第52話 アイツのハジメテ
「──【多重人格】」
その言葉と同時に、空間の密度が変わった。
......やべぇ。
正直に言おう。ワクワクしている自分がいる。
俺は、戦闘を楽しみたい。だから、これまで使ってきた【鑑定】は、この3年間は封印するつもりだ。もちろん、このバトルでも。
だってよ、何が来るかわからないって──怖いけど、最高じゃん。
「《武装》」
中村がそう呟いた瞬間、彼女の掌に“本”が現れた。装丁は黒、表紙には見たこともない紋様。ページは分厚く、妙な重圧を放っている。
「ねぇ水谷、スキルは無限だと思う?」
「はぁ?スキルは無限だろ。属性魔法は有限だと思うけど」
「......ま、そんな程度の考えだと思った」
......うぜぇ。
今すぐ消滅させてやりたい衝動を堪える。
「この本のページは約500。これは人生で私が“変身”できる回数」
「それ俺に言って得ある?」
「はぁ。自分に不都合な制約を結んで、素の性能を底上げするって発想......オタクなら常識でしょ?」
「......あ」
確かに。
縛りプレイでステータス跳ね上げるやつ。なんで今まで気づかなかったんだ俺。
「ま、いいけど」
中村はページをパラパラと捲る。紙の擦れる音がやけに大きく響く。やがて、1ページで止まった。
そして、破り取る。
「これは私のハジメテ。水谷にあげるよ?」
「おぇっ。キツ。テロ行為やめろ」
「冗談」
中村は即座に切り捨てると、淡々と呟いた。
「......変身」
破られた紙が、燃えた。
予想通りだ。紙が燃え尽きるまでがスキルの効果時間──つまり、時間制限付きの超強化。
「《一重・大地の暴威》」
次の瞬間、地面が爆ぜた。
黒い鉄鉱が噴き上がり、中村の身体を包み込む。土煙と衝撃波。地面は波打ち、観客席から悲鳴が上がる。
現れたのは──巨躯。
身長推定3メートル。全身は黒曜石のような岩殻。筋肉ではない、“生きた鉱石”。背中には赤熱した地脈のような光のライン。拳を握るだけで地鳴りが起きる。
仮面状の顔。赤いコアが脈動し、口はなく、咆哮は胸部の共鳴孔から響く。
「......こりゃ、パワー系だな」
仮デバイスは心臓付近。つまり、あそこを破壊すれば勝ち。
実質、心臓破壊ゲー。
さて、どうする?
迎撃?
逃走?
......いや、逃げる必要は無い。だが、初手は様子見だ。
巨躯は俺を“観察”するように一拍置き、次の瞬間──
地面を叩いた。
ドンッ!!
衝撃が地面を走り、亀裂が一直線に俺へ迫る。亀裂の内部には黒い鉱石がびっしり。直撃すれば即アウト。
「っ......!」
俺はギリギリで跳ぶ。
着地の瞬間にわざと体勢を崩し、派手にバランスを崩す。
──そして、《変曲》。
空間を歪ませ、位置を“ズラす”。
鉱石の棘が頬をかすめる。観客席が「おおっ!」と沸く。
内心、超余裕。
だが表情は必死。演技、大事。
「うわあああ!あっぶねぇ!!」
横転 → 大袈裟に転がる → 立ち上がるフリしながら再度《変曲》。
完璧だ。
“ギリギリ避けてる弱者”を完全再現。
我ながら天才的発想。俳優になれる。
だが、このままじゃつまらない。
観客も飽きる。俺も飽きる。
──なら、役割を変えよう。
俺は玩具扱いだが、ここは俺の実力から玩具として働こうじゃないか。
俺は立ち上がり、覇國を顕現させる。
ただし、威力はほぼゼロ。刃の形だけを維持する。
「......来いよ、岩ゴーレム」
巨躯は、返事の代わりに地面を蹴った。
ドゴン!!
一歩で距離を詰め、巨大な拳が振り下ろされる。
速い。
見た目に反して、クソ速い。
俺は横に滑り込み、覇國で拳の側面を“なぞる”。
切断じゃない。衝撃を逃がすだけ。
ガガガガガッ!!
地面が抉れ、衝撃波で吹き飛ばされそうになる。
「うおっ......!」
体勢を崩しつつ後退。
ここで一瞬、“わざと”足をもつれさせる。
──罠だ。
巨躯は好機と見て、両拳を振り上げた。
「《変曲》」
俺の位置が一瞬でズレる。
振り下ろされた拳は空振り。地面がクレーター化。
その隙に、背後へ。
だが──
「......チッ」
中村、やるじゃねぇか。
背中の赤い地脈が光り、衝撃波が放たれる。
ドン!!
俺は吹き飛ばされ、地面を転がる。
「......いてぇ」
仮想空間でも痛覚は再現される。
リアル寄り。普通に痛い。
立ち上がると、巨躯の胸部。
燃えていた紙は、すでに半分以上消えている。
──時間制限が迫ってる。
「そろそろ決めるか」
俺は深く息を吸う。
勝つ気はない。
だが、負ける気もない。




