83 上流科最上位クラス
レグルスが引き起こしてしまった、貴族の学生殺し…。
流石に執行人と言えど、学園内での殺戮はないだろうと油断してしまった。
むしろ心配だったのは、エルナトや、そして私の腹違いの妹のスピカだった。
クラートやノート、スピカの複雑な人間関係と、そこに最も不穏分子であったエルナト第2王女殿下…。
私の担当するこの4名が騎士科稽古で波乱を起こしていたため、ややレグルスとアトリアの魔術科指南の件も含めて、後回しにしてしまった。
レグルスに至っては口こそ悪いが、クラス全体を見渡し、それに適した行動をとり、面倒見の良い優秀な生徒だったのだ。
だからこそ…最上位クラスから1人の女子生徒を連れて行きたいと言う申し出に、青春だなと…そう思い、可愛い生徒の要望に許可を出した。
故に油断した。
そう、レグルスは七公爵家でも極めて特殊な立ち位置でもある、ルミナス王国を裏から支える、執行人、暗殺を生業とする公爵家の人間だった事を…かなり失念していた。
『ルミナス王国六大騎士団』と、『ルミナス王国六大魔術師団』が表で国を守るなら、グラオザーム公爵家は裏から国を守る一族なのだ。
…グラオザーム家は掟に非常に厳しく従順。
正直、七公爵家でもルミナスの王族に、国に、最も忠誠心が高いのが3位の立ち位置のグラオザーム公爵家。
レグルスの引き起こしてしまった学生殺しは…そのグラオザーム家の魂に深く刻まれた、掟に非常に厳しい一面が出てしまい…このような悲惨な出来事が起きてしまった。
…叱ることなど出来るはずもない。
グラオザームの血が目覚め、掟破りかつ、脅威と認定した者を即座に排除しに行ってしまっただけ。
レグルス自身も相当自信を責めて苦しんでいた。
教室扉の前で、葛藤し入室出来ない後ろ姿を見て…守ってやらねばならない。
私、リゲル・アイスベルクは、私の母が亡くなり、父、スヴェル・アイスベルクが別の貴族と再婚。
そこに私の妹…スピカが出来たのだ。
どう接すれば良いか分からなかった…。
なにせ魔眼を持って生まれてしまい、すっかり私にあまり関心を父は抱かなくなってしまったのだから。
私にとってみれば、再婚相手など他人も同然。
そのままズルズルと引きずり、スピカと言う妹との関係もあまり良いものとは言えなかった。
…またもや、これ以上の失敗はできない。
先ずはレグルスが引き起こしてしまった現場に向かわなくては。
私は燦爛クラスの、演習場に浮かんでいる紅玉石製の教壇から立ち上がり、5階、『星屑の回廊』に向かい階段を降りる。
私の耳飾りの魔道具、『追跡の耳飾り』『宝玉等級:サファイア』は、魔術、魔力の痕跡をある程度探る事が可能だ。
なるほど、やはりこの大階段付近でレグルスの『第3階梯:光:リヒトクーゲル』の魔力が残留しているな。
壁や床に一切の傷跡もないか。
見事な腕前だな。
一発も外すことなく、6名を瞬殺とはな。
…私が何事かと、燦爛クラスの教室に向かう際、友人でもある最上位クラスの担任教師、マデラシトリン・クライノート侯爵と共に5階まで来たときは…まぁ言葉を失った。
大階段付近に大量の血で汚れた廊下、その中に倒れ伏す6名の死体。
10名近くの警備員もおり、急いで遺体収納袋で包む場面、血しぶきや、血の池だまりを『宝玉等級:サファイア』の蒼玉の水晶で洗浄する幾人かの警備員。
半狂乱状態の最上位の者達を、宥める様子…。
…事情を尋ねれば、レグルスがこの事態を起こしたと聞き、
「(―マデラ、私は燦爛クラスでレグルスを見てくる。君は担任として事情聴取を頼む。―)」
「(―リゲルちゃん…。私も生徒の様子には頭を抱えていたけれど…はぁ、やっぱりきちんと教育できなかった私に責任はあるわねえ。…とにかく何とかしておくわ。―)」
…私も同じだ、マデラ。
レグルスの優秀さに頼り、彼の葛藤をきちんと理解してあげられなかった…。
しかし回廊(廊下)は何事もなかったかのように綺麗になったものだ。
この学園の警備員やその他職員には、頭が上がらないな。
さて、レグルスの魔術の痕跡が最も強いのはそうだが…何だ?このほんの僅かばかしの別の魔力は?事件現場の星屑の濃紺の大理石の床と、魔術刻印の施された白亜の大理石の壁を触る。
アトリアの『雷』や、それこそ悲劇を招いてしまったレグルスの『光』と言った、元素魔力ではない。
もっと別の何か…だが微か過ぎて分からないな。
現在、秘密裏に、隠密や偵察を得意とする特殊な騎士団の、第4位:『翠玉騎士団』が『紫苑騎士団』を探っているが…まだ何も掴めていない。
…5階の回廊から魔力が満ち、燦爛クラスの6階『白銀の回廊』でさらに濃密度となり、そこにいるだけで魔力回復、体調の多少の回復など様々な効果がある。
6階は濃密度過ぎて、本当に燦爛クラスに相応しい者でないと、逆に過剰回復であまり長い間いられないが。
まぁ問題なのはそこではなく、この5階…今にして思うと、学園設備としての魔力回廊だけでなく…ほんの微かだが、何か体内を、いや、精神に支障をきたすような残留魔力も『追跡の耳飾り』から感知されている。
これは…学園ではなく、外、つまり王都外の貴族の生徒から持ち込まれている?
回廊で調べられる範囲はこれくらいか…。
最上位:リュミエールの教室に入り、事情聴取をする外ない。
教室扉は2つ。
最上位クラスの教室の重厚なオーク材で作られた頑丈な扉。
演台前と、最後尾にある
扉には、クラス名が刻まれた、古びた真鍮のプレート…。
そして私はノックして、演台前側の扉を開ける。
「…昨日に引き続き失礼する。もう2ヵ月前のクラス混同試合でも見ているだろうが、私が燦爛クラス担任の、リゲル・アイスベルクだ。…ふむ。随分と今朝の恐怖で震えているようだが。息苦しい空気だ。
…さて、私の愛する生徒、レグルス・アフ・グラオザームの行った件について、君たちに改めて事情聴取をしに来た。マデラ、申し訳ないが失礼するよ。」
私がそう言うと、微笑んでくれる私の友人。
教室のレイアウトは…とにかく広い。
演台を中心に横幅は半径13メートル、教室の最後部から演台まで20メートルと言ったところか。
演台に向かって扇状型の階段教室となっている。
床も壁も、磨き上げられた純白の大理石で…点々とある各純白の大理石の円柱には、『永久光波』の魔除けの魔術刻印が幾度も重ねられ、教室を銀色で輝かせているな。
ついでに言えば、『永久氷結』に『永久炎熱』と言った刻印も円柱に刻まれ、快適な空間にはなっているか。
ふむ…改めて異様な教室だな。
白いビロード張りの椅子に、各個人用の象牙製の学習ブースまであるとはな。
あれは授業が開始されると、ブースの正面に魔術で映像が投影され、演台まで良く見えるようになっている。
「…ふむ。先ずは全く関係のない者、つまりは七公爵家、及び下位の者が上位の爵位の者に反感を抱くなどと言う、愚かな考えを持たない者達だ。その者達には怖がらせてしまったが…申し訳ないとは思う。
だが…甘んじて今回のレグルスの行動を受け入れよ。君たちも公爵家がどれほどの権力、そして力があるか…あの戦いにすらならない淡々と一瞬で処刑した、レグルスの殺戮劇で燦爛クラスと、七公爵家に歯向かう事がどれだけ愚かな事か…改めて身に染みたはずだ。」
先ずは様子見の言葉から述べる。
最初は25名だったが…フローライトの追放と、今回の処刑で計7名減り、残りは18名か…。
さて、回廊で感じた妙な魔力を纏った生徒が『追跡の耳飾り』で感知された。
やはり…外から持ち込まれたものか。
何か答えるかな?
そう思っていると、妙な魔力を纏った男子生徒がバシンとブースの机を叩き、立ち上がり…
「…っ!!リゲル先生!!その言葉はないでしょう!?私共の仲間が殺されたのですよ!?燦爛クラス、七公爵家だからと言って横暴が過ぎる!!」
ふむ…あれだけの悲劇があって尚反感を抱く、か。
「…おかしな事を言う。1~4年の燦爛クラス、及び七公爵家は殆ど横暴などと言う真似はしていない。
むしろ反感や不満を抱き、私の生徒、燦爛クラスと七公爵家に挑もうとする、勝負を仕掛ける、そして…レグルスの時のように失礼な態度を取る、君たち、特に上位と最上位の者達こそが横暴だ。
君は、2ヵ月前の混同試合で何も学ばなかったのかな?あの時私はこう言った。
1ヵ月前に起きた王都すぐ近くの森の争った形跡、ああいう強者を前にした時、命はとても軽い。今回の一件が良い例ではないか。レグルス・アフ・グラオザームという本当の殺しの達人が、どのように戦う…いや、蹂躙するのかが分かっただろうに。」
そしてまた妙な魔力を纏った、女子生徒が反感を抱く。
「その横暴をレグルス公爵がやったのですよ!そして貴族としての義務、国民を導き守る義務が私たちにあるのです!!私どもの命が軽いはずがありません!」
なんと愚かな…。
「そんな頭にもない建前を振りかざしているから、レグルスにあっさりあの6名は処刑されたのだ。良いか?『殺戮』ではなく、『処刑』だ。この言葉の意味が分かるな?貴族社会の掟、秩序を乱す真似は者は許されないのだよ。それに…横暴とは言ったが、君たちのクラスメイトであったローズクォーツ・ムート侯爵は嫌がっていたのかな?もしそうであるのなら、横暴ではあったかもな。例え七公爵家だったとしても。しかし…別にそうではなく、喜んでレグルスについていったではないか。むしろ彼女は処刑の一件で、ようやく自分に言い寄ってくる男性が、減ると気が楽そうではあったがな?」
さて、何かまた別の者が言い出しそうだから、とっとと本題に入らなくては。
どうにもここまで言っても分からないらしい。
だから私は、マデラに言う。
「さて、これ以上は時間の無駄だ。マデラ、申し訳ないが、あの2名の愚か者の爵位は、校章バッジを見ると、金と銀。伯爵と子爵だ。私と言う侯爵に歯向かった者として、一度痛い目を見てもらった後、連行し、反省房行きだ。その後また復帰してもらうとしよう。」
「…わかったわ。リゲルちゃん。ごめんなさいね。まだまだ私が導けなかったばかりに…。」
許可は得た。
マデラ…別に君が悪いわけではない。
あの2名の生徒もおそらくは、これほどまで愚かではないのだろう。
しかし、済まないが力ずくだ。
私は魔の短剣『一瞬凍結』『宝玉等級:ルビー』を取り出し、
「眠っていてもらおう。『基本剣術:応ノ壱:縮地』。『第2階梯:氷結:ライフ・ディ・ピッケ』!」
先ずは瞬時に最初の男子生徒に接近、続けざまにつま先を冷気で宿し、上段のつま先蹴りで顎をガアン!と打ち抜き他生徒に当たらないよう、最後部の壁まで吹き飛ばす。
「…ポカンと呆然しているようではまだまだ未熟だぞ?最上位の者達。『基本剣術:応ノ壱:縮地』。『第2階梯:氷結:ライフ・ファオスト』!」
もう一人の女子生徒に一瞬で移動、冷気を宿した左拳の縦拳を、ドン!と鳩尾に叩き込み膝から倒れ伏す…。
そのまま階段教室の、ど真ん中まで移動、演台までゆっくり歩きながら最上位の者達に私は問う。
「これ以上の問答は無意味。平行線だ。さて、私がこの教室を訪ねた意味は一つ。ここにいる妙な魔力を纏う残りの、そこの4人。君たちは『紫苑騎士団』に何かされたか?」




