第49話 学びはインクじゃ表せない
──約2年。
ほぼ2年。正確に言えば、2年も経っていない。だが体感的には5年くらいこの世界にいる気分だ。
だから正直、俺のことを“個体として”覚えている奴なんて、もういないだろうと思っていた。
「......w、水谷じゃん! 来るとは思わなかったけど、ラノベ?アニメとかオタクの水谷なら知識的に適応できるかw」
声の主を見た瞬間、脳内で何かがパキッと音を立てた。
中村燈。
ああ、こいつか。こいつだよ。
相変わらずだ。顔も声も、そしてその“上から目線”も。
俺がこいつを嫌いな理由は山ほどあるが、
一番は──テストの点数を自慢し合ってた時、なぜか俺の点数だけクラス中に筒抜けにしたことだ。
相田とかいう余計な連中にまでな。
性格、終わってるだろ。
俺は溜息を一つ吐いてから、静かに返す。
「そ、その言い分なら、オタクでもなんでもない俺の方がこの世界で生きれるけど」
──決まった。
秘技・早口。
これで相手の思考処理能力を上回り、精神的勝利を掴む。完璧だ。
中村の様子を見ると、なぜか腹を抱えて涙目になっている。
周囲の友人たちも同じだ。
「はっ......効きすぎたか......」
瞬間、場の空気を切り裂くような声が響いた。
「──ただいまより、検査を行う」
振り向くと、さっき俺たちを案内した初老の男が立っていた。
「内容は、この世界に関する筆記。そして魔力検査だ。それぞれの場所に分かれて実施する」
一拍置いて、男は続ける。
「......そうだ。まだ名乗っていなかったな。私の名は、グーラ。昔は──『大賢者』と呼ばれていた」
ざわっ、と空気が揺れた。
......は?
大賢者?
俺、知ってるぞその肩書き。
確か“8属性持ち”とかいう、意味分からんバケモンの称号だ。
周囲もどよめいている。
ただ、反応を見る限り、歴史的偉人というより“響きがヤバい”方向で驚いてる奴が多そうだ。
まあ、俺も内心は同じだが。
⸻
~魔力検査~
検査場では、検査官の横に設置された魔力測定用の的へ、各自が魔法を放っていた。
ルールは2つ。
・スキル使用禁止。
・属性魔法のみ。
3回放って終了、終わった者から筆記へ移動。
俺は人の少ない列に並びつつ、周囲を観察する。
......そこで気付いた。
1箇所だけ、異様に“圧”が違う。
視線を向けると──林田。
ああ、出た。
あいつの魔力は別格だ。
例えるなら、名前通り“恒星”。周囲の魔力を押し退けて存在感を放っている。
「ふん。俺の質量にビビるなよ。《光球》」
放たれた瞬間、空気が震えた。
しかも3回とも威力が落ちない。むしろ上がってる。
アイツの魔力と性質なら、グリフォンの技も真似できそうなものだが、あまり深く考えないようにしよう。
俺は小さく舌打ちしつつ、自分の順番を待つ。
やがて呼ばれた。
「次、どうぞ」
俺は一歩前に出る。
「......ふぅ。行くぞ。《闇黒》」
掌から放たれた闇が、渦を巻くように膨張する。
『闇黒』
周囲を吸い込み、それを拡大させる闇属性魔法。
昔は暴走寸前だったこの魔法も、今では完全制御だ。
この2年で嫌というほど理解した。
──感情の安定は、魔法の安定に直結する。
闇は的に吸い付くように収束し、測定器が高数値を弾き出す。
周囲が少しざわついたが、気にしない。
俺はもう“反応される側”には慣れている。
⸻
~筆記検査~
次は筆記。
内容は“この世界に関する基礎知識”。
正直、余裕だと思っていた。
禁域を歩き、ギルドを渡り、闇の組織を動かしてきた俺に──知らないことなどあるはずがない。
......はずだった。
問題用紙を見た瞬間、理解した。
──あ、俺、現場特化型だわ。
歴史年表。
王族系譜。
魔法理論基礎式。
地域経済構造。
知らねぇ。
読んでねぇ。
覚えてねぇ。
俺の脳内データベースは、
・戦えるか
・逃げれるか
・殺気あるか
・ヤバいか
この4項目で構成されている。
ペンを握る手が震えた。
「......嘘だろ......」
──2年。
俺が培ってきたのは──
圧倒的な実力。
異常な応用力。
狂った創造性。
そして──
座学、ゼロ。
試験が終わり、俺は天井を仰いだ。
「......俺、もしかして......ただの筋肉バカ?」
いや、筋肉すら鍛えてない。
スキル脳筋だ。
学びとは何か。
知識とは何か。
この世界で初めて──
俺は“紙の前で”敗北を知った。
だが、不思議と悪い気はしなかった。
戦場じゃ学べないものが、
ここには山ほど転がっている気がしたからだ。
......まぁ、もう二度と紙のテストはやりたくないかな。




