70 『無慈悲な閃光』の葛藤
5階『星屑の回廊』…。
正方形型の廊下と、中心部に教室があるわけだが…。
その中心部ではない廊下の隅に、一見すると、綺麗な風景画のタペストリーがかけられた、ただの壁にしか見えねえ。
そうだ、何で3隅にしか扉がねえのか気になっていたんだ。
「この風景画のその壁の横にある、小さな校章のレリーフ(浮き彫り)に、学生証を触れさせますと、ちょっとした隠し扉が出てくるんです。」
なんだそりゃ?そんなもんが5階にもあるんかよ。
ローズクォーツが学生証をレリーフに触れさせると、レリーフが淡く輝きだす。
そうするとタペストリーが透き通り、黒曜石の扉が姿を現しやがった。
「はっ!俺たちの6階も大概だが、ここ5階も変な仕組みがあるもんだな。」
「うふふ。面白いですわよね。この学園は。」
…ま、ローズクォーツが面白そうに上品に笑えるんなら、たまにはこんな仕組みも悪くはねえのかもな。
そして黒曜石の扉を開けると、中は洗練された綺麗なバー(酒場)のような感じか。
なるほどな。
お気に入りかつ、静か、軽食も取れてプライベートな感じにもってこいの場所ってわけか。
「ここは『蒼穹の隠れ家』と言う場所らしいです。 全体的に照明は落とし気味で私は落ち着けます。ほら、天井に『翠玉水晶』がいくつも吊り下げられていまして、内部に封じ込められた光の精霊が、蒼く、静かに明滅しているらしいのです。カウンター以外のテーブルには、炎が揺らめいても蝋が一切溶けない『永炎の燭台』と言う魔導具が置かれています。」
俺の前を歩くローズクォーツが懇切丁寧に、説明してくれているな。
んで、磨き上げられた黒曜石の壁を基調とし、さらには壁の一部には防音結界が施された、個室がいくつか設けられているのかよ。
ブースの入口は、ビロードの重厚なカーテンで仕切られているしな。
…幻想的だが、ちと血生臭え俺には似合わねえかもな。
「詳しいな。休憩時間はよくこの場所に居んのか?」
「ええ。皆さんとたくさん会話するよりも、静かにのんびりしていたいのです。
…カウンター席でもよろしいでしょうか?レグルス公爵様。」
俺がバーカウンターの方に目を向けると…ほーん。
カウンターテーブル自体が、一枚板の『夜光石』を磨き上げたものかい。
この丁度いい程度まで、照明が落ちているこの場では、カウンター自体が青白く、淡い光を放っているわな。
そんでカウンターの後ろには、様々な色に輝く液体が入った、美しいカットのワインボトル風の物(俺たちゃまだ未成年だ)やデキャンタが整然と並べられているわけだ。
「ああ。別に何処だって構いはしねえよ。」
んでカウンター席に並べられた、背もたれの高い、深緑色の革張りスツールの椅子に腰かける。
目の前の…精巧な機械仕掛けのバーテンダー風の人形が気になって仕方ねえがな。
「私はよくここでは『妖精の涙』と言うメニューの、グラスの中で七色に光が変わるハーブティーを注文をしています。うふふ。見ているだけで面白いですね。レグルス公爵様はいかがなさいますか?」
さて、来た事もねえから、何も分かんねえけどな…。
「レグルス公爵様はこの場は初めてでしたね。すみません。なら『賢者の石』と言う、ドライアイスのように冷たい煙が立ち上る、果実水はどうでしょう?スタンダードなメニューかと。」
…俺が暫くどうしたものかと黙っていたから、そのフォローをしてくれたかよ。
「ああ。気が利くな。ローズクォーツ侯爵は。ならそれで頼む。」
お互いが注文メニューを決めるとそそくさと機械人形が動いて、飲み物をサッとカウンターに出してきた。
「「…………。」」
俺もローズクォーツもちびちび飲んでるが、さて、どう話を切り出すか。
「んで?何で俺を誘ったりしたんだ?特にてめえに好かれるような事は何もしてねえがな。」
実際、あの試合では怯えさせて、むしろ俺にトラウマが出来るくらいの蹂躙をしたけどな。
「…憧れとかではだめですか?あの試合では、レグルス公爵様だけが、誰も傷つけず戦意損失で決着をつけておりました…。私たちの事も案じてくれていた事も、リゲル先生から聞いておりますし…。」
ああ?先生が?あの人何考えてるのか分からんが、厳しいと同時に、妙に気が利くんだよな。
「最初はやっぱり怖かったですけど、無駄に傷つけない優しさや、人を案じる事の心を持った人だと。そう思えば思うほど、2ヵ月前の試合の事を毎回思い返していて…だから、いつの間にかレグルス公爵様を好きになっていたんだと…思います。」
…ちっ、顔を赤らめて恥ずかしいだろうに、それでも自分の想いをはっきりと言える、その気高さは心底感嘆している。
「俺もてめえの気高い志には素直に好印象だがよ、俺の家名、分かってんだろ?グラオザーム家。
てめえとは全くの真反対の醜い性根を持った、裏の住人のゴミ屑共を殺し、片付けていく執行人。それは俺も例外なく幾十人と殺して殺して、殺し回ってきた。この学園に入ってからは今のところ誰も手にかけてねえけどな。
…人間のどうしようもない醜さに触れ過ぎて、そして殺しまくり続けて…半分自分自身が何のなのか、分かんなくなっちまってんのさ。」
こんな話、綺麗な心を持った人物、ローズクォーツには聞かせたくはねえが…言わなきゃならねえ。
俺がどれだけ歪んだ人物であるのかをな。
「屑共でも人間。人を殺せば心も壊れる。殺しが当たり前になって、無感情に魔術を行使するような人物なんだよ。俺に対して抱いている、てめえの憧れは単なる幻想でしかねえんだよ…。」
ちっ!隣のローズクォーツの顔が見れなくなっちまった。
ま、これで十分。
さっさと立ち去るとす…
「ではなぜ…私の急なお誘いを受けて下さったのですか?」
「…んあ?そりゃ、てめえの落ち込んだ顔を見たから仕方なくだが?しかも指南が終わったと連絡したら、立って待ってると言う。そりゃ急ぐだろうが…。」
「本当に心が壊れて歪み、無感情で殺しを続ける人が、私なんかのために急いで来ていただけるでしょうか…?」
…何で急ごうとしたんだろうな。
入学当時、クラートが教室に入ってきてから、ブリッツシュラークのおバカから始まり、諸々の面々に厄介事受けてても、もう全部どうでも良くて眺めているだけだった俺が…。
「今回のお誘いの一連で、レグルス公爵様の優しい心遣いで…私はよりもっと、好きになってしまいました…。」
「…てめえの言葉は俺も嬉しいけどな、だがやはり、さっさと俺の事は忘れた方が良い。今は学園にいるから、まだ誰も殺してはねえが、卒業、或いは退学でもすれば本業に戻る。もっと良い奴なら他にいる。俺に拘る必要はない。」
…ああ、こんな事を言っといてあれだが、もう戦いも人殺しもやりたくねえなぁ…。
だが…一度始めちまった事だ。
途中で投げ出したら、一体これまでの殺戮は何だったのか…ここで稼業を放り投げたら、俺は単なる殺戮の悪魔だ。
「レグルス公爵様は私の事を気高いと、評してくれました。では私もからも、レグルス公爵様はとても高潔なお方だと、確信しております。私のために自分の事は忘れろだなんて…。
私は…えっと、こう見えても、そこそこの男性の方に言い寄られる事が多いので…。それはこの最上位クラス、リュミエールでも同じでございます…。」
ああ、だろうな。
てめえ、気高いし、かなりの美人だ。
言い寄ってくるバカは多いだろうな。
「…はぁ、ま、確かにてめえはかなりモテる要素びっしりだからな。だからこの半ば隠れ場で過ごしてるわけだ。だがそれでも俺の答えは変わんねえよ。さっさと俺の事はわす…」
「諦められません!!忘れられません!!私は!!レグルス公爵様が好きでございます!!例えレグルス公爵様が血にまみれたお方だとしても!!」
…マジかよ。
そこまで俺の事が良いのかよ?
俺は、はっきりと大きな声で言い放った、ローズクォーツを見る。
…はぁ、顔を赤らめて、そして何で泣くかねぇ。
てめえの泣き顔が見てえわけじゃねえんだがなぁ…。
「レグルス公爵様が、私に自主的に離れるように、自分の汚い過去を打ち明けてくれました。ですが、まだはっきりと断られてはいません。どうですか?私の事はお嫌いですか?」
逃げ道を塞ぐなよなぁ…。
「別に嫌いじゃねえさ。さっきも言ったろ。好印象だと。…だがな、俺自身も恋愛ごっこに興じていられるほど余裕はねえのさ。俺が正常な人としての感性を取り戻した時、これまでの俺が行ってきた業の深さに悩まされるだろうさ。そしていざ学園を去った時、再び銃を握れる自信がねえな。
…てめえの事は気に入ってはいる。だが、これまでの俺の経験から普通の人生が歩む事を、許してはくれねえのさ。…ここまでだ。俺の事は忘れろ。」
ちっ!本当であればここで手を握ってはやりてえが、幸せ自体に苦痛を感じちまう。
「苦渋に満ちた表情です。私の事は嫌いではない、好きだと捉えました。ではもうレグルス公爵様に強引に私の手を取っていただきましょう…。」
んあ?何を…
「っ!!ん…!?…ぷはぁ!?てめえ!?」
俺はローズクォーツに無理やり顔の頬を挟まれて…強引に口付けされた…。




