第21話 最期の賭け
「活力魔法。」〈怒りの雨〉
「星魔法。」〈流星の煌めき〉
空中で双方の激しい攻撃と攻撃がぶつかり合い、辺り一面は火の海だ。焦げた木々の匂いが鼻元をかすめる。
「なんで...あなたはこんなことをしたんですか!!」〈真夜中の星影〉
「それはぁ...あの人達に絶望を与えるためだぁ!!」〈プラズマウォール〉
「だからって、わたくし達は関係ないじゃないですか!!巻き込まれる筋合いはないですよ!」
「関係ないからこそ巻き込む価値があるんだよ!!お前たちは絶望の道具だ!」
2人が戦っている中、下級組の5人は巻き込まれないように本部の結界の中に避難して、戦いを見ている。
2人ともほぼ互角のようだ。
「ミル様達が今この瞬間にでも帰ってきたらどうする気なの。」
「ハハ、そうなったとしてももう止められない。主であろうと、大君主であろうと、所詮はあたし達より少し強いだけのただの天者に過ぎないんだ。あの人達は神じゃない。最悪この身を犠牲に魔法を発動することだって可能なんだ。」
「...正気の沙汰ではないわね。」
2人の戦いはさらに激しくなっていく。あちこちで戦火が上がり続ける中、下級組5人はただ傍観することしか出来なかった――。
〈神聖なる翼〉
〈輝く星域〉
激しい戦いは続き、両者とも傷ついている。だが、明らかにエネの方がボロボロだ。
「もう終わりにしましょう。」
ステラはエネにそう投げかけるも、エネの耳には届いていない。
「なんか様子がおかしいよな。」
そのエネの異常な様子にレイ達はそう話しをする。
「そうだね。確かに今まで信用していた相手がとんでもないことをしていたら嫌かもしれないけど...あそこまでなるかなぁ。」
「ミル様の過去に何があったんだ...」
そんな話をしていると、突如眩しい光が辺りを包んだ。何事かと思って見てみるとエネが攻撃を放とうとしている。
それをみたステラが、
〈終焉の二重星〉
と、強力な赤黒い星を放ちエネを撃ち落とす。轟音と共に地面に叩きつけられるエネ。
しかし、それでもエネは止まることなく攻撃を放った。
「ぐ、ぐぐぎがァァァ!!」〈暗闇の閃光〉
その瞬間あたりは恐ろしいほどの熱と閃光に包まれた。目を閉じても眩しいほどの光は都市全体を包んでいく。
そして、エネはステラが目を瞑っているその隙に、力を振り絞って監視塔へと飛び上がった。
ステラはそれを察知して動き出す。
「くっ...ハハハハハ!もう無駄なことは終わりだ。」
「さ、させないわ――。」
「もう遅い!!」
エネは杖を出現させ天に掲げる。そして、
「我らを犯す悪の根源よ。神聖なる光を前に散るがいい。穢れし闇は浄化され、永遠に滅せよ。発動!!」〈粛清〉
と、大魔法を発動させてしまった。
魔方陣が夜中の空に浮かび上がる。大地は揺れ、空間が歪むような圧倒的な負の念が隊士達を襲う。
「な...一体何が...」
「俺達...死ぬ...のか...?」
5人は未だ視力が回復していないが、もはや目が見えないことなど問題ではなかった。肌で感じる恐怖。感覚が悲鳴を上げる様な圧倒的不快感。それは、5人が魔法の発動を察するには十分過ぎるものだった。
〔ガガガ、ピー...ステラ!聞こえるか?何がザサッきてるザッだ!!〕
ノイズ混じりのナリシアの無線が入るも、ステラは応答しない。
「もう...ここまでね...」
ステラは自分の死を悟り、そう呟いた。この状況では無駄なあがき。そう思っていると、ふと昔ミルから何度も言われた言葉を思い出した。
「『何事もイメージが大事。勝てないと思った相手に、勝てるわけがない。』...ね。」
ステラはふぅーっと息を吐くと、魔法が放たれるまでのわずかな時間に思考を駆け巡らせる。そして、
「...これしかないわ――。」
と、杖を出現させ天に掲げる。
「心は自身の鏡。誰にも知り得ぬ禁断の世界への道、今こそ切り開かれる時。」
「そ、その詠唱はまさか!?」
ステラの詠唱にエネは目を見開く。
「させるか!!」
と、エネがステラに飛びかかるももう遅い。
「フフフ、最期の賭けってやつよ――。発動!」〈魂の聖域〉
ステラが魔法を発動すると、エネと共に光と闇の渦に飲み込まれていく。視界が少しずつ歪み、得体の知れない世界へと引きずり込まれてしまった。
――2人が目を開けると、そこは光と闇が交差し、地面がまるで燃えているかのようだった。淡く赤に染まった空がどこまでも続いている。異様な空間だ。
いつの間にか傷も癒えており、体に魔力が感じられない。
「...くそっ、精神世界か。」
その精神世界はまるで2人の心を表しているかの様だった。
「貴族であり祓魔師でもあるお前が、禁忌魔法を使うとは...落ちたものだな。」
「お互い様よ。」
「『魂の聖域』...禁忌とされている原初魔法...か。一体何をする気なんだぁ?時間稼ぎか?この世界に死はないし能力も使えない...殴り合いでもするきか?」
エネはこの期に及んでやる気満々だ。そんなエネをステラは優しく諭す。
「そうね...わたくしは話し合いを望みますけれど。」
「話し合いなんかしたって意味ないだろう。」
「いいえ、そんなことはございません。あなたはわたくしが時間稼ぎをしていると勘違いしているようですが、わたくしの目的はあなたの思考を変えること。」
「...は?」
「大魔法『粛清』は念により発動されるものですが、術者が複数人存在する場合でも最終的な発動は主要術者の念に左右されます。つまりあなたの持つ『悪』に揺らぎをあたえ対象をそらす、もしくは魔法そのものを崩壊させる。それがわたくしの目的です。」
「ハッ!そんなこと――。」
「できるかどうかなんて、わかりませんよ。ですからこれは『賭け』なんです。」
2人の間に冷ややかな空気が流れた気がした。音もない空間で両者は静かに対峙する。
「...この世界は己の精神力に依存する...ならばお前の精神を魔法の主導権を奪うまでズタズタにしてやる!!」
そう言うと、エネはステラに殴りかかった。
ステラはそれを見切り、攻撃を次々にいなしていく。
「お前に絶望を見せてやる!!」
「ならば、わたくしは希望を見せてあげますわ!!」
2人の攻撃と攻撃がぶつかり合い空間が震えた。攻撃をするごとに、大地の靄が呼応するように舞い上がる。
そして互いの思いが交差し、それぞれの頭に流れ込んでくる。
「うっ...これが...ミル様の過去の一部...」
「くそっ、汚らわしい記憶を...まぁでも、それは既に経験済みだ!!」
ステラが同様した隙にエネは蹴りを打ち込んた。
「うぅっ...」
「どうしたぁ!そんなものあたしだって知っている...知っているからこその絶望だ!!」
ここぞとばかりにエネの攻撃が激しくなった。ステラも気を強く持って対抗する。
「魔法を使うあたし達がただの殴り合いをするなんて、思ってもいなかったなぁ!」
「えぇ、全くですわ。」
――戦闘を開始してから時間が経ち、2人に疲れが見え始める。
「ハァハァ、ここでは体力を精神力という形で消費するようだな...フゥ、体力という概念がほぼ存在しないのに...疲労の感覚は数千年振りかな...」
「そう...ですわね...」
息を切らしながらも、互いに向かい合う。
「...お前は、あたしの記憶の一端をみたんだろう?それでもなぜ立ち向かう。」
「わたくしにとって、それが絶望ではないからです。」
「なに?」
「確かにわたくしが見たビジョンはとても悲惨なものでした...しかしそれは、ミル様への信仰をやめる程のことではありません。しかも、わたくしはあなたの中に、あなたのものではない『悪』を感じました。やはり、印象操作でもされたのでしょう。」
「そんなはずはない!!これはあたしの決断だ!!」
ステラの言ったことを、エネは声を荒げて否定した。
それでもステラは優しく問いかける。
「あなたは誰よりもミル様の寵愛を欲していました...あなたの思いはその程度だったのですか?」
「黙れ!!思っていたからこそ――。」
「あなたはミル様とダクラ様に絶望を見せたいのでしょう?あの2人にそんな情がなかったら?」
「ッ...」
「その考えはミル様達があなた達のことを大切に思っていることの裏返しではありませんか。あなたは心のどこかで、あの方達のことを思っているのですね。」
「...」
エネの拳が震える。否定しようとした唇は開くたびに小刻みに揺れ、声が出ない。
ステラは静かに一歩近づいた。赤く染まった精神世界の大地が、足音に呼応して波紋を広げる。
「あなたが見た『真実』は、きっと誰かの作った幻です。あなたが信じてきた絆を壊すための、悪意による幻影。」
「黙れ...黙れぇ!!」
叫びとともに、エネの周囲に黒い靄が渦巻く。だが、その黒は次第に薄れ、内側から白い光に侵食されていく。
「その心の中に、まだ光が残っています。あなたがミル様を憎めない証拠です。」
「...だったらあたしは!!...どうすれば、よかったんだ...?」
初めて、エネの瞳に涙が浮かんだ。怒りでも憎しみでもない。ただ、救われたがっていた子供のような瞳だった。
ステラはそっと手を伸ばす。
「この世界はあなたの心。わたくしが触れられるのも、あなたが許した時だけ。」
その言葉に、エネはゆっくりと手を伸ばした。指先が触れた瞬間――。
眩い光が辺りを満たした。
精神世界の赤い空が白く塗りつぶされ、ひび割れた地面が崩壊していく。
それはまるで、長い夜が終わり、朝日が差し込むような光景だった。
2人が現実に戻ると轟音と共に夜空に描かれていた巨大な魔法陣が、粉々に砕け散った。
「何が起こったんだ...」
「...止まったのか...?」
「た、助かったのか?」
一瞬の出来事に、下級組の5人は未だボヤける目を擦りながら辺りを見渡す。
下の森には、倒れたステラとエネの姿があった。精神力を使い果たし、気を失っているようだ。
5人は急いで2人を連れてナリシア達の元へ向かう。
戦いがあったことが嘘のように、静かな空には煌々と満月が輝いていた。
――数日後。
エネは拘束されたまま、本部の治療室のベッドで目を覚ます。
横にはステラが椅子に座り、穏やかに微笑んでいた。そしてその隣にはミルが立っている。
「お目覚めになりましたか。」
「...ミル...様。あたしを殺さないのですか。あれだけのことをしたのに...」
そう言うと、エネはうつむいた。
ミルは窓の外を見上げる。空は雲一つなく澄んでいた。
「俺はお前を赦す。まぁ、そもそも俺は全て知っていたし。あの時お前が私を狙って罠を仕掛けたことも、お前がアイツに悪意を植え付けられたこともな。」
「ッ!?」
「ミル様の一人称がおかしくなるのは、気持ちが揺らいだ時ですわよね。」
「はぁ、全く疲れるわ。」
ミルは深くため息をついた。
「...それで、あたしの処分は...」
「うーん...」
ミルは目を閉じ、しばらく沈黙した。そして、
「一生俺の下で働いてもらう。」
と、一言。その言葉にエネは驚愕し、歓喜し、感動した。そして、感極まったのかボロボロと泣き始めた。
「ウッウッ、あ、ありがとう...ござい...ます...ミル様...」
それを見てミルとステラはそっと微笑んだ。
窓を開けると、冷たい秋風がそよそよと吹き込んでくる――。
他の反神者達も無事に捕らえられ、今回の大事件は幕を閉じるのであった。
少しでも、
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〈主な登場人物〉
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〈主な登場人物〉
ステラ〈神ノ加護:星魔法〉:ダクラ部隊の力天者。とても清らかで美しい見た目をしている。その正体は零階層屈指の貴族の娘。性格も穏やかで戦い方も美しい。
エネ:元ダクラ部隊の力天者。ものすごい才能を持っていたが、ミルの過去を知ってしまいミルに強い嫌悪感を抱いている。
ミル:常世零階層を統べる大君主。厨二病でお調子者。とても寛大。




