66 魔術科指南2日目 『緋色の魔術師団』
昨日の初めての魔術科の指南で、俺とアトリア、そしてアストリッド・モルゲンシュテルン師団長のやり取りが面白いのか、すっかり最初の陰鬱な雰囲気はなくなった。
なんでか、俺の周りばかりによく集まりやがる。
いや、てめえら俺と同じ年だろうが…とは思ったが、まぁ如何せんブリッツシュラークは魔術科共を困惑させるだけだったからなぁ…。
『赤曜の魔術師団』以外だと自然に俺になるのは、まぁ仕方ねえか。
せめてヴァールハイトでもいればなぁ…とは思ったが、クラートとの仲を邪魔できねえし。
そんな事を思いながら、2階から6階へと続く、深紅の絨毯が敷かれた、緩やかな曲線を描く大階段を昇っていると、5階で声をかけられた。
「あ、あの!お久しぶりでございますわ!レグルス公爵様!2ヵ月前のクラス混同試合で手合わせしていただきました、ローズクォーツ・ムートでございます。覚えていらっしゃいますでしょうか…?」
んあ?ローズクォーツ?
今まさに6階、『白銀の回廊』に上がろうとしたタイミングだった。
振り向くと…怖がらせちまったかと気にはかけていた、あの長い薄い桃色…フレッシュピンクとでも言えば良いのか、同じく瞳の色も同じ、ローズクォーツ・ムート侯爵が立っていた。
相変わらず優雅な雰囲気を漂わせているが、どうにも顔が赤い。
「ムート侯爵か。ああ。覚えてるぜ。試合でやり過ぎたかと、心配ではあったがな。その調子じゃ元気になったみてえだがな。俺の懸念は払拭されたな。んで、どうした?わざわざ声をかけてきて。」
「あ、え、その、でございますね…。」
…なるほどな。
だが、こんな俺を誘う理由がいまいち分からんがな…。
「俺は今、一般生徒の魔術科に出向かなきゃならねえ。昼食やら休憩も魔術科の方で取る。流石にてめえは魔術科まで来れねえだろ。上流科の最上位クラスのスケジュールは知らねえが、それをほっぽり出して、付きっ切りは無理だろ。」
ルミナス王立学園、上流科の大まかなスケジュールとしちゃ、
『9時:ホームルーム』『9時10分:授業1時限目50分』『10時:休憩20分』『10時20分:授業2時限目』『11時10分:休憩』『11時半:授業3時限目』『12時20分:昼休憩1時間』『13時20分:授業4時限目』『14時10分:休憩』『14時半:授業5時限目』『15時20分:終業時間』
まぁこんなところか。
貴族共の交流や、その他大図書館での調べもの、自領への帰りなどでやや早めに終わる。
ただ何にせよ、このような基本の一日の流れがある以上、付きっ切りは不可能。
それこそ、2か月前のクラス混同試合、騎士科、及び魔術科指南という燦爛クラスくらいの特別スケジュールでもなければ。
「そ、そうなんですね。申し訳ございませんでした…。呼び止めてしまって…。」
…はぁ、そんな落ち込んだ顔すんなよ。
俺が悪いみてえじゃねえかよ。
「…てめえの都合がどうかは分からんが、そうだな…16時以降なら空けられるぞ。まぁ、てめえの状況次第だが。」
「っ!!あ、ありがとうございます…。でしたら、ここ5階『星屑の回廊』のラウンジ/談話室か、サロンで構わないでしょうか?一応どちらも軽食もありますし…。」
『星屑の回廊』…。
床が星屑を練り込んだかのように無駄に輝きやがる、濃紺の大理石に、んで白亜の大理石の壁そのものに微細な魔術刻印が施され、遮音の効果を持つか。
天井には…ほーん?シャンデリア型の『光石』が天井から吊り下がってるのかい。
廊下に置かれた彫刻や花瓶ですら、一級品の魔導士と来たもんだ。
この花瓶、そう簡単に割れねえってな。
大体、正方形型の廊下とイメージしてもらいたいな。
中心部に教室があって、演台側を挟むようにオーク材の教室扉が2つ、教室最後部にそれぞれ2つと、まぁ…どんな方向からでも多少は入りやすいか。
そうだなぁ…流石に広いから、廊下の4隅に…あれ?3つしかのラウンジなんかにつながるマホガニー材の扉しかねえな?不自然だな?
…まぁ階段を上がれば真っ正面に教室エリアの大理石の壁、階段から上がって見て、左右2つの方向に窓があるな。
6階と同じく、防護障壁が張られてるから、割れて転落はねえだろうよ。多分な。
まぁなんにせよ、あくまで窓の部分だけ意図的に、ググっと押し込まれる形になってるから、窓を覗けば、各ラウンジ/サロンの校舎の白亜の大理石が見えるぞ。
まぁ、俺らのラウンジもそうだが、『氷結石』『宝玉等級:エメラルド』何て一般校舎にある持ち運び不便な、変な形のはねえぞ?
『大理石の冷暖炉』『宝玉等級:ルビー』で快適空間を調整してんのさ。
流石に広いな、6階と違って。
『白銀の回廊』 なんて、ただ真っすぐに続いてるだけのつまらん廊下、静かな個室化されたようなサロンが幾つか程度。
けっ、神々しいだけで何にもねえよ。
いや?まぁ…天窓は気に入ってるがな。
敢えて言うなら、ここ5階もそうだが、無駄に濃密な魔力で空間が満ちていやがって、身体を万全状態にしてくれるがな。
…大分話が逸れたな。
「ああ。別に構わねえ。学生証を見せろ。魔術科の件が終わり次第、後で連絡する。」
「はい!ありがとうございます!」
んで、学生証IDの情報共有をし終えて教室まで、歩いているわけだが…面倒な事がまた1つ増えちまったなぁ。
あまり血生臭い俺に近寄ると、悪影響を及ぼしかねないわけなんだが。
まぁそんな事を思いつつ教室に入ると…クラートとスピカ、それから…様子のおかしいヴァールハイトの3人が既に到着している。
3人共がそれぞれ顔が暗いし…どうも空気感がピリピリしてやがる。
「(―ね~レグっち~。最近クラっちと、ノートっち、何だか良い雰囲気だよねぇ~?昨日あたしが~扉にむけて~、魔術を放ったらさ~、クラっちがノートっちを抱えて、もうそれはそれは~甘い雰囲気になってた~!―)」
「(―スピカっちもさぁ~。十中八九~、クラっちの事が好きだよ?だから騎士科の方に行ったんだよ~。―)」
…どうも、修羅場になりそうかねぇ。
男女の仲のもつれ合いかよ。
まじで頼むぜクラート…てめえ、どうせ無駄に誠実だからスピカの気持ちを受け入れやがったな?
こいつは何にも言わず席に向かうとするか…
「レグっち~!!何をボーっとしてんの~?おお!!3人共おっはよ~!!ごヴぇ!?」
「バッカ野郎!!?ちと静かにしておけええ!!?」
空気を読め!!このおバカああああ!!
んで、また昨日と同じく、相変わらず日差しが殆ど入らない、アーチ状の石造りの廊下に、壁に青い炎の灯る『永炎の燭台』による光源が主な、この薄暗い魔術科までの教室に向かってるわけだが…。
「「…………。」」
流石のブリッツシュラークもあの雰囲気を感じ取り、黙っているか。
エルナトだけ先に騎士科に向かったみたいだが…残りの3人はサロン内に行っちまいやがった。
無事に終われば話だけで済めばいいがな。
「はぁ…クラートの奴は外面が整ってるからな。そこに誠実さやら、人当たりの良さがあるからなぁ…。あの紅の魔眼がなきゃモテまくりだろ、ありゃ。」
クラートの奴は俺とは違う。
誠実さもあれば、人の心の痛みにも敏感だ。
無駄に自分の強さを誇示せず、そしてとにかく優しすぎる。
俺は…どうかな。
人間のどうしようもない醜さに触れ過ぎて、そして殺しまくり続けて…半分自分自身が何のなのか、分かんなくなっちまった。
多分、俺の仲間だと思っている燦爛クラスも、悪辣な方面に向かったなら…その時は、隣のブリッツシュラークも含めて…殺しに行くだろうな。
「ま、それはそうと、今日は何やら『緋色の魔術師団』が1名来るみてえだが、何を目的にわざわざ1年の魔術科まで来るのやら。先生の言っていた通り、勧誘か?だとしたら俺は家の稼業があるんで、普通に断るが。」
重たい空気を変えるための発言だったが…
「レグっちさ~。自分の事~、非道な人間とか考えてな~い?クラっちとは真逆だ~って!だいじょ~ぶ!!本当に非道なら~、空気読め~!ってあたしの事小突かな~い!!あっはっはっは!!」
なんでこいつは俺の考えてる事が分かるんだかねえ…。
「それに~、あたしの事をほっといて~、遊んでたクラっちには~、良い罰だよ~!!あっはっはっは!!」
「ブリッツシュラーク…お前結構、根に持ってるな…。かなり悪い顔してるぞ!?」
正直言ってブリッツシュラークの謎の明るさの中に、こういう人間臭さもあって、案外怖え奴だよ。
「でも今は~、優しいレグっちがいるからね~!!安心できる~!!」
…そういや今朝のあれ、どうしたもんかねぇ。
「(―っ!!あ、ありがとうございます…。でしたら、ここ5階『星屑の回廊』のラウンジ/談話室か、サロンで構わないでしょうか?一応どちらも軽食もありますし…。―)」
そんなこんなで魔術科の下位、中位クラスの教室前だ。
「んじゃま、またもや『赤曜の魔術師団』より早く来ちまったみてえだし、教室に入って待つとするかねえ。『緋色の魔術師団』も誰が来るのか知らねえけどよ。」
そして教室を開けると…中には1人、やや小柄にも大きめにも見える?ザザザッと見た目が霞んで良く見えづらい魔術師団の人物が立っている…。
だが…丈の長いローブではなく、ロングコートに近い形状のビロード生地。動きやすさを重視し、前は開いており、裾は大きくスリットが入っている。
襟元と袖口には、金糸で複雑な「魔術刻印」そのものが刺繍されており、これが常に微かな魔力光を放っている。
…『緋色の魔術師団』だ。
だが…顔が不気味な兜を被っていて見えない。
全体的に黒色であり、角ばったデザイン。
そして、二つの不気味に輝く紅い目の意匠、口元が剣山のようにギザギザ。
ああ…俺はこの兜の名前を知っている。
こいつを被ると、全体的に輪郭は常にぼやけ、自分の正体を隠し、何者かが分からなくなる魔導具。
名前を『隠蔽の兜』と言い、『宝玉等級:ルビー』だ。
裏稼業中に何度かこいつを使う奴がいたからな。
まさか、『緋色の魔術師団』で『隠蔽の兜』を使っている奴がいるとは思わなかったが…。
「おい、顔を隠すたぁ、卑怯じゃねえか?なあ?『緋色の魔術師団』さんよ。誰だてめえ。」
って、暗殺をしている俺が「卑怯」と言うのもおかしな話か。
何か長物の魔術媒介を持っているのは分かるが、兜のせいで理解ができねえ。
「【あらあら、大変申し訳ございませんが、私の都合で外す事は出来ません。ご容赦ください…。これより私も指南に加わりますが、あなた方燦爛クラスの実力も見てみたかったのです。どうかよろしくお願いいたします。】」
兜のせいで上手くどんな声か分からんが…喋り方からして女か?
「おお~!!そこの兜さんは~、とても強そうだね~!!うずうずしてくるね~!!」
なんでこいつはこうも元気なんだか…ある意味羨ましいぜ。
「【…アトリア・ディ・ブリッツシュラーク様ですか。私も興味のあるお方。後ほど模擬戦と参りましょう。】」
はぁ…今日は一段と面倒だ、クソったれが。




