38 魔眼持ち同士
姉弟同士での二人の本音での会話も終了し、姉さんは指南に戻った。
ううむ…エルナトと俺との大惨事を引き起こしたにも関わらず、1年の騎士科(ちくしょう、登校中の俺を見捨てた騎士の風上にも置けない野郎どもめ!!)の沢山の人数が姉さんの元に集まっている。
姉さんのお茶目さも相まって大人気だ。
フォルカー団長の機転の利かせた演説と、姉さんの強さを直接目の当たりにした騎士科は、昨日に比べて士気も高い。
あ、ちなみに俺と姉さんが姉弟だという事は、1年の騎士科(今朝の恨みは忘れていないぞお!)は先ほどまでの喧嘩で初めて知ったらしく、姉さんとは対照的に畏怖の目で見られています。
ショックです。
まあ、騎士科の一部が貴族様如きと、半分貴族に対する嫌悪の言葉をいう者もいたしなぁ。
確かに自分たちは平均収入、或いはウルスラさんのようにやや貧しい中で生きてきたのに、貴族と言ったらお金がたくさんあって、遊んでいるだけと見られていてもおかしくはないし。
事実、2ヶ月ほど前のクラス混合試合では、騎士科が嫌悪の言葉を述べた通りの連中もいたし、あながち間違っているわけではないしね。
てな感じでそんな言葉を述べた騎士科の人からは、姉さんに匹敵する俺の戦闘力を目の当たりにしてしまったせいで、より一層目を逸らされています。
なので…俺の周りの空間には空白が出来上がっています。
ふーんだ!
別に構いませんよーだ!
これまで一人で何とかやってきたしねぇ!!
…ぐすん、でも悲しいです。
でもなぁ…これだと指南という目的が果たせません。
さぁ!誰か!俺に指南を受けたい者はおるかい!?
…周りを見渡しても『琥珀騎士団』に団員達に稽古をしてもらっているか、或いは姉さんに集まっているか、そして…はい、先ほども言いましたが、目を逸らされます。
お、おのれ貴様ら!先ほどのフォルカー団長の演説を忘れたのかい!?
この程度で怯えているようでは、到底騎士になれませんよ!?
チックショー!!
前を見るとエルナトとノートが割とうまい感じで指南が出来ているようだ。
…姉さんの言葉を思い出すな。
確かにノートの方に目が行っている。
俺はノートの事が好きなんだな…。
はぁ…でスピカはどこだ?
「寂しそうね。さっきのあなたの戦いぶりを見れば誰もがドン引きしているでしょう。特に、あなたがあの『雷滅の鬼神』の弟と知り、常に禍々しく光っている紅い魔眼を見れば、そう簡単に寄ってこれる肝の据わった人はいないでしょうしね。」
背後から声をかけられて、ビクンと跳ねる俺である。
おい、『深紅の魔眼』改め『救済の魔眼』よ。
どうしてこういう敵意のない物には反応しないんだい!?
やっぱり『ポンコツの魔眼』なのではないだろうなぁ!?
「あらあらまあまあ…スピカ。びっくりさせないでくれよ。なんだよ…。皮肉?そうだよ!寂しいね!全く!騎士の風上にも置けないんだから。」
そう振り向くと、もどかし気な顔をしているスピカ。
…改めて姉さんの言葉が思い出される。
「(―少なくとも薄い桃色髪の子も、クラートを多分…好きだと思うわ。―)」
…どうするか。
正直俺はノートに恋をしてしまった以上、無神経な向き合いは出来ないが…。
そんな俺の考え込む姿を見て、スピカの顔が少し俯き、何か耐えるように唇がぎゅっとしまっている。
「…スピカ、まあ今は俺に誰も寄ってこない。演習場を出て少し静かな場所に移動しようか。」
顔を上げたスピカがこくり頷く。
廊下に出たら気づけば雨も止み、雲の隙間から日差しが差し込んできていた。
騎士科が訓練後に良く使うらしい、蔓薔薇が絡まる白い柱のある高いガラス張りのあるテラスもあったが、さっきまで雨で、話す場としては少々不適切かとも思ったので、俺たちは[カエルス演習場]を出て、巨大なルミナス王立学園に幾つもある憩いの場の一つ、演習場に最も近い談話室に入った。
広い空間で吹き抜けの高い天井に大理石の床が広がっている。
冬場なんかはパチパチと音を立てる、大理石の暖炉なんかも備えているらしいが、生憎夏場だ。
談話室の中央に浮かぶ、人頭大の水晶。その表面には絶えず白い冷気がまとわりつき、薄氷が張っているんだよ。あれが『永久氷結』の魔術刻印が付与された『氷結石』ってな。石が周囲の熱を吸収し続けることでさぁ、この広間は外界の猛暑が嘘のようにな、ひんやりとした快適な空間に保つ事ができるんだとさ。
『宝玉等級:エメラルド』だぞ!!
うん?分かりづらい?…頑張ってね!!
「あらあらまあまあ。へえ…一般校舎にも『万象の噴水』なんてあるんだな。贅沢なもんだなぁ…」
そして広い談話室に幾つか、美しい妖精の彫刻が施された大理石の噴水があった。
噴水の空にゴブレットが浮いており、それを一つ手に取って噴水の受け皿に置くと、『どんな飲み物がご希望ですか?』と声が響くわけ。
…びっくりしちゃうでしょ~!!やめなさいよ!?
「ああ…じゃあ、冷たい果実水を頼もうかな。」
俺がそう頼むと『かしこまりました。』と声が響き、妖精が持つ水瓶から、キラキラと輝く、完璧な温度の果実水が注がれる。
相変わらずやべえなこの魔道具はさぁ…。
『宝玉等級:ルビー』で響く声に応じると、応じた通りの飲み物が出てくるってんだから。
「スピカは何か飲むか?」
俺が振り向いてスピカに聞くと、
「…アイスコーヒーを頼もうかしら。」
…これはまたまた意外な注文をするなぁ。
まあ、良く本を…小説かな?読んでたりするからカフェインの入ったコーヒーで頭を冴えさせているのかもしれないな。
「分かった。ああ…、あともう一つ、アイスコーヒーをお願い。」
俺がもう一つゴブレットを手に取り、受け皿に置いて注いでもらう。
「まだこの時間だと普通科も授業中か。魔術科も今日は六大魔術師団も来ているみたいだし、こんなに広いけど誰もいないな。」
独り言を言っているようで、スピカの反応を伺っているのだが…。
「………。」
顔を俯かせて黙ったままだ。
仕方ない。
先ずは適当な場所に腰掛けるか。
ビロード張りの、ふかふかした長椅子に腰かけて、円型のダイニングテーブルに二つのゴブレットを置き、スピカはその反対にお互い向かい合うように座る。
「「………」」
…気まずいですよ!?
う~ん、お互い黙ったままだが、先ずは注文した飲み物でも飲むとするか。
「スピカ。せっかく飲み物を注文したんだ。先ずは飲んで落ち着こうか。」
俺がコーヒーの入ったゴブレットをスピカの目の前まで置き、俺もゴブレットを手に取る。
スピカもまた黙ったままだが、ゴブレットを手に持ち、
「えっと…んじゃまあ乾杯?」
スピカはようやく顔を上げてくれて、でも何だか泣きそうな顔をしていて…、
「………ええ。いただくわ。」
お互い注文した飲み物を飲んだ。
ああ…演習場はむさ苦しいからなあ!
沁みるわぁ…!
「………俺と姉さんで話していた時、スピカはどう指南?で良いのかな?していたんだ?」
話もきっかけにでもと思い、軽く導入の言葉を口に出す。
でもスピカは俯いて黙ったままだ。
「………俺はね、姉さんと喧嘩し終わった後に、…どうして俺をウンシュルト家に置いて出て行ってしまったんだって、八つ当たりをしていたんだよ。魔眼ではなく、唯一俺という個人を見てくれていたのに…何で一人ぼっちにしたんだ、ってね。」
「…………。」
俯いたまま…か。
「…もう7年も前にウンシュルト家から出て行っちゃってね…。俺が逃げ出す2年前までの5年間、この常に発動してて、解除ができない魔眼の効力で頭が痛くて仕方ない中で、俺の両親や妹、兄たち、全員が俺の魔眼に注目するだけだった。
…ウンシュルト家は魔眼の名家、本来であれば全員が魔眼を宿すはずだった。けど、魔眼を持って生まれてきたのは俺だけ…。」
スピカの俯いた姿を見たまま、姉さんが出て行ってしまった後の、過去を思い浮かべる。
レグンの怨嗟の声は、大方、家族全員が抱いていたものだったんだろうな。
少し果実水で喉を潤して、
「…っぷはあ…。全員が羨望と、そして…おそらく憎悪の対象として俺を見ていた。この魔眼は何となくその人が何を考え、どう思っているのか分かるんだ。だから、頭に様々な人たちの感情、想いが奔流として流れてくる。
…家族の羨望と憎悪が毎日のように頭に叩きつけられていたかな。まあ、その他の情報も流れてくるから自分の事で精一杯だったから、家族の事ばかり気にしていられなかったんだけど。」
一旦言葉を切ると、スピカは俯いたままだが俺に訪ねて来た。
「………どうして、そこまで追い込まれていたのに、あなたは強いの?」
強い…かぁ。
それは戦闘力が強いのか、精神的に強いのか…まあ普通に後者だろう。
もう一回果実水を飲み、一旦頭を整理しつつ、
「…強くないよ。本当に強いならまだあのウンシュルト家に残っていたはずだ。今こうして学園にいる間も常に魔眼の力や、逃げ出した過去の記憶で毎日悩まされている。スピカは俺を強いと思っているらしいけど、強いとそんな風に演技をしているだけだよ。その演技もこの魔眼の力によるものさ。」
ようやく顔を上げてくれて目を見開いているスピカ。
…俯いている悲しそうなスピカを見たいわけじゃないから…。
「ねえスピカ。入学初日の森の暗殺者の死体と、3か月経った今でも直らない森の大災害。その事件について俺が関わっているんじゃないか、って質問してきた事は覚えてるかな?」
過去の記憶を遡るかのように、目線が少し上を向きながら答えるスピカ。
「ええ。少し忘れかけていたけど、確かに聞いたわ。どうしてまたそんな話を?」
果実水をもう一回、飲む。
そして、決意をもってスピカに言う。
「ぷはあ…。あの時は適当に誤魔化したけど、そうだよ。あの森の災害は俺のせいで起きた事件だ。」
何となくもう察しがついたか。
「そうだ。逃げた俺を捕らえるためにウンシュルト家の追ってが俺を襲ってきたんだ。合計4人。
そう、3人の暗殺者の死体は…はぁ、俺が殺した。殺すなんてやりたくなかったけど、でも仕方がなかった。何もしなければ俺が殺されていたかもしれない。」
果実水を飲もうとしたが、ありゃりゃ、空になってたか…。
今度は俺が俯いてしまったな。
「…そして襲ってきた残りの1人は俺の妹だ。妹はね、俺と争う前に、怨嗟の言葉をぶつけてきたんだ。その魔眼が羨ましい、妬ましいと。魔眼の名家でありながら、魔眼を宿す事が出来なかった事に物凄いコンプレックスで思い詰めてたみたいだ。
だから逃げた俺にその魔眼を寄越せと、怒鳴るほどの怒りと憎しみに満ち溢れた言葉をぶつけてきたんだ。でも、これは呪いだと、妹の方が羨ましいと俺が言った瞬間に、大魔術で攻撃してきた。驚いたよ。俺より3つも下なのに最高位の『第6階梯』の魔術を極めていた。はっきり言って大天才だよ。妹は。
2か月前のクラス混同試合でリュミエール【光】の連中と試合しただろう?あの連中より、遥かに高度で、そして凶悪なものだった。騎士科も訓練として使う魔物の森を破壊し尽くす程に。」
ぎゅっと目を瞑って顔を上げて…目を見開く。
スピカの驚愕の顔が目に入る。
俺は今、悲し気な笑みを浮かべているのかな。
「3か月経った今でもね、妹の怨嗟の声がずーっと、頭から離れないんだ。毎朝起きると度々思い出す。だからね、スピカが思っている程、俺は強くないんだよ。」
言葉を切り、今一度真剣にスピカの目を見て話す。
「…スピカの家庭環境は俺も分からないけど、でも俺と同じく魔眼という呪いで雁字搦めなんだろう?頼れる人が周りにいなくて、スピカという個人を見てくれる人もいなくて苦しんでる。」
だから俺はこの言葉を言う。
言えばどうなるのか…でも言わないといけない事かな。
「………だから頼りになると思ったスピカは、俺が好きになってしまったんだろう?」




