71 変わってしまった答え
何がどうであろうと、俺は拒絶するつもりだった。
俺に対するローズクォーツの想いは幻想に過ぎないと、言い聞かせて退散するはずだった。
が、どうやら俺が思っていた以上に、彼女は強情で…強かった。
ここでてめえの想いを受け取った時、俺もどうなるか怖かったからなぁ…。
俺がもし全うな人間になった時、これまで行ってきた殺戮を受け入れきれず、自分自身が罪の重さに耐えられないと確信していたから。
そして一度彼女の想いを受け入れれば、執行人の役割に戻れなくなる。
既に心がすり減っていたからなぁ…。
これ以上戦いも殺しも、もう御免だと本心から願っていたから。
だからこそ、どうにか感情を押し殺して、能面の顔で撃ち殺して、ゴミ屑共の死体となった虚ろとなった目を何度も見ては淡々と処理していた、って言うのによお…。
クソったれが。
ローズクォーツめ、まさか口付けなんて行動で強引に俺を、執行人から人間に戻しやがって…。
なんて事をしてくれやがる…。
ああ…疲れた。
執行人なんて役割、捨てても良いか?妹チタニアに、お袋、そして親父…。
そんな虚ろで弱った考えが頭をよぎったとき、
「レグルス公爵様…。私の身勝手な行動で、あなた様を深く傷つけてしまいました…。だからそのような弱った顔をしていらっしゃる。ですから、私も傷つけてしまった罰として…レグルス公爵様のお傍で支える事を、許してはくださいませんか?」
ちっ、そいつはつまり、暗い血濡られた世界に、てめえも足を突っ込む事になるんだぞ?
そいつはダメだから拒絶してた、っつうのに。
「私は大丈夫です。レグルス公爵様を困らせてしまった責任を取ります。あなたの過去も、これからの先の事も…全てを受け入れますわ…。」
…てめえ、いや、強い志を持ったローズクォーツなら…ちったぁ俺の弱さを委ねても良いかもな。
「覚悟は出来てんだろうな?俺の傍にいるという事は、執行人の役割を担うグラオザーム家に来る事も同然。」
改めて本当にその覚悟があるのかを、最後に俺は問いかける。
「…もちろんでございます。レグルス公爵様…。」
けっ!顔を赤くして恥ずかしがりながらも、しっかり俺の目をきちんと真っすぐに見つめやがる。
俺の、グラオザーム家としての稼業の影の話、それでもなお受け入れ、口付けする胆力。
「ああ、初対面の2ヵ月の混同試合でも思ったが、改めて感嘆したぜ。なら悪いが…最後まで責任を取ってもらうぞ。殺し屋の俺に幸せという、苦痛を突き付けた罰としてな。」
今度は俺がローズクォーツを抱きしめて、口付けしてやった。
ああ…俺もクラートの事をあんまりとやかく言えなくなったわ…。
これが面倒くさい男女のもつれ、ってやつだな。
次の朝、相変わらずの壮大な王宮を見ながらの登校中の馬車の中で、昨日の事で頭がぼんやりしてやがる。
「(―私は…えっと、こう見えても、そこそこの男性の方に言い寄られる事が多いので…。それはこの最上位クラス、リュミエールでも同じでございます…。―)」
…気に食わねえな。
ローズクォーツが他の貴族共に言い寄られるなんてよ。
ちっ、あの連中共、俺らの試合で痛い目にあってる癖して、なんだか苛ついて来たな。
…よし、今日のやる事を決めたぜ…。
そうして馬車の中で、俺は『学生証』を取り出した。
深紅の絨毯が敷かれた、緩やかな曲線を描く大階段を6階、『白銀の回廊』へと上がり、床から天井まで『聖銀』で、日の光も天窓から入って眩い特殊な廊下が続くただ長え廊下を、歩いて行く。
そういや、エルナトの奴、随分と疲れたような顔していたが…さて今日の教室の雰囲気はどうなっているのやら…。
教室扉を開けると…静かに席に座っているエルナト。
それから…ああ、やべえな。
ヴァールハイトの奴が以前の仮面を付けたような、またもや掴みどころのない雰囲気を出してやがる。
そんで肝心のクラートとスピカがまだ来てねえな…。
今日も一旦、何も言わずに席に行くか…。
「レグっち~!!また何をボーっとしてんの~?おお!!今日はまだ2人か~!!おっはよ~!!ごヴぇ!?」
「ブリッツシュラークうう!!だから!!静かにしておけええ!!?」
何でこいつはいつも能天気なんだ…。
いやこれがこの規格外おバカの強みなんだよなぁ!!
てめえの空気をぶち壊す言動に、ちょっとホッとしてるわ!!
「さて、本日は『琥珀騎士団』フォルカー・アーベント団長より、クラートとスピカの2名の欠席の報告を前もって受けている。騎士科の指南には…エルナト、そしてノートだ。まぁ、今回ばかりは無理して行く必要はないが。
…それとレグルスの進言については私から話は付けてある。では各々行動するように。」
あ?クラートとスピカが欠席~!?
…ブリッツシュラークもソワソワと落ち着きがねえじゃねえか…。
ヴァールハイトも仮面を被った嫌な雰囲気、クラートの奴め、昨日大修羅だったってところかよ。
…まぁ、俺も人の事は言えねえし、これから起こそうとしている事を考えるとな。
ホームルームが終了し、エルナトが、
「ノート、この後早くに[ヴィクトル演習場]まで来い。お前に話があるからな。」
ノートの返事を待たずに教室から出て行ったな…。
なるほど?拳…いや刀で語ろうってやつか。
あいつも相当苦労しているな。
んで、ヴァールハイトも…無言で出て行ったか。
「ブリッツシュラーク、先に魔術科まで行っててくれないか?この後少しだけやる事があるからな。」
あ?なんだ?俺の事をじっと見てきやがって。
「な~るほど!!リゲル先生に~、進言が何とかってやつだね~!!うん!!じゃあ先に行ってるから~、早く来てね~!!」
けっ!ブリッツシュラークにも見抜かれているかな?
俺はさっさと大階段を降りて5階、『星屑の回廊』へ。
そのまま歩いて、最上位クラスの教室の重厚な大理石材で作られた、頑丈な扉の前に立つ。
扉には、クラス名が刻まれた、古びた真鍮のプレート…。
最上位クラス:リュミエール【光、知恵】か。
けっ!壮大なクラス名にしては、どいつもこいつも小粒揃いだったがなぁ。
だが…それでも好印象だった奴は幾人かいる。
んじゃま、さてと。
演台側から失礼するぜ。
「おう、ちょいと邪魔するぜ。最上位クラス共。」
俺は一気に教室扉を開け放った。
クラスの担任は…マデラシトリン・クライノート侯爵。
杏色の髪に、眼鏡をかけた女性の先生。
垂れ目でおっとりとした風貌。
クライノート侯爵は、元素魔術じゃねえ、錬金術、パール・リヒター侯爵のような治癒魔術に長けた家系だったな。
「悪いなクライノート先生。もうリゲル先生から話は通ってるはずだが、魔術科指南が終わるまでの間、ローズクォーツを数日借りるぜ?」
俺がそう言うと、クライノート先生が、
「はぁ…。もうこれですから燦爛クラスは…。ま!リゲルちゃんにはお世話になっておりますから?良いですよ。うんうん、連れて行きなさい。」
話が早くて助かるぜ。
さてと、
「ローズクォーツ!学生証で連絡した通りだ。迎えに来たぜ。行くぞ。」
「はい!レグルス公爵様!!」
はっ!良い笑顔だ。
そう言って立ち上がり、俺まで来ようとするが…、
「ちょ!お待ちなさい!失礼ではないのですか!?燦爛クラスの者とは言え!ム、ムート侯爵に迷惑でありましょう!!」
ああ?こいつ確か、スピカの奴に一方的に叩きのめされてた、アルバス・ミリアルデ侯爵とかだったよなぁ?
「そうでございます!い、いくらグラオザーム公爵様と言えど、限度がありましょう!!」
ちっ、こいつ、エルナトの奴に一方的に切り裂かれてた、シルヴァン・シュラハトとかじゃなかったか?
こいつらがあれか?ローズクォーツに言い寄ってるバカは。
「ああ?うるせえよ。既にローズクォーツは俺の女だ。それとも俺に楯突こうってか?グラオザーム家に喧嘩売ってただで済むと思うか?おい?こちとら殺戮の限りを尽くしてきた男だ!!痛い目見たくなかったら、ローズクォーツに手を出すな!!」
「「ひっ!!!」」
けっ!情けねえ。
こんなのに絡まれてやがったのか。
「ローズクォーツ。早く来い。とっとと行くぞ。」
「ただいま参りますわ。レグルス公爵様!!連れていってください。」
顔赤くしながらも、スタスタと華麗に歩いてくるか。
ああ…やべ、本当にクラートの事をとやかく言えなくなっちまったわ。




