアラスターが、驚いた声を出す。
「危険です!ここは幽霊が作り出した異空間です!やはり一度退散しましょう。」
アラスターの指示でみんなは端末を操作する。
だが――
「...あれ?反応が...」
「転移できない!?」
「あ、アラスター様。転移装置が使用不能です。」
その場の空気が、一段重くなる。
「なるほど...つまり、幽霊を倒さなければ帰ることができないと言う訳ですか。」
「それって、やばくないですか?」
「えぇ、かなりやばいですね。こんな空間を作り出すなんて、正直ここまでの幽霊には会ったことがありません。皆さんを守りきれるかどうか...」
経験豊富な主地者のアラスターですら警戒するその様子が、ここにいる幽霊の異常さを表している。
アラスターのそんな一言に、5人は絶望した。
そんな5人に追い打ちをかけるように、空間の奥で、何かが立ち上がる。
床から現れた一つの巨大な影が、人の形作っていく。全身が黒く、顔に沢山の目が無秩序に付いている、不気味な姿だ。
「...来ます!皆さんさがって!!」
そして、アラスターの叫びと同時に、影が空間ごと押し潰すように襲いかかる。
反射的に動く5人。
「執行魔法――」〈絶対的拒絶〉
幽霊が攻撃を仕掛けると、アラスターが発動した赤黒い魔法陣に防がれ、物凄い音と衝撃が空間内に広がった。
「くっ、重い!!執行魔法。」〈神天罰降臨〉
アラスターは攻撃を防ぐと、すぐさま技を発動する。
とてつもない数の雷が幽霊を襲い、弾き飛ばす。
「穢れの拒絶。至高の救済。」〈穢れなき聖域〉
続けてアラスターが詠唱と共に技を発動させると、5人の下に魔法陣が展開され、5人をバリアが覆った。
「皆さん、そこから絶対に出ないでください!」
「わ、わかりました。」
アラスターは5人にそう告げると、ズズッと魔法の杖を取り出す。先に天秤のような装飾がついている。
アラスターが杖を構えたその瞬間、影が笑った。
「――抗うのか。」
低く、体の芯に直接響く様な、嫌に人間らしい声。
「幽霊が、喋った?」
それを聞いた5人は、声を震わせてそう呟く。
「何を驚いている。私の本質は人の鏡写しの存在。言葉を話せて当然だ。」
「影霊は、強さに関係なくコミュニケーションの取れる唯一の幽霊。なので、言葉を話せるから強いというわけではありません。ですが、アレは言葉を話せる話せないの次元をとうに超えている。」
幽霊の言葉に、アラスターも補足説明を加える。それを聞いたみんなは、納得した。
幽霊は本来強くなるほど、人に近くなり言葉を話す。それは強大な念を受けた幽霊ほど、より"完全に近い状態"で復元されてしまうからだ。
「厄介ですね...」
両者の間に緊張が走る。
そして、
「主が来るのは想定外だったが、まぁ良い。6人まとめて無に返してやる!」
と、幽霊が叫ぶとともに、幽霊の背後から6つの黒く大きな手が出現した。
「こちらこそ、全力で祓います。」
アラスターもそう言って戦闘態勢をとると、黒い手がとんでもない速度で迫ってきた。
「速いッ!!」
空間を裂きながら迫ってくる一撃を、アラスターはなんとかかわした。空間内には、轟音と衝撃が響き渡る。
「空間そのものを削っている...」
霊界領域は幽霊の念によって生み出される副次効果的なもので、実際そこまで危険なものではない。
しかし、この領域の中では、物理法則すら幽霊側に傾いている。
「執行魔法――」〈神律執行〉
それに気づいたアラスターが技を発動すると、杖の天秤が傾き、金色の魔法陣が幾重にも展開された。
仄暗い空間に微かな光が生じ、幽霊の動きが一瞬だけ鈍る。
「ほう...この領域の特殊効果を相殺するか。」
「あなたの好きにはさせません。」
続いてアラスターは地を蹴り、目にも止まらぬ速さで一気に距離を詰める。
〈神天罰降臨〉
そして黄金の雷が一点に収束し、槍の形を取って幽霊の胸部を貫いた。
だが――
「なッ...!」
雷槍は幽霊の体を突き抜け、霧散した。
傷はグリッチと共に揺らぎ、やがて再生する。
「私を構成するのは"個"ではない。」
幽霊は宙に舞い上がり、ゆっくりと腕を広げる。
「殺された者、憎んだ者、恐れた者...怒り、悲しみ、憐れみ。約1億年間私に向けられた負の念、その全てだ。」
8本、10本――空間を埋め尽くす異形の腕。そして、廊下のようだった空間が、とてつもなく広い神殿のような空間に変わった。
「...やはり、集合的念核霊体。」
アラスターはそう言うと、
「執行魔法――」〈裁断〉
と、技を発動した。アラスターが杖を振ると、無数の白銀の斬撃が放たれる。
斬撃は幽霊の腕を数本切断し、空間に悲鳴のようなノイズが走った。
効いているようだが、切断された腕は床に落ちる前に霧へと変わり、次の瞬間、別の位置から再生した。
(再生が速すぎる...!)
「無駄だ、祓魔師よ。」
その言葉と同時に、空間の歪みがアラスターを襲う。
「くっ...!」
アラスターは防御魔法を重ねがけしながら後退する。
その背後で、〈穢れなき聖域〉の中にいる5人が息を呑んで見守っていた。
(まずいですね...)
アラスターは内心で焦る。
(このままでは、削り負けてしまう。そもそも器の影霊と地縛霊だけで相当強いのに、禁忌級の呪物まで持っているなんて...封印すら不可能ですね。)
アラスターがそう考えていると、幽霊が一歩踏み出す。
そして、
「理解したか?ここは、私の"家"だ。」
と言った次の瞬間、黒い手が一斉にアラスターへと殺到した。
「――ッ!!」
アラスターは全力で跳躍し、〈神律執行〉と〈絶対的拒絶〉を同時展開する。
轟音。衝撃。アラスターの視界が一瞬白く弾けた。
着地したアラスターの肩からは、神液が一筋流れている。
「あ、アラスター様に傷を!?」
「主って、怪我を負うのか...?」
その信じられない光景に、5人は唖然とした。
「...掠った、だけ...?」
だが、その一撃で、防御が一段階削られたのを、アラスター自身が一番よく分かっていた。
幽霊は、確信に満ちた声で告げる。
「良い。実に良い。だが――君一人では、私には勝てない。」
アラスターは静かに息を整え、杖を握り直す。
「ふぅ...」
限りない絶望が、その場の6人をそっと蝕んでいった。
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〈主な登場人物〉
ヴィジ〈神ノ加護:霊力支配〉:今作の主人公
レイ〈神ノ加護:神線〉:陽気な性格。意外とまじめ。
フラクタ〈神ノ加護:波動〉:穏やかな性格をしている。
ウェント〈神ノ加護:炎魔法〉:優しい性格の持ち主。頭が良く、判断力に優れている。
ネリン〈神ノ加護:サイコキネシス〉:天真爛漫で活発な性格の女の子。頭はあまりよろしくないが、攻撃力はピカイチ。
アラスター:地界第七階層の主地者であり、モートの側近。とても真面目な性格をしている。




