76 食客と婚約者
「え?何ですか?ここ?本当に公爵邸ですか?鬱蒼とした森じゃないですか!!ぅえ?さっきまでの綺麗な手入れされた並木道はどこですか!?なんか高い綺麗な塀は見えますけどぉ~、魔物が出そうな雰囲気じゃないですか!!『無慈悲な閃光』さんは私をこんなところで襲うつもりなんですか?や~らしい!!ごヴぇ!?」
「だぁ!!てめえは本当に口の減らねえ奴だなぁ!!」
一々こいつは小生意気な事を言わないと、気が済まない性分なのかぁ!?本当にクラートの妹か!?
レグンを小突くのが当たり前になってきてるんだが?
「ちっ!グラオザーム家は執行人という特殊な家だからな。1位のヴァールハイト家、2位のブリッツシュラーク家に比べても、敷地が異常に広くてな。その大部分が意図的に手入れされすぎないように、こんな鬱蒼とした感じなんだよ。グラオザーム邸はこの森の奥に隠されているような雰囲気で作られてんのさ。だから大通りからは、高い塀と、深い緑しか見えねえ感じなわけ。分かったか?小生意気な『緋色の魔術師団』さんよぉ。
んでローズクォーツ、悪いな。雰囲気はこんな感じだが…まぁ最低限度の客間はあるから…。」
「全く問題はありませんよ。私はレグルス公爵様の婚約者。この薄暗さも心地が良いです…。」
ああ…全部受け入れてくれるのか。
本当は、神秘的で上品さのあるローズクォーツを、こういう場には相応しくはないのだろうが…。
「は?ちょっと婚約者さんと私に対する、対応の差が激しくないですか?流石は『無慈悲な閃光』さんです。私にはとことん無慈悲ですね~…ごヴぇ!?」
「てめえの自分の態度を鏡で見て出直してこいやぁ!!アホたれが!!」
これ程大騒ぎしながら、この自分のグラオザーム家に馬車内で入るのは初めてだな…。
鬱蒼とした木々には囲まれているが、馬車が通れるようにグラオザーム邸までは広い大理石で舗装されているぜ?
さて、深い森を少しだけ抜けた先に、グラオザーム邸は、まるで幻のように現れる感じだな。
高い石塀に囲まれ、建物自体は光を浴びて白く輝いているんだがなぁ…窓が少なくてよ、公爵邸のデザインにしては貴族の館というより、堅牢な砦だわな。
俺でも思うがよ、人の営みの温かさがねえし、静寂と近寄りがたい『影』だけが漂っている感じ。
登ることが不可能なほど高けえ、滑らかな石塀で完全に囲まれている門は、家紋すら刻まれていない、黒鉄製の、重く、無骨なものだな。
俺達が乗っている馬車が近づくと、魔法的な仕掛けで勝手に開閉しやがる。
「うええ…。ここ本当に公爵邸ですかぁ?もう私を凌辱したくてたまらない、危ない人たちのお館じゃないですかぁ!」
「てめえ…一々小言を言わねえと気が済まねえ性分だな!大体勝手について来たのはレグン、てめえだろうがぁ!!」
俺とレグンの言い争いの中、ローズクォーツだけが、
「ここがレグルス公爵様のお屋敷…。とてもドキドキします…。」
…可愛らしい反応を見せてくれた。
…ちと嬉しい。
そんで俺たちは馬車を降り、玄関の無骨な黒鉄製の巨大な両扉を開ける。
「帰ったぞ。ちと連れもいる。」
俺がそう言いながら帰ると、俺と同じ金髪碧眼で、髪は耳元に少しかかり、うなじ付近までのショート。まだ目鼻に幼さが残り柔らかい印象があるが、涼しくて刺すような、どことなく鋭利さがある俺の妹…チタニアが玄関ホールまで出て来た。
ちなみにグラオザーム家の者として怜悧だがな。
賢いんだよ。
「お帰り…。誰?その女の子2人?お兄が女の子連れて来るなんて初めてじゃん。」
「確かにな。チタニア、悪いがちょいと騒がしい小生意気な奴もいるが、年も近い。仲良くしてやってくれ。」
「は?誰が騒がしいと?そもそも無慈悲にも兜を壊してくれましたから、私の美貌が晒されたんですよ?おかげで危ない方に着け狙われやすくなって居場所をなくしたんです。ああ!な~るほど!敢えて壊してここで私を凌辱したいんですね?や~らしい!!ごヴぇ!?」
「レグーン!!てめえはいい加減その止まらねえ口を閉じやがれ!!」
「…お兄のその楽しそうなやり取りは久しぶりに見たかも。」
チタニアはまだ、14と俺より4つ下だ。
しかしそれでもグラオザーム家の者。
『宝玉階梯:エメラルド』と『宝玉部会:サファイア』の称号2つ持つ、レグンと同じく魔法戦士タイプ。
主に短剣、ナイフを使った素早い暗殺者タイプ。
ただし、チタニアに戦技は一切ない。
全て接近戦型の魔術を行使し、素早い白兵戦を行う。
そして家臣たちも玄関に来る。
勘違いはするな?もちろん普通に家の執事、メイドたちだ。
(フットマン:給仕や雑用を担当)
(ハウスメイド:清掃や寝具の管理)
(キッチンメイド:料理の下準備や台所の清掃)
(ランドリーメイド:洗濯と衣類の管理)
(庭師:庭の手入れと管理)
という普通の家臣たちだよ。
俺ら公爵は王都にあるから領土を持ってねえ。
故に千人、万人規模の軍隊なんかねえんだよ。
その代わり、侯爵以下が持つなんてありえねえ魔道具に、俺のグラオザーム家はな…
・グラオザーム家:『執行部隊』て言うのがあるんだよ。
部隊75名だ。
『宝玉部会:サファイア』40名。
『宝玉部会:ルビー』17名。
『宝玉階梯:サファイア』10名。
『宝玉階梯:ルビー』8名。
こいつらで裏のゴミ共を、そして反乱分子を始末だ。
「お帰りなさいませ。レグルス様。そのお二方様はどうなされますか?」
「んあ?ああ…1人は俺の…婚約者予定の人。んでそこの『緋色の魔術師団』の小生意気な奴は食客。まぁ、どれくらい滞在するか不明だが…まぁどうやら魔術師団からも放任されて、単独行動の許されている奴。当然どっちも丁重にな。」
俺に声をかけて来たのは、グラオザームの家臣の総括をする執事長の、アウロラ・ノウス。
殆ど俺の従者みてえな感じ。
『宝玉部会:ルビー』の称号を持つ短剣使い。
ま、アウロラは『執行部隊』じゃねえがな。
ただ、いざとなれば戦場にも出向く。
とにかく何でも出来るすげえ奴。
「なるほど…。レグルス様が婚約者様を…。そして『緋色の魔術師団』の方とはまた稀有な方をお連れしましたね。どうやらお可愛らしい魔術師団の方とは仲が良いご様子…。かしこまりました。お部屋までご案内しましょう。」
「へえ~。外から見たお屋敷は危ない雰囲気しかなかったですけど、内装は綺麗で良かったです~。私を襲う気満々でしたからねぇ。『無慈悲な閃光』さんは~!!あっはっはっは!!ごヴぇ!?」
「はぁ…てめえを小突くのがもはや日常になりそうだな。」
ったく、仮にも公爵邸だっての。
壁は深灰色の、極めて継ぎ目の目立たない触り心地は良いツルツルな滑らかな石壁だ。
音を吸収する、特殊な魔術加工が施された、深灰色の玄武岩だがなぁ?
床は磨き上げられた、光を鈍く反射する黒御影石だっつうの。
ついでに言えば、それも鏡のように磨き上げられた、継ぎ目のない「一枚岩」の黒曜石だ。
それも快適性の魔術刻印が刻まれていてな、学園にもあるけどよ、『永久氷結』に『永久炎熱』なんて言った、季節に合わせた物があんだよ。
中央には、家紋(影に潜む狼と光の剣)が織り込まれた、深緑色の分厚い高級絨毯が続いてるんだよ。
天井からの直接照明は控えめだが、壁に埋め込まれた小さな『光石』『宝玉等級:エメラルド』が、間接照明のように、柔らかく床や壁を照らしてんのさ。
ああ?『光石』って学園にある奴じゃねえのかってか?公爵邸で王都だぞ?それくらいあるわ。
んで、廊下の要所要所に銀製の、装飾のない『永炎の燭台』が置かれいてな、魔術の炎が静かに揺れているんだよ。
…まぁ、あながちレグンの怖えお屋敷と言うのも間違いはねえのかもな。
「レグルス様が本当に楽しそうにしているお姿は、本当にお久方ぶりです。婚約者様、魔術師団のレグン様、そこのダークオークの扉がレグルス様の自室でございますよ。」
はぁ!?何を歩きながらばらしてやがる!?
「アウロラ!てめえ、ローズクォーツならいいがレグンに何されるか分からねえだろうが!」
「ここが…レグルス公爵様の御自室…。」
ろ、ローズクォーツの顔が赤くなってやがる!?
俺も恥ずかしいから!!
「へえ~。ここが無慈悲でいやらしい『無慈悲な閃光』さんの自室ですか~。私を強引に連れ込むために、ここまで来たんですか?や~らしい!!ごヴぇ!?」
…もういいや、この口の減らねえ小生意気なこいつは、ゲンコツを入れとけば。
どうせやたらレグンは何でか頑丈だしな。
2人を各々の客間に案内し、夕食へ。
大食堂か?鏡面仕上げの、黒檀の長いテーブルだ。
やたらとキラキラ反射してきやがる。
無駄にデカくてよ、これ…20人くらいは座れんだろ。
誰がそんな人数が集まるってんだ?いや、まぁ家臣やらアウロラの奴も使うか。
んで、着席する椅子な。
背もたれがやたらとに高くよお?王の玉座かよ…ってな。
まぁその分、と言うと変な話だが装飾は少ねえ。
あくまで最高級の黒い革張りだ。
そんな椅子が幾つ並べられていやがんのさ。
「んで?なんでレグンまで俺の隣にいんだよ?」
ローズクォーツも隣だが、なぜか小生意気なレグンに挟まれているんだが?
「え~?だって暫くここで厄介になりますし、や~らしい『無慈悲な閃光』さんのために、隣にいてあげてるんですよ?感謝してください!」
「もうてめえに何を言っても暖簾に腕押しだから、もういいわ…。」
「レグン様とレグルス公爵様の仲の良いご関係…羨ましいです…。」
はぁ…何でローズクォーツに来てほしかっただけなのに、このクラートの妹に振り回されなきゃならねえんだ…。
「チタニア。親父とお袋はどうした?」
本当ならローズクォーツの事を紹介しようと思っていたのだが…。
「…執行人の活動中で、暫くは帰ってこないかも。…お兄が調子悪そうだから。」
「…そうかい。まぁ、別に執行人の稼業から逃げやしねえよ。チタニアにやらせるわけにもいかねえし。チタニアはこの稼業、平気か?」
ま、俺と違ってチタニアは案外覚悟がガン決まってるからなぁ。
「平気。…お兄は本当に良いの?辛そうじゃん。私が全て引き受けようと思ってたんだよ?」
…心配をかけさせていたか。
情けねえ…。
妹よりも俺の精神が弱いとはな。
「ああ。これ以上は心配かけさせるわけにもいかねえしな。それに、隣のクソ生意気なこいつ、俺より強いからな。ま、レグンも相当苦労していたようだが。何であれ、こういう手合いに出会ったとき、今のチタニアだと手に余るしな。」
…あ?どうした?絶対何かレグンの事だから、小言言ってくるだろうと思ってたんだが…。
んあ?なんで顔を赤くして俯いてんだ?森の事件の事をまだ気にしてんのか?
「…お兄。さっきまでの漫才を見てたけど、案外女たらしだね。」
「ちょっ!え~とチタニア…さん?これ以上、無慈悲にも兜を壊したや~らしい、この『無慈悲な閃光』さんに、変な事を言わないで下さい?」
ガタンと立ち上がって…何を動揺してやがんだ?
ま、いつも食器の触れ合う音すら響かないほどの静寂だし、家臣は音もなく、影のように給仕するし、会話は少なく、落ち着いているからなぁ。
久しぶりに華やかな食卓だった気がするぜ。




