第53話 最高値
「そろそろ決めるか」
ついにこのときが来た。
──引き分けを作る時が。
正直なところ、上手くやれる保証はない。
俺は弱者を演じながら戦わなければならないし、相手は中村だ。適当にやって成立する相手じゃない。
最低でも「偶然」を装う必要がある。
ほんの少しでも作為が見えれば終わりだ。
巨躯となった中村が地面を踏み砕く。
ドゴォン!!
振動が仮想空間全体に響き、観客席から小さな悲鳴が上がる。
中村の攻撃は単純だ。
だが、圧倒的だ。
巨躯の拳が振り下ろされるたび、地面が隆起し、黒い鉱石が牙のように突き出す。空間そのものが歪んでいるかのような圧迫感。
だが──
(焦ってるな)
自我があるようには見えないが、攻撃が粗くなっている。
俺がギリギリで回避し続けていることに苛立っているのが分かる。
巨躯が再び腕を振り上げる。
今だ。
俺は足がもつれたように見せかけて前方へ倒れ込む。
懐へ潜り込む。
奴にとって最高の瞬間。
俺にとって最高の瞬間
拳が振り下ろされる。
空気が裂ける音。
そして──
「「終わりだっ!!」」
......ビーッ
システム音が鳴る。
観客席がざわめく。
煙が視界を覆う中、俺は静かに息を吐いた。
やったか?
いや、違う。
成功したか──だ。
煙が少しずつ晴れる。
巨躯は崩れ落ち、中村の姿へ戻っている。
俺は膝をついたまま立っていた。
プラントが前へ出る。
プラント「この勝負 ──引き分けとする」
一瞬の静寂。
その後、観客席からどよめきが起きる。
「マジかよ」
「水谷やるじゃん」
「いやマグレだろ」
「たまたまだな」
狙い通りだ。
プラントが俺たちの前にしゃがむ。
プラント「中村の方は気持ちの昂りでいつもとは異なる状態っぽいな。力を入れすぎたんだろう。気絶してるだけだ」
中村は静かに横たわっている。
プラント「で、お前。水谷だっけ?さっき何したんだ?あの瞬間だけ不自然だったな。まぁ奥の手があるのはいいことだ」
俺は曖昧に笑った。
悠真「さぁ......必死だったんで」
プラントはそれ以上追及しなかった。
⸻
そう。
たった少しの全て。
あの瞬間、俺は攻撃を避けなかった。
本来なら即死だった。
だが──
視えた。
この空間が。
いや違う。
「俺を基準とした空間」
全てが止まっていた。
中村の拳が俺の体を砕き、次に仮デバイスを破壊する未来が確定していた。
なのに。
俺の体は壊れない。
崩壊ではなく修復。
時間が巻き戻るような感覚。
仮デバイスにヒビが入った瞬間、システムが鳴るはずだった。
だが鳴らなかった。
理由は単純だ。
ここが俺の空間だったから。
俺に作用する結果を──
空間が拒絶した。
俺はその隙に中村の仮デバイスを斬った。
それだけだ。
もしかしたら、これは空間知覚の先のことかもしれない。
まだ理解はできていない。
だが一つだけ確信できる。
俺の称号。
「空間の覇者」
その意味を、ほんの少しだけ理解した気がした。
⸻
湿った森。
光がほとんど届かない場所。
「活きのいい人間が流れ込んできたみたいだな」
「そうだそうだ。我らの礎とする為に接触しなければ」
「この魔力の流れなら、全てをひっくり返すこと造作もないだろう」
黒い霧のような魔力が漂う。
地面には歪んだ魔法陣。
人影のようなものがゆっくりと動く。
「始めようか」
森の奥で何かが脈動する。
学園の平穏とは無関係に──
新たな闇が動き始めていた。




