第47話 自分宛ってなんか怖いよね
「......は?」
間の抜けた声が、俺の口から零れ落ちた。
目の前に立つ少女は、そんな俺の反応を見て不思議そうに小首を傾げ、次の瞬間にはにこりと柔らかく笑った。
「あれ?水谷くんじゃん。久しぶり!へへっ」
「こ、こ、小松さん......。ひ、久しぶりぶり......っすね」
舌がもつれる。
いや、違う。思考が追いついていない。
そこにいたのは――
小松 心海。
成績ランキング3位。
穏やかで、天然で、それでいて頭の回転が異常なほど速い、いわゆる“本物”の優等生。
......なんで、ここに?
王都の門前。
魔獣暴走の余韻すら感じさせない、ありえないほどの平穏の中心に、彼女はいた。
(......いや、逆か)
この平穏そのものが異常なのだ。
「えっと......水谷くん?」
「あ、いや。ごめん。ちょっと驚いて」
「ふふ、だよね〜。私もだよ。まさかこんなところで会うなんて」
小松さんはかなり頭がいい人だからおそらくTOP10には入っているだろう。
つまり、この圧倒的な平穏をもたらした力の持ち主もこの人なら有り得る。
そう思えてしまうのが、何より恐ろしい。
「小松さんは......ここで何してるの?」
「私?うーん」
小松さんは少しだけ考える素振りを見せてから、あっさりと答えた。
「お城の人たちがね?『魔獣暴走だー!』って騒いでたから、ちょっと外に出て見に来ただけだよ〜」
......それだけ?
「水谷くんこそ、何してるの〜?」
圧倒的強者の言動は、いつだって拍子抜けするほど自然体だ。
「お、俺?俺は......冒険者とか、そういうのを、コツコツと......」
「えぇー!冒険者!すごーい!」
両手を合わせて、素直に感心したような声を出す。
「私もやってみたいなぁ〜。でも、お城にいるとね。いい人も多いんだけど......」
一瞬だけ、言葉が濁った。
「林田くんとかが、ちょっと......ね?」
「あー......」
思わず、納得してしまう。
「でもさ、小松さんって生徒会長でしょ?指揮権とか、結構あるんじゃないの?」
「全然ないんだよー、それが」
即答だった。
「ただね、順位がそこそこ上だから、発言権は強いかな。それでどうにかしてる感じ」
――そこそこ、ね。
(この人、やっぱりズレてる)
だが、その“ズレ”こそが、小松 心海という人間の恐ろしさだ。
誰かの上に立つことに興味がなく、
自分がどれだけ優れているかを理解しながら、
それを誇ろうともしない。
だからこそ、周囲は自然と従う。
「そういえばさ」
小松さんは、思い出したように手を叩いた。
「もうすぐ、王立魔法学園?に入学する時期らしいよ」
「......は?」
「水谷くんも、入るんでしょ?」
何気ない一言。
だが、その言葉は俺の思考を一瞬で破壊した。
「いや、ちょっと待って。俺、入学条件とか何も知らな――」
「ふふ。じゃあ、また会おうね」
そう言って、彼女は軽く手を振った。
「じゃあね、水谷くん!」
あっさりと。
本当に、それだけ言い残して。
彼女は王都の中へと消えていった。
……は?
何?
今の、何?
王立魔法学園?
もうすぐ?
入学?
いや、そもそも俺は――
(......嫌な予感がする)
その予感は、驚くほど早く現実になった。
王都へ入るため、門番の衛兵に冒険者カードを提示する。
もちろん、ユリウスで使っていたSSS(仮)の表記は封印だ。
王都の中は、相変わらずだった。
整った街並み。
規律の取れた人々。
治安最悪のユリウスに長くいたせいか、この緩さがやけに心地いい。
精神が、目に見えて回復していく。
......と、思った、その時だ。
空が、騒がしい。
王城の上空から、鳥のような物体が次々と展開されていく。
(......嫌な予感しかしねぇ)
俺が立ち止まって見上げていると、そのうちの一体が、一直線にこちらへ飛んできた。
まさか、と思ったが――
その、まさかだった。
その鳥型の魔導機構は、俺の目の前に降り立ち、機械的な動作で“それ”を差し出す。
「......手紙?」
背筋が、ぞわりと粟立つ。
前にも、似たようなことがあった。
そして、その時もーーろくな目に遭っていない。
封を切る。
中身を読んだ瞬間、俺は顔を歪めた。
⸻
『久しぶりだな、諸君。
この手紙を読んでいるということは、君は王立魔法学園への入学資格を得たということだ。
何故自分が?と思う者もいるだろう。
では、この場面で初めて明かそう。
君たちが王立魔法学園に入学する条件は、
「何かを成し遂げる」ということだ。
自らの現状に胡座をかかず、成長を選び続ける行為は重要であるからな。
長話はこのくらいにしよう。
詳細は、後日改めて通達が行くであろう』
⸻
......最悪だ。
いや、待て。
最高か?
どっちだ、これ。
「何かを成し遂げる」?
は?
(……あ)
もしかして。
(俺、条件満たしすぎてない?)
思わず、乾いた笑いが出る。
学園生活。
かつて、馬鹿にされた場所。
見下され、評価されず、何も持たなかった場所。
――だが、今は違う。
俺はもう、何も持っていない“弱者”じゃない。
「......いいだろ」
小さく呟く。
「やってやるよ、学園生活」
二度と。
二度と、下に見られないように。
最強は、“黒煙”でいい。
だが――
水谷 悠真としても、
今度こそ、胸を張って生きてやる。
そう心に誓いながら、
俺は王都の喧騒の中へと足を踏み出した。
――学園という、新たな戦場へ。




